第173話後始末
常夜街第2区。
その区画で朝霧は大型バイクを乗りこなし、高速道路を駆け抜けていた。
いつもの黒の軍服ではなくジャケットとジーンズに身を包む姿は、朝霧の纏う雰囲気もあって同性でも頬を赤らめてしまうほど様になっている。
だが、当の本人はそんなことを気にしてはいない。頭の中にあるのは眼下にある常夜街に生きるために必要な物資を生産し続ける工場のことだ。
「(ここに閉じ込められてから私達の生活基盤を支え続けている重要施設、か)」
常夜街は首都を落とした吸血鬼がその場で帳を下ろした後、造られた。
第1区の高速ビルや赤城も第5区にあった地獄壺も第3区にある工場も後から造られた。しかし、この第2区にある工場だけは
「(食料、水、電気。あらゆるものが足りていなかったから頼ることになったけど、絶対に吸血鬼が関係しているわよね)」
一番最初にできた区画。常夜街の生命線。楽園。様々な呼び名で呼ばれる区画だが、朝霧にはあまりこの場所を良く思っていなかった。
それは、稼働しているかも分からないのに日々大量に出荷される物資。入ったら2度と出てこない人間がいるからだ。
レジスタンスが調査をしてもその理由は分からなかったのだ。
だが、現状は気味が悪いからという理由でそれを突っぱねる余裕はない。
食料、水、その他諸々。生活の中で人間が消費しない物はない。
第2区の工場を除いてしまうと生産量は著しく落ちてしまう。もし、第2区の工場が物資の出荷を止めれば常夜街に住む人間の殆どが死に絶える予想されていた。
だから頼るしかない。それが何で出来ていようが、何をして生産されていようが分からずとも生きるために仕方なく。
「はぁ……」
溜息をつく。
気付けばいつの間にかそこにあった第2区。その存在に疑問は尽きない。
「(吸血鬼が関わっていることは間違いない。だけど、一体どうやってこんなものを造ったんだか)」
いずれは詳しく調べなければならない。
——尤も、それが出来ればの話だ。
思考を中断し、朝霧はハンドルを握り締め、大型バイクを加速させる。
向かうのは本部の者達が指名して来た
目的地に近づくにつれて車の数が減り、焼き焦げた臭い、人の悲鳴が朝霧の耳に届いて来る。
朝霧の視界に見えたのは炎上したサービスエリアだ。
人の死体。理性のない吸血鬼。放心しながら歩く吸血鬼になりかけた人間。散らばる武装。建物の中で木霊する悲鳴と銃声。
この光景は常夜街で多く起こる悲劇の1つだ。
下級吸血鬼は上級吸血鬼に人間を襲わないように命令されている。
理性のない下級吸血鬼が人間と同じ街にいながらも手当たり次第に人間を襲わないのは上級吸血鬼の命令があるからだ。
皮肉にもレジスタンスは敵対する吸血鬼によって守らているのである。
だが、上級吸血鬼の命令に従いながらも人間を食おうとする吸血鬼は存在する。
それが人間を喰らい、次の段階へと進化しかけている個体——変異種である。
理性を獲得し、知性を付けた彼等は上級吸血鬼の命令の抜け穴を使って人間を襲うのだ。
人間を襲うことは禁じられている。しかし、逆に人間が吸血鬼に攻撃して来た場合の対処については何も命令されていないし、むやみに人間に近づくなとも命令されていない。
その抜け穴を使い、変異種は人間に近づき、恐怖に怯えた人間が攻撃するのを待つのだ。
そして、何が起こるのかはもう言うまでもない。
見慣れた悲劇に朝霧はうんざりした表情を作る。
「さっさと掃除を始めますか」
大型バイクから降り、拳を握った朝霧は表情を変えずにサービスエリアの中に足を踏み入れていく。
彼女がサービスエリアの中にいる吸血鬼を掃除するのに10分もかからなかった。
「それで怪我はない?」
サービスエリア内にいる下級吸血鬼を全て片付けた後、朝霧は生き残った人間を比較的綺麗な場所へと集めていた。
死体など戦いとは無縁でいる人間には怯えさせるものでしかない。地面にこびり付いた血も同じだ。
救助対象とはいえ、ここまでしなければならないことに面倒を覚える。
「何が怪我はない、よッ‼ 夫が死んだのよ。あなたがもっと早く来てれば助かったのにッ」
助けた人物の1人が綺麗な毛布に包まりながら朝霧に向かって叫ぶ。
その言葉に同意したのか、他の者達も朝霧を睨みつけてくる。
何で早く来なかった。役立たずが。俺達のことなんて何とも思っていないんだろう。少しは弱者の立場に立ったらどうだ。
心無い言葉が朝霧に浴びせられる。
「——はぁ」
いつもと同じ光景に朝霧は小さく溜息をつく。
同じような光景を何度も彼女は見ていた。
うんざりして朝霧は背中を向けて部屋から出て行く。部屋から出た後、扉に背中を預け、呟く。
「医療部隊早く来なさいよ。どうなるか分からないわよ」
朝霧が向かわされたのは既に助けが間に合わないと判断された場所。本来なら、異能持ちである彼女が街を駆けずり回って住民の救助に当たることはない。
だが、本部から嫌われている朝霧は嫌がらせとしてこのような場所に何度も派遣されていた。
戦っても報われることはないという現実が朝霧に突き刺さる。
これまで何度も経験したことであり、今日も、そしてこれからも繰り返されると想像すると怒りが込み上げてくる。
「本当に、嫌になるわ」
こんな所になど来たくはなかった。
そして、こうしている間にも部下達が実力以上の敵と戦っているかもしれないと考えれば考えるほど、その思いは強くなった。
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