第172話偽物
北條とアリマが追っ手を振り払い、安全な場所で結城と合流する。
その後、結城は北條達が捕まえた男を一頻り調べた後呟いた。
「偽物ね」
「おいおい、何を根拠にそんなことを言ってるんだよ」
当然ながら、アリマがその言葉に噛みつく。
結城は冷たい視線をアリマに向けて口を開く。
「この男の顔に触れてみたらどう?」
結城がアリマと男から一歩引き、アリマは訝し気な表情をしながらも結城の言葉通り、男に近づき顔に手を伸ばす。
「——⁉ これはッ」
男の額——髪との境目の辺りに皮膚が小さく敗れているのを見てアリマは目を見開く。
頭の中に過ったのは最悪の可能性。
その可能性が外れて欲しいと願いながら、アリマは破れた皮膚を指で摘まむ。
ビリビリッと紙が破れるような音を立てて男の皮膚が剥がれていく。その下から出て来たのは全く違う男の顔だった。
「チッ——おい、北條と言ったな。何で気付かなかったんだ‼」
連れて来た男が全くの別人だということが分かり、アリマは北條を睨みつける。
それを理不尽に感じ、声を挙げたのは結城だ。
「はぁ? 何で北條のせいになってるのよ。この事態を招いたのはお前なのよ?」
「そんな訳があるかッ。そもそも最初はこいつを使って追い詰められた強盗犯達を捕まえるつもりだったんだ。それなのにこいつが住民なんかを助けに向かったからッ」
「勝手に行動した挙句、責任は他人って——本当に一発ぶん殴ってやろうかしら」
「……結城」
「北條、北條からも言ってやりなさいよ。腹立ってるでしょ」
「いや、そんなことよりも聞きたいことがあるんだ」
確かに北條にもアリマに対して思うことはある。
街を火の海にし、多くの犠牲者を出した。それに加えて本人は何の反省もしていない。これで何も思わないというのがおかしな話だ。
だが、それ以上に北條には気になることがあった。
「街の方はどうなった?」
「————なんというか、北條らしいわね」
脳裏に過るのは家を燃やされ、茫然としていた女性。そして、同じ境遇に陥った人々。
あの場にいても出来ることはなかったとはいえ、気になっていたのだ。
アリマの言動よりも被害にあった住民達の方を気にしている北條にこういう奴だったと呆れた様子を見せる。
「犠牲者が出なかったとは言えない。あの爆発だからね。でも、近くの支部から応援が来てくれたから救出作業は進んでるはずよ」
「——そっか」
「……言っておくけど、戻らないでよ。私達には任務があるんだから」
「分かってる。こっちの任務を疎かにはしないよ」
一瞬、遠い目をした北條を見て結城が釘を刺す。
北條も強盗犯を野放しにすることがどういうことなのかを理解したため、反対することはない。
一呼吸付き、2人は顔を見合わせる。
「それで、加賀は?」
「知らないわよ」
この場にはいない人物の名を北條が出した途端、結城の顔が歪む。
「あの野郎、こんな状況でも姿を見せないなんて。それに通信にも出ないし。あいつと一緒に捩ってやる」
「せめて言い訳はさせてやれよ」
前科があるからこそ庇いはしないものの、街で爆発が起きた後である。何かしらに巻き込まれていても可笑しくはない。
そう考えての発言だったが、その言葉は結城の機嫌を悪くした。
「私としてはあいつが何か事件に巻き込まれるってことが想像つかないけどね。誰かさんのように首を突っ込まないし、むしろ遠ざかるような奴でしょ」
「褒めてるのか貶してるのか……」
「貶してるに決まってるでしょ。あいつは大事な時もいつも逃げてる」
普段からへらへらとし、任務に対しても真面目に取る組むことは少ない。そんな加賀の態度は結城にとってはあり得ないもの。
結城にとって人助けも仲間の命も救うのも義務だ。
生真面目な性格のせいでもあるだろうが、その根本にあるのは彼女が生まれてから苛んでいる呪いによるものだ。
常に彼女は護らなければならないという想いで動く。例え、相手がどんなに嫌な相手だったとしても、憎むべき相手だとしても。
それだけ結城の義務を守る意思は強い。
だからこそ、任務を誠実にこなさない加賀を信じられないし、嫌っていた。
「どうせいつもの所で遊んでるんじゃない。放っておけばいいのよ。それよりも、こっちのことを考えなきゃ」
「確かに、そうだな」
結城が話を切り替え、視線をぐったりと気を失っている男に向ける。
結城の言葉に北條も同意する。
「アリマ——」
「止めて。あの野郎がいると本当に気が可笑しくなる。それに、あいつは今話を聞く処じゃないでしょ」
「……それは、そうだけど」
男が偽物だと分かってからアリマの様子は一変している。
いつも浮かべていた挑発気味な笑みはなくなり、歯で親指の爪を噛んで小言でぶつぶつと呟きながら歩き回っている。
北條が名前を呼んでも気付いた様子はない。
結城が会話が出来ないと判断しても無理はなかった。
「分かった。俺達だけで決めよう。後で伝えておく」
「ありがと、勝手なことをし始めたら呼んで。抑えるから」
「了解。それじゃ——この人をどうするかだな。縄を解いて放置、は駄目だよな?」
「当たり前でしょ。北條とアリマの顔を見られてる。まずは記憶を消さないと」
絶対に否定されると分かっていたが、やはりそうなるかと北條は唸る。
「記憶を消すって……何するんだ?」
「その辺りは詳しくは知らないわね。確か、オピオイド……だったかな。薬品投与で忘れさせるって聞いたことがある」
「それってまずい奴じゃないよな。記憶全部が消えるとか」
「そこまではないでしょ。前見たことあるけど、記憶を全部失った様子はなかったし」
結城の言葉を聞いて北條が少しばかり安心する。
間違えて連れて来てしまったのに全ての記憶を処理、もしくは殺す——等という方法を取るのかと不安に思っていたのだ。
「なら、早いとこやろう。薬は何処にあるんだ?」
「支部にあるけどこの人を運んで行ったら遅くなるし、そこを襲撃される可能性もある。どうしようかしら」
「あぁ、そっか。勘違いされているとは言え、まだ裏組織の連中に賞金首だと思われてるんだよな」
先程は爆発や火事でパニックになっているからこそ追っ手を撒くことは出来た。だが、今度も上手く行くという保証はない。
「他の支部に助けを求めようにも私達は嫌われているし」
「地獄壺で会った部隊の人達はそんなに嫌ってる様子はなかったけど」
「それは私達が21支部の人間だって知らなかったからでしょ。知ってたら違う対応だったわよ」
結城の言葉に北條はそういうものなのかと疑問に思う。
これまで他の支部の者達と会ったことのない北條は嫌われているという感覚がなかった。
「……そう。それなら気を付けておきなさいよ」
「ん? どういうことだ?」
「洗礼を受けるかもしれないって意味」
そう口にして結城は視線を逸らす。その仕草が、北條には怖い大人に叱られているかのように見えた。
「大丈夫か?」
「——っえぇ、大丈夫。関係ないことに時間を掛け過ぎた。話を戻しましょう」
北條が声をかけると結城は意識を切り替え、いつもの調子に戻る。
当の本人の調子も戻り、話も戻すのならば、北條が話を掘り返す訳にはいかない。
北條も意識を切り替え、男を何処に連れていくかを考える。
支部へと戻るには距離があり、男を連れて行くにしても賞金に目が眩んだ組織に発見される危険性がある。
他の支部を頼ろうにも北條の所属する第21支部は嫌われているため、協力が見込めない。
ならば——どうするのか。
考えても真面な案が浮かばない中——北條の視界に無線機が入った。
「結城——
この常夜街でただ1人北條の秘密を知っている少女。
彼女が脳裏に過った時には、結城に対して提案を口にしていた。
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