第169話捜索

 

「えぇらぁっしゃいまへ~」


 気の抜けた店員の声が店内に響く。

 そんな店員の声を耳にしつつ、北條は店内をぶらつく。

 商品を手に取り、品定めをしているかのように見せて周囲に気を配る。

 そして、危険はないと判断すると小さくぼそり呟く。


「舌なしの店舗。異常なし」


 舌なし——とは店の名前ではない。

 。そんな理由で吸血鬼に舌を抜かれた店員の通り名だ。


「了解。次の店舗に向かうわ。こっちも終わったから次に行く」


 耳に取り付けた小形無線機から返事を聞いて、北條は店舗から出て次の店舗へと赴く。

 それからというもの、立ち並ぶ店舗の中へと入ったり、出たりと商品すら買わずに繰り返す。

 店側からすれば迷惑行為でしかない行動だ。

 一体何故、こんなことをしているのか。それは今朝北條達が請け負った任務が原因である。

 最近起きている強盗事件の解決——それが北條達に与えられた任務だった。

 人間と吸血鬼が強盗として共に行動している。

 その言葉を聞いた時の反応は様々だ。ある者は気味悪がり、ある者はどうでも良さそうにし、ある者は鼻で嗤う。

 だが、情報が開示されていくにつれて全員の顔は等しく強張っていった。


 強盗は神出鬼没で何処に出るか分からない。

 強盗は対吸血鬼用装備で武装している者もいる。

 人間と一緒に行動している吸血鬼は中級。

 今回の任務は北條、結城、加賀、アリマの4人で解決すること。


 一番混乱があったのは朝霧を除いた4人で任務に当たれた言われた時だ。

 異能持ちである結城でも中級には一度も勝ったことはない。

 下級ならばまだしも中級から吸血鬼は数がいれば殺せる存在ではなくなる。それなのにやれと赤羽にしては理不尽な命令をするのだから、いつもの赤羽を知っている3人は余計に驚いていた。

 例外はアリマだろう。

 彼だけはようやくこの時が来たとばかりにやにやとした笑みを浮かべており、北條達すらもいらないと存外に口にしていた——そんなことが受け入れられることはないのだが。


「商店街異常なし」

「了解」


 無線機から聞こえる報告に軽く返事をしつつ北條は記憶の中にある地図を確認する。

 強盗の出没時間、場所は絞って入るもののある程度の領域に過ぎない。

 だからこそ、こうして北條達はバラバラに分かれて調査しているのだが、今の所はそれらしき人物を見つけることは出来ずにいた。


 いつやってくるのか分からないため、周囲に気を配らなければならないことに精神的に疲れを感じてしまう。

 その疲れを表情に出さず、一般人を装い通りを歩いていると個別通信が入る。


「北條」

「ん、結城か。どうしたんだ?」

「ちょっと聞きたいことがあってね。連絡させて貰ったわ」


 個別に通信を取ってきたのは結城だ。


「加賀とアリマから連絡って取ってる?」

「加賀とアリマから? いや、取ってないな…………そう言えば、あいつ等無線機で一言も喋ってないな」


 今更ながら北條は加賀とアリマが一言も喋っていないことに気付く。

 まさかサボってたりしないよな。等と北條が思っていると結城も同じ考えを抱いたのか尋ねてくる。


「あの2人が任務ほったらかしにしてるって可能性はないわよね?」

「絶対にない、とは言えないな。加賀に関しては前科があるし」


 思い出すのはかつての——常夜街の一番端に存在するスラム街の騒音の原因を探れという任務のことだ。

 人手と時間を必要とする任務だったが、危険性は少なかったため新人である北條達のみで行った任務だが、その途中でなんと加賀が任務を放り出してゲームセンターで遊びまくっていたのだ。

 突然消えた加賀を必死に捜索してようやく見つけたと思ったら、遊び惚けている。その様子を見て流石の北條も殺気が湧き上がったものだ。


「取り合えず、全体通信で呼びかけてみたらどうだ?」

「は? 私にあの口だけ野郎と口利けって?」

「あ、すいません」


 ドスの聞いた声に思わず北條は謝罪を口にしていた。

 わざわざ個別通信してきた理由を悟り、北條は全体通信に切り替えて2人に呼びかける。しかし、残念ながら2人が呼びかけに応じることはない。

 念のため、個別に呼びかけてみるが結果は同じだ。


「出ないな」

「チッ——あいつ等、マジで覚えてなさいよ」


 全体通信を聞いていた結城が舌を打ち、不機嫌な声を漏らす。

 血祭りが開催されるな。と北條は呑気に思った。

 もしサボっているのならばの話だが、北條も加賀を庇うつもりはない。結城の個人的な制裁に加えて朝霧にも報告するつもりだ。

 結城以上の制裁が加えられるだろうが、サボる方が悪いのである。

 だが、と北條の頭に疑問が出てくる。


「加賀は予想出来るけど、アリマは一体何をやってるんだろうな」

「ふん、知らないわよ。どうせ加賀と同じで遊んでるんじゃないの」


 更に不機嫌になった声を出す結城に北條は苦笑いを浮かべる。


「どうだろうな。あいつって俺達を見下してるだろ?」

「それがどうしたの?」

「いや、だからてっきり通信越しでもずっとマウントを取ってくるもんだと思ってたんだよ」

「……確かに、それがないのは違和感しかないわね」


 加賀と同じく連絡の取れないアリマ。

 出会ってから常に挑発や見下した発言を繰り返しているアリマが今だけ静かにしている。

 この任務を受ける際も、アリマは指揮権について口を挟むことはなかった。いつもの態度ならば「指揮権をよこせ」「お前等は俺の下に着け」等と言って来ても可笑しくはなかったのに——。


「…………」

「…………」


 拭えない違和感を北條と結城は感じ、黙り込む。

 もしかしたら、自分達の知らない所で何かしでかしてはいないか。そんな考えが出てくる。


「……探すか?」


 放っておいても良いのかという確認。

 無論、2人が連絡が取れない可能性もあることも忘れてはいけない。もしかしたら、予期せぬトラブルに巻き込まれている可能性だってあるのだ。

 しかし、北條の脳裏には懲りずに笑顔で遊ぶ加賀とニヤニヤとした笑みを浮かべて策を講じるアリマの姿があった。


「~~~~ッ」


 2人が真面に任務に取り組んでいる姿が想像出来なかったのか、葛藤する結城。それでも任務を後回しには出来ないと判断する。


「——いえ、人数が少ないのに余計なことをしている暇はないわ。任務に集中しましょう」

「だいぶ間が空いたな」

やかましい。捩るぞ」


 何処を?等と問い返す気骨は北條にはなかった。

 なんせ、つい最近指の足を捩られた男を知っているからだ。あの指は今どうなっているんだろう、と疑問がふと浮かんできたが直ぐに振り払う。

 思い出しただけでも悲惨さで身が竦んでしまうからだ。

 これ以上揶揄えば遠距離でも捩られるのではと恐怖し、別れを告げてから無線機を切る。


「おっかないなぁホント」


 今、加賀とアリマを結城の前に出したら原型が無くなるまで叩きのめされそうだと結城の怒り具合から予想し、2人に黙祷を捧げる。


「まぁ、あいつ等がちゃんと仕事していれば問題ないことなんだけどね」


 惨劇を避けるためにもそうであってくれ。と切に願い、北條は思考を切り替える。

 任務の最中なのだ。これ以上、2人ことを考える訳にはいかない。

 まだまだ北條の見るべき店舗はあるのだ。与えられた任務を疎かには出来ない。出来ないだが——ふと、見覚えのある背中を見つけて北條は足を止めてしまう。


「え? 何であいつがここにいるんだ?」


 北條の視界に入ったのは、かつて地獄壺跡地で戦った金城神谷(かねしろじんや)だ。

 あの時に身に纏っていた戦闘衣バトルスーツではなく、街に出ても違和感のない衣服を身に纏っていた。

 そして、金城と一緒にいる人物にも北條は驚く。

 そこにいたのは、北條とは違うエリアを捜索していたはずのアリマだ。

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