第168話依頼

 

「それで、頼まれてくれるか?」


 裏通りにあるビルの非常階段の踊り場。人目のない場所で北條はミズキと肩を並べていた。


「急に連絡があったと思ったら、大変なこと依頼してくるわね」


 ミズキが依頼の内容に顔を顰める。それだけ北條が持って来た依頼は彼女を迷わせるものだった。


「駄目か?」


 北條がミズキに依頼したのはレジスタンス本部での情報収集だ。

 第21支部に異動してきたアリマから情報を得ようとしたのだが、上手く行かなかったため、ミズキを頼ったのだ。

 うんうんと唸った後、ミズキは口を開く。


「悪いけど、流石にそこには行けないかなぁ」

「だよなぁ」


 商人と言えど、金を積まれたら何でもする訳ではない。

 デメリットしかないと分かれば受けなどしないし、勝てないと分かれば潔く引き下がることだってある。

 今回、北條が持って来た依頼も流石に恩人だからというだけで受けるには厳しいものだった。

 北條も無理を言っていると分かっているからこそ、粘ることはなかった。


「む、なんか簡単に引き下がられるとそれはそれで不満ね」

「そんなこと思ってないよ」


 柵に肘をつき、どうしたものかと考える。

 北條が依頼をしてくることを珍しく思ったミズキが北條の顔を覗き込む。


「ねぇ、もしかしてまた誰かのために動いてる?」

「……何で分かるんだよ」

「アナタが素直に他人に頼る何て珍しいと思ったから。自分だけだったら1人で動くでしょ?」


 北條が言葉に詰まる。

 今回の情報収集を行ったのは自分自身が危険な立場に立っているかもしれないからという思いよりもルスヴンが危険に晒されるかもしれないという思いの方が強かった。

 自分自身の力で全てが成し遂げられるとは北條は思っていない。なんせ、ルスヴンの力を借りなかったことなどないし、鮮血病院でもミズキに助けられなければ脱出など出来なかったと考えているからだ。

 北條1人だけが危険に晒されているのなら、他人に迷惑をかけないように1人で解決する。しかし、自分ではない誰かが危険にされされているのならば、北條一馬は出来ることをするだろう。


「それで一体何があったの? 教えて見なさいよ。理由次第で協力するかもよ?」

「そんなに軽いスタンスで良いのか?」

「大丈夫よ。アナタ以外にはしないから」


 北條が一体どういう経緯で動いているのかをぐいぐいと迫って聞くミズキ。

 軽く口調ではあるもののふざけた態度を取る訳でも、にやけている訳でもなく、表情は真剣そのものだ。

 アリマもこんな感じだったらなぁなどと思いながら北條は口を開く。


「他人に漏らさないでくれよ?」

「もっちろん」

「俺が所属している支部に本部から新しい人員が来たんだけど、そいつが俺の秘密を知ってるかもしれないんだよ」

「秘密?」

「あぁ、他の皆には教えられない秘密だ」

「それって……もしかして中の人の?」


 ミズキの問いかけに北條は頷く。

 鮮血病院内で北條の事情を少なからず知っているミズキはそれで事情を悟る。


「中の人のことを喋ったのは私以外にいる?」

「いや、いない。でも、レジスタンスに入る際に異能でバレたかも」

「……確実にバレているかどうかは分からないってこと?」

「あぁ」


 北條の言葉にミズキが真剣な表情で暫く考え込む。


「北條のとこに来た奴が北條の秘密を知っているのは確定してること?」

「それについてもまだ可能性の範囲だな。でも、俺の何かを知っていることは確かなんだ」


 北條は先程の訓練時の事を思い出す。

 アリマが言いかけた北條が問題児というレッテルを張られた理由。

 赤羽が介入して来た結果、最後まで口にすることはなかったが、確実に何かを知っているのは確かだった。


「そいつが握っている北條の弱みが全く別のものっていう可能性もあるのよね」

「あぁ、それも勿論ある」


 無論、北條の思い違いということもある。

 問題児と言われる理由が、アリマの言っていたように事件に巻き込まれたり、首を突っ込んだりすることならば問題ないと流すことが出来る。


「だけど俺は知っておきたい。自分の命だけならまだしもルスヴンの命も懸かってるんだ」


 だが、今はまだ全ての可能性が有り得る段階。

 万が一のためにも北條は問題児と判断された理由を知りたかった。


「ふ~ん」


 そんな北條に対し、ミズキは素っ気ない態度を取った。

 柵を両手で掴んで後ろに体重をかける。ブランコを揺らすように体を前後に揺らしてから再度ミズキは北條の顔を覗き込む。


「本気?」

「あぁ」

「それじゃあ大事なことを聞くけど——もし、アナタの例の秘密が本当に漏れていたとしたら、どうするの? レジスタンスを潰す?」


 北條の思い違いならば良い。しかし、もし——本当にレジスタンスが北條の秘密を知っていたらどうするのか。

 体の中にもう1人別の存在がいる。

 常人であれば冗談だと笑い飛ばすだろう。そんなことが起こりえるはずがないと。

 だが、その存在が確認されるまで吸血鬼は御伽噺だけの存在だった。異能もそうだ。だからこそ、ミズキは北條が嘘を言ってはいないと信じていた。

 加えて北條は明確に口にしてはいないが、ミズキは北條の中にいる存在の正体を会話の端々から推測していた。


 北條の中には吸血鬼がいること。そして、それがかなりの上位の存在だということ。

 何故そうなったのか理由は知らないが、ミズキはその事実に近づいていた。

 吸血鬼を庇うのは理解しがたいが、会話からして一心同体であり、どちらかの命が危険に晒さればもう片方の命も危険になることが予想された。

 そう理解してしまったら北條に目をかけているミズキも動かずにはいられない。

 だから問いかける。

 もし、そうなったらアナタは力を振るえるのかと。

 その問いかけに対し、北條は既に決定していた答えを出した。


「いや、そうなったら逃げて姿を隠すよ。争い合うのも馬鹿馬鹿しいからな」

「……そう。分かった」

「協力してくれるか?」

「レジスタンスの本部に潜入するのは無理ね。でも、その新しく入ってきた奴から情報を抜き取るぐらいはしてあげても良いわよ?」


 ミズキの柔らかな笑みを見て、北條は軽く頭を下げる。

 その後、軽く手を振ってミズキは立ち去っていく。北條も暫く時間を空けてからその場を去った。





 北條達のいなくなった第21支部で赤羽と朝霧が向かい合っていた。

 赤羽が机の引き出しから一纏めにされた書類を取り出すと朝霧に差し出す。


「これって……もしかして」

「はい。見ての通り最近起きている強盗についてです」

「…………」


 パラパラと軽く書類を目を通し、朝霧は目つきを鋭くする。

 書類は最近起きている強盗についてまとめられたものだった。

 吸血鬼の支配する街でかなり派手にやっていることに疑問が出るが、その疑問は直ぐに吹き飛ぶ。本来なら有り得ないことが書かれていたからだ。


「何で——人間と吸血鬼が一緒に強盗をしてるんだ」

「それについては私も理解出来ません」


 朝霧の目が釘付けになったのは、店舗を強盗した人間達の中に吸血鬼の姿を見たという一文だった。

 人間と共に吸血鬼が強盗をする。

 相容れない存在が一緒に行動すると言う事実に流石の赤羽も本当に分からないと眉間に皺を寄せる。

 だが、そんなことを考えても仕方がないと直ぐに切り替える。


「疑問は出ますが、問題は別にあります」

「……書類がここにあるってだけで予想がつくけど、言ってみてくれ?」

「その問題を解決するように本部から指令が来ました」

「分かった。私が行く」


 予想していた言葉に朝霧は苛つきを隠しながらも告げる。

 人間と吸血鬼の強盗集団の拘束、或いは抹消。そんな不気味な集団とぶつかる任務にまだ未熟な部下達を向かわせてたまるか。そんな思いがあったからだ。しかし、その思いが叶えられることはなかった。


「いえ、朝霧さんには本部に別の指令が出ています」

「何? それじゃあ任務はどうする?」

「それは、もう分かってるはずですよ」


 その言葉に朝霧は机に手を付き、前のめりになって鋭い目つきを赤羽へと向ける。

 朝霧が赤羽に怒りを向けるなどこれまで一度もなかったことだが、今回のことは朝霧にとっては我慢できないことだった。


「あいつらにやらせるつもりか? 相手は中級かもしれないんだぞ」

「それでもやるしかありません」

「全滅させるつもりか?」

「装備は揃えさせます。それに保険も用意します」

「…………」


 2人の視線が暫くの間、ぶつかり合う。

 先に折れたのは朝霧の方だ。


「ごめん。貴方だって辛いのに」

「構いません。それだけ貴方が部下を思いやってるということです」


 近くにあった椅子に腰を下ろし、朝霧は気分を落ち着けるために息を大きく吐く。


「任務に合わせて私が本部に呼ばれる。偶然だと思う?」

「……偶然、と思いたい所ですが、誰かが糸を引いているのかもしれませんね。そうでなければ、中級がいるかもしれない現場に異能持ちがいるとは言え、未熟な者達を向かわせるはずがない」


 深刻な表情を浮かべ、2人は暫し黙り込む。

 レジスタンス本部からの指令を無視することはできない。ただでさえ、本部からの支援は少ないのだ。命令を守らなければもっと減らされてしまうかもしれない。そうなると任務にすら支障が出かねない。

 何より、本部の目が厳しくなるのは一番2人にとって困ることだった。


 ——くそったれ。

 2人はそう毒づきながら、指令を守るために任務の準備を進めた。

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