第152話魂を求めるモノ
北條の背筋が凍り付く。
今すぐにここから逃げなければならない。そう直感が告げた。
それは正しかったのだと直ぐに証明される。
ウプイリの背中にあるジェットエンジンが落ち、代わりに大量のアームが出現した。アームの指先には医療道具であるメスや歯を削るために使われる小さなドリル、透明な液体が滴る針など見るだけで恐怖を覚えるものが握られていた。
「それで、何するつもりだ——」
その問いに意味などない。道具を見れば何をしようとするのか何となくではあるが、想像ついてしまう。ただ、分かっていても聞かずにはいられなかった。
だが、ウプイリの答えは想像の上を行く。
「貴方の魂が欲しいのデス」
「…………ハ?」
「父様から聞きましたデス。人間も魂を持っていると——私はその魂を知らないデス。持っていないデス。感じたことないデス」
「ちょ、お前」
「欲しいデス。知りたいデス。調べたいデス。見たいデス。眺めたいデス。保管したいデス。触れたいデス。突きたいデス。摘まみたいデス。揉みたいデス。舐めたいデス。啜りたいデス。齧りたいデス。貪りたいデス。飲みたいデス。傷つけたいデス。潰したいデス。切りたいデス。裂きたいデス。刻みたいデス。千切りたいデス。刺したいデス。溶かしたいデス。削りたいデス。砕きたいデス。絞りたいデス。燃やしたいデス」
淡々と紡がれる言葉に恐怖しか感じない。
抑え付ける力も強くなり、息苦しさが増す。
「魂が何処にあるのか分からないデス。だから解体しますデス。だから皮膚を、肉を、神経を、骨を、内臓を取り除いて貴方の中にある魂だけを残すデス」
「——ッ」
「でも、検体は貴方だけデス。殺したくはないのデス。お願いデス。教えて下さいデス。それは何処にあるのデス? どんな大きさなのデス? どんな形をしているのデス? それは————私でも持てるものなのデス?」
アームの先端にあるメスやドリルが北條の顔へと近づいていく。
高速で回転する小さなドリルが北條の顔に穴を開ける——その瞬間、北條とウプイリのいるビルが大きく揺れた。
「——蛇が来たデス」
「蛇って……まさかあの大蛇が⁉」
再び大きく揺れるビル。壁に罅が入り、鉄骨が歪んでいく。そして、何処からともなく地面を削る音が耳に入る。
「おい、待て——これは可笑しいだろ」
これまで散々浮島や浮遊している建造物に体当たりをしていた様子を見ていた北條はその音に違和感を覚える。
機械仕掛けの蛇は浮島や浮遊している建造物に体当たりはしても破壊するつもりなどなかった。だが、今回は浮島を沈めようとする意志が感じられた。
崩れるビルの中にいては北條もただでは済まない。
罅の入った天井が崩れて北條を圧し潰しそうとする。だが、その危機を救ったのはウプイリだった。
北條の襟首を掴み、ビルの外へと飛び出すと背中から飛び出した大量のアームがビルの壁を掴んで蜘蛛のようにビルとビルの間で止まる。
首が絞まりながらも北條の視界に入ったのはビル群のある浮島を巨大な口でかみ砕いている機械仕掛けの蛇だった。
「何であいつが——ッうぉお⁉」
巨大な口の中には幾つもの刃。まるで掘削機のように口の中に入った瓦礫や鉄骨を粉々にしていく。
その様子を目にしてかウプイリも機械仕掛けの蛇から逃走を始める。
「おぉおおお⁉ お前もスパイ〇ーマンかよ⁉ 俺も同じことやってたけどさ‼」
大量のアームを器用に使い、ビルからビルへと飛び移って高速で移動していく。しかし、高速と言ってもジェットエンジンで飛び回っていた頃と比べれば雲泥の差だ。機械仕掛けの蛇の方が早く、瞬く間に追いつかれる。
「(どうする⁉ このままウプイリに捕まってても蛇に呑まれる。だけど、俺1人じゃここから逃げられないッ)」
「北條‼」
状況から抜け出そうと思考を巡らせる北條の耳に自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
突如として襟首を引っ張る力が失われる。
「うぉ⁉」
「北條掴まって‼」
「ミズキ、やっぱりお前だったのか⁉ というかそのバイクどっから持って来た⁉」
落下する北條が目にしたのは高速で地面を移動するバイクだ。最も常夜街に車やバイクが走っていることがないため北條には分からなかったが……。
走るバイクの後部座席に北條が着地する。
「ミズキ、無事だったんだな。一体どこに行ってたんだ⁉」
「それ今重要⁉ それよりもまずはその首の腕を外したらどう?」
「首の腕?」
ミズキの言葉に疑問を覚え、北條は自分の襟首に手を回す。するととんでもない物が取れた。
「え、ナニコレ——」
「見ての通りウプイリの右腕と吸血鬼だけど?」
北條の手にはミズキの言葉通り、北條の襟首を掴んでいたウプイリの右腕と肩部分に牙を立てる吸血鬼だった。
「ウプイリが俺を離した理由がこれか。2人が協力してくれていて良かったよ」
「誰がこんな小娘と協力するか」
「そうよ。協力何てものじゃないわよ。アタシが主でコイツが下僕よ」
「ふざけるな‼ この儂をウプイリ目掛けて投げつけおって‼ ただで済むと思うなよ‼」
「うるっさいこの首だけ役立たずの吸血鬼が‼ それ以上喋るのならこのバイクで轢き殺すぞ‼」
2人が口喧嘩をする様子を懐かしく思いながらも北條は後ろを振り返る。
変わらず機械仕掛けの蛇が大きく口を開けて浮島そのものを食い荒らしている。それだけではない。
「返せデス‼」
ビルとビルの間を大量のアームで飛び回りながら、機械仕掛けと同様ウプイリが北條達を追いかける。
ジェットエンジンで空を飛び回っていた時や北條が人間だと分かった時のような笑みではなく、何が何でも目的を達成するという決死の形相をしていた。
「おい、ミズキ。喧嘩なんかしている時間はないぞ‼ この後はどうする。何かプランはあるのか⁉」
「————」
「ミズキ?」
北條の問いを無視してバイクを走らせるミズキ。少しの間黙ってバイクを走らせ続けた後、振り返る。
「安心して」
「何か手があるのか? もしかしてこの先に?」
「何もないわ‼」
「何一つとして安心出来ねぇ⁉ 何で安心して何て言ったの⁉」
「ただのノリよ‼」
「とんでもねぇ迷惑‼ ちょっと期待しちゃったじゃないか⁉」
「仕方ないでしょッ。あの蛇をハッキングするのに忙しかったんだもん‼ 逃げる手段何て用意する暇なかったのッ」
「ハッキング⁉ え、何? あの蛇が襲い掛かってくるのってもしかして——」
「そうよ。悪い⁉ ハッキングして討伐対象にアタシを入れたからよ‼」
「いや、それは——って、おぉ⁉」
ウプイリの猛攻を避けるために、ミズキが激しくハンドルを切る。そのせいでバランスを崩しかけ、慌ててミズキの腰にしがみ付く。
「キャアッ⁉」
「うぉおい‼ バランス、バランス取ってくれ。こけるだろう⁉」
「うるさい変態‼ ド変態‼ 急に可笑しな所触ってんじゃないわよ‼ こっちにも心の準備ってもんがあるのよ⁉」
「ハハハハハ、可笑しなことを言うなこの小娘め。裸で抱き着いて来た癖に何を言っておるのか。まぁ俺はもっと大きいのが好みなんだけどな‼」
「死ね。死ね死ね死ね‼ もうアンタ死んじまいなさい‼ バイクで引き摺られて死ね‼」
「ちょ、待て待て待て蹴り落そうとするな⁉」
狭いバイクの上で揉み合いを始める2人。吸血鬼が呆れて溜息をつく。
「こんな状況でふざけるとは。余裕がるのか。それとも馬鹿なのか。つくづく人間は愚かだな。もうすぐこの浮島の端につくぞ」
吸血鬼の言葉で2人は視線を前に向ける。
「ッやべぇ。追い詰められたぞ。ミズキ、横に抜け出そう‼」
「そんなことしてもいずれ追いつかれるだけ。だからこのまま飛び降りる‼」
「嘘だろ。プランもなしに⁉」
「プランはないけど、状況を打開する手段はアナタの手の中にあるわよ」
「え、もしかして——これのことか?」
北條は吸血鬼が嚙み砕いた右腕を掲げる。
「えぇ、ウプイリの右腕はレーザー銃になってた。まだ機能は死んでないはずだから使えるはずよ」
「使い方なんて分からないんだけど⁉」
「本当はアタシが調べたい所だけど、簡単にはハンドル手放せないし、アナタがそれを調べて。アタシも出来るだけサポートするから‼」
「こんなギリギリで慣れない作業かよッ」
「やれないの?」
「やるしかないんだろ。やってやるさ‼」
やけくそ気味に北條が叫ぶ。それと同時にバイクが一気に加速した。
「そう。それじゃあ、覚悟を決めてね」
「それはとっくのとうに出来てるよ」
ビル群のある浮島から北條とミズキを乗せたバイクが飛び出す。その後をウプイリ、機械仕掛けの蛇が追う。
命がけの空中散歩が再び始まった。
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