第151話墜落
ウプイリの機体は殆ど攻撃や高速移動をするための部品で構成されており、視界や聴覚などの役割をするセンサの類は全て外部——ウプイリの周囲に配置されている。
ウプイリを中心として外と内を同時に見張り、完全な死角を失くすことで戦闘を有利に運ぶ。それがウプイリの戦闘方法だった。
だからこそ、その視覚を奪うために北條達は吸血鬼の頭を括りつけたモーニングスターもどきを利用してウプイリから逃げ続け、ミズキが見つけた無人機を北條が片っ端から壊し続ける。
周囲に擬態して飛び回る無人機を10個ばかり破壊してもウプイリに変化はない。爛々と狂気すら感じる光を瞳に宿して北條とミズキを狙ってくる。
本当に性能を削げているのか。逃げるのも限界になってきた北條はそんなことを思ってしまう。
「次、距離30、9時の方向‼」
「あそこかよ⁉ そろそろきつくなって来たんだけどッ」
「泣き言言わないで。早く移動しなきゃこっちがやられる‼」
「分かってる‼」
浮かび上がってきた弱気な思考を叩き出し、歯を食いしばってミズキの指示を実行する。
浮遊する鉄骨の上を走り、跳躍する。その後ろから雨のように弾丸が降り注ぐ。
分厚い鉄骨すら貫通する弾丸にミズキは目を見開いた。
「貫通弾、弾丸を変えたの⁉ 北條急いで‼ これまでとは違ってあれは瓦礫や鉄骨じゃあ防げない‼」
「——ッ」
モーニングスターもどきを利用し、空中で無理やり軌道を変えて弾丸を回避する。鉄骨を貫いても威力の衰えなかった弾丸はそのまま北條達が着地する予定だった浮島の地面を抉る。
「クソッ‼ 道がなくなったッ」
「デス‼」
「北條後ろ‼」
目的地まで行けなくなり、足を止める北條。その一瞬が命取りだった。
後方から追ってきたウプイリに突っ込まれる。左手のブレードを咄嗟に抑えるものの浮遊する瓦礫から足が離れ、北條とミズキは真っ逆さまに落ちていく。
「力勝負、デスか? 貴方弱いデスよ?」
「そうです、かッ」
空いている方の手で拳を作り、顔面に向けて叩き込む——が、傷んだのは北條の拳の方だった。
「デスデスデスデス——デス‼」
「あぁ~ッッデスデスデスデスうるせぇなぁ‼ それしか言えねぇのかよッ」
何とかウプイリから逃れようと藻掻くが、秒速1000メートルの速さから抜け出すのは簡単ではない。
この速度で浮遊する物体にでもぶつかったらどうなるか。ひやりと首筋が冷たくなる。
「抑えてて‼」
「ッ——」
ミズキの声で意識を戻し、北條はウプイリの両腕を拘束する。
拘束する、と言っても一瞬だ。北條とウプイリでは戦闘衣を身に着けていても力の差がありすぎる。だが、ミズキが細工をするには十分な時間だった。
ミズキが投げたのは吸血鬼の首。鋭い牙がウプイリのエンジン部分に突き刺さる。
その瞬間、ウプイリはバランスを崩す。激しく回転をしながら落ち、その遠心力に耐えきれず、ミズキは北條から離れ、北條はウプイリと共にビル群がある浮島へと落ちる。
「吸血鬼‼」
「うるさい小娘だ。こんな扱いをした報いは必ず受けさせるからな‼」
宙に投げ出されたミズキは咄嗟に浮遊している瓦礫に向かってモーニングスターもどきを投げつけ、ぶら下がる。
そのままロープを伝い、瓦礫の上へと昇ったミズキは北條が落ちた浮島を見下ろす。
「北條、生きてるわよね……」
「フン、知ったことか。それよりもこれはチャンスだぞ。さっさと先に進め」
「ふざけんじゃないわよ。北條を置いて行く訳ないでしょ」
「イカれているな貴様。貴様如きが行っても、いや……あの男がであってもウプイリには勝てんというのに。やはり人間というものは理解出来ん」
「勝手に言ってろクソ吸血鬼。こっちにだって考えはあるのよ」
吸血鬼の言葉に鼻を鳴らし、立ち上がる。
視線の先にあるのは、今正に浮島で休息を取ろうとしている機械仕掛けの蛇だった。
「頭がイカれるのはこれからよ」
ビル群がある浮島にウプイリと共に落ちた北條は生温かな感触を覚えて目を覚ます。
「(俺……気を失ってたのか)」
頭部に感じる僅かな痛み。ここに至るまで記憶の
「(血が流れてる。打ち所が悪かったか……いや、そもそも今何処にいるんだ?)」
今にも崩れそうになっているビルの内部を歩きながら周囲を探る。
崩壊している壁の一部から見えるのは、植物に覆われたビル群だ。
「(ビル群のある浮島——こんなのもあるのか)
これまで見たものが植物の生い茂る浮島や湖だけの、そして岩だけの浮島。浮島と言えばそれぐらいしかないと思っていた北條は意外そうな表情をする。それと同時に傍にいないミズキの身を心配する。
ミズキは北條のように戦闘衣を身に着けてはいない。
高速で落ちた北條が生き残れたのは、戦闘衣の緊急システムによって人工筋肉が限界まで膨張したことと落ちた所が運よく崩壊しかけていたビルだったからだ。
「(高速で回転していたせいでミズキが何処に飛んで行ったか分からなかった。吸血鬼は——最後に持ってたのはミズキか)」
モーニングスターもどきとして使っていた吸血鬼。同じような用途でミズキが助かっていればと願いながらビルの中を進む。
「ッ——」
それでも真っすぐには進めない。
血を失い過ぎたのか、足をふらつかせて思わず北條は壁に手をついた。
「血、思った以上に出てんだな」
地面に落ちた赤い斑点。割れた窓ガラスに映った青い表情をした自分を見て北條は引き攣った笑みを浮かべる。
「大丈夫だ。力が入らなくても戦闘衣を着ていれば問題ない」
腕に力が入らなくとも、戦闘衣の人工筋肉が補佐してくれる。だからまだ戦える。そう考え恐怖を抑え込み、弱音を飲み込む。
歯を食いしばり、死にそうになっている自分を睨みつける。だが、その時に映った後ろに立つウプイリの姿を見て目を見開いた。
「デス‼」
いつの間に接近していたのか。そんなことを考える暇などなかった。
真面に突進を喰らい、窓ガラスを突き破って隣にあるビルへと吹き飛ばされる。
「こんのッ」
「遅いデス」
起き上がろうとする北條の肩をウプイリが掴み、地面に叩きつけて馬乗りになる。
キラキラと星にも似た光を放つ瞳が北條に近づく。
「それ、血デスか?」
「何、言ってやがるッ。そんなのってオイ待て何するつもりだ⁉」
質問の意味が分からず、怪訝な顔をする北條だったが、ウプイリが顔に付いた血を舌で舐め取ったことで思考が吹き飛ぶ。
可愛らしい少女に顔を舐められる。人によってはご褒美とも捉えられないことだが、残念ながら北條はそれで喜ぶ人間ではなかった。
むしろ舐められた個所に紙やすりを擦り付けられたような痛みを感じ、顔を顰める。
「ッッいってぇなぁ——お前の舌どうなってんだよ⁉」
「? こうなってるデスよ?」
ベッと舌を出して見せるウプイリ。そこにはそれで人でも拷問するのかと思ってしまう程のザラザラとした表面の舌があった。
「マジかよ。それで俺舐められたのか。顔剝がれてないだろうな」
「問題ないデス。この程度で人間の皮膚は剥がれないデス。後でもっと舐めてあげるデスよ」
「いらねぇよッ」
「大人しくするデス」
体に力を籠めてウプイリを跳ね除けようとするが、ウプイリに抑え込まれる。
やんわりと、そしてこれ以上北條を傷つけないように。その気遣いに北條は疑問を抱いた。
「殺さねぇのかよ。さっきまで遊び感覚で殺そうとして来た癖に」
「大丈夫デスよ。もう止めたデス」
あれだけ北條達を襲うのを楽しそうにしていたのにあっさりと止めるとウプイリは口にする。
「だって——貴方が人間だと分かったのデスから」
眉を顰める北條にウプイリはとびっきりの笑顔を浮かべる。
その笑みはこれまで浮かべていた狂気を孕んだ笑みではなかった。純粋に欲しいものが手に入ったかのような——心の底から笑っているようにも見えた。
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