第150話ウプイリ

 爆炎が降り注ぐ直前、北條とミズキは機械仕掛けの蛇の上から飛び降りることで爆炎を回避する。直撃していれば黒焦げになっていただろう爆炎の威力を見て、体を固定するためのロープにぶら下がりながら2人は戦慄した。

 襲撃者の姿を確認する。

 セーラー服を身に纏い、足と背中からはジェットエンジンが生えており、右手が巨大な銃口になっている少女。一目で普通ではないと分かる。


「どうやら貴様等の運は悪いようだな」

「あの子は何だ?」

「主が造ったアンドロイド。ウプイリだよ」

「あれもかよッ」


 空を飛び、遠距離攻撃手段まで持つ相手の出現に北條は自身の運の悪さを呪う。

 見た目は少女でも目には狂気の光が爛々と光り、歯をむき出しにして笑っているので残念ながら可愛らしいと思うよりも恐怖の感情しか出てこなかった。


「話——通じるか?」

「そんな訳がないだろう。もうミサイルを撃ち込まれたのを忘れたのか。そら、来るぞ」


 叶わないと知ってはいても望みを口にする北條だが、現実はそう上手くはいかない。

 吸血鬼の言葉通り、北條達を襲撃したセーラー服に身を包んだ少女型のアンドロイド——ウプイリが瞳を輝かせて突撃してくる。


「デース‼」

「クソッ」

「ちょ——く、来るわよ⁉ この状況でどうするの⁉」

「そんなの決まってるだろッ」


 足も地面に付いておらず、宙にぶらさがっている状態では出来ることなどない。

 このままでは嬲り殺されるだけだと判断した北條は、自分達の命綱を断ち切った。


「嘘でしょおぉおおおお⁉」


 真っ逆さまに落ちる2人と1体。当然ながらウプイリもそれを追いかける。


「次、次が来るッ⁉ どうするの⁉」

「分かってる‼ 今どうにかするよ‼」


 ウプイリが空中を自由に動ける以上、宙に投げ出されている今は先程よりも悪い状態とも言える。

 咄嗟に体をまさぐり、吸血鬼の頭が括りつけられているモーニングスターもどきを咄嗟に手に取った。


「吸血鬼、俺達と一緒に死にたくなかったら協力しろ」

「クソが、この後の展開を予想できたぞッ」


 北條がモーニングスターもどきを遠心力を利用してぶん投げる。

 目を輝かせ、突撃してくるウプイリに向けてではなく、となりで機械仕掛けの蛇に衝突し、回転しているビルへと。

 機械仕掛けの蛇と衝突した影響でむき出しになった鉄骨に吸血鬼が牙を立てた。

 回転したビルに引っ張られ、北條とミズキはウプイリから距離を取ることに成功する。


「ターザン。面白そうですね‼ もっと面白いことをしましょう。チャンバラです‼」

「全然面白くねぇッ」


 ウプイリの言葉に口の端を引き攣らせながらもモーニングスターもどきを利用して空中戦を繰り広げる。


「ハァッ‼」

「無駄デス‼」


 漂っている瓦礫を蹴り飛ばすものの、あっさりと左手をブレードに変換させて斬り裂かれる。


「くそッこのままじゃ本当にやられる。何とかしないと——」

「北條目の前‼」


 碌な攻撃手段もなく、決定打すらない2人は逃げ続けるしかない。しかし、ウプイリは違う。

 近接戦闘用のブレード、小型誘導ミサイル、機関銃、レーザー砲。武器の見本市のように次から次へと攻撃を繰り出してくる。

 機関銃が火を噴き、盾にしていた瓦礫を貫いて弾丸が北條の脇腹を掠める。

 ひゅっと息が詰まりそうになるのを根性で抑え込んだ。


「1、2、3————10秒。移動して‼ 今なら撃たれない」


 ミズキの言葉で北條が瓦礫の影から飛び出す。ミズキの言葉通り、ウプイリは飛び出してきた北條に銃口をしっかりと合わせているものの撃つことはなかった。


 北條1人ならば既に死んでいる。それでも死んでいないのは、今尚北條の背中に必死の形相でしがみ付いているミズキがいるからだ。

 万屋よろずやを営み、幾度も対吸血鬼の装備や兵器を見て来た彼女にとってウプイリに搭載されている兵器の解析をすることなどさほど難しいことではなかった。

 性能の解析し、武器を特定。射程や威力を計算して北條を誘導する。そのおかげで北條は紙一重で死を回避し続けていた。


「——瓦礫で見えなかったのに北條に銃口を合わせてた。銃撃の時もそう。動かなければ脇腹じゃなくて致命傷を負ってた」

「石上さんみたいな魔眼でも持ってんのかよッ」

「そんな訳ない。機械には異能みたいに理不尽なことは出来ない。結果を出す仕組みはあるし、それ以上のことは単体では出来ない」


 ぶつぶつと北條の背中にしがみつきながらミズキはウプイリの解析を行う。

 北條を生かし続けている要因となっているミズキだが、彼女もまた1人ではとっくのとうに死んでいる。この場は戦場。戦いに慣れていないミズキが1人になった所で数秒しか持たない。

 ミズキが生きているのは、北條が絶対に離さないとばかりに腕を回しているからだ。


 バッテリーは北條を血濡れの男から助ける際になくなっており、戦闘衣バトルスーツもただの重い服となっている。生身で激しい戦いを繰り広げる北條にしがみ付付けるには無理があった。

 ハッキリ言って戦闘中に片腕が使えなくなるのはデメリットしかない。ただでさえ空中を高速で飛び回る何故か超ハイになっているアンドロイドが相手だ。少しの隙が命取りになる。

 それでも北條はミズキを見捨てない。


 ——夢見る景色を1人ではなく、多くの人と見たい。


 北條の根本にある願い。

 その願いがある限り、北條はミズキを見捨てない。それが分かっているからこそ、ミズキも全力で答え続ける。

 互いに助け合い、生かし合う。

 どちらかが欠ければ瞬く間に戦況が傾く。正しく2人は今運命共同体で戦っていた。


「一体どうやってアタシ達の動きを? 熱感知? でも最初に撃ち込まれたミサイルを回避した時アタシ達は火の影に隠れてた。それなのにアイツは生きているのが分かっているかのようだった。なら音感知? ううん。それじゃあ瓦礫に隠れてたアタシ達を狙えた理由が分からない。最も可能性が高いのは——やっぱり視覚による感知。でも、アイツの視界からアタシ達の動きは見えなかったはず。なら、別の視点からアタシ達を捉えていたとしたら?」


 思考が纏まり、周囲に目をやる。そして、にやりと笑みを浮かべた。


「北條、距離25。11時の方角」


 ミズキの言葉に従い、視線を向ける。

 パッと見ただけでは機械仕掛けの蛇の衝突によって漂う瓦礫などが浮遊しているだけのように見える。

 だが、数値と方向を明確化されたことでいらない情報を削ぎ落していくと北條にも見えてくるものがあった。


無人機ドローン……あんな所に擬態してたのか⁉」


 見つけたのは、分かりにくいように浮遊する瓦礫に擬態した無人機。辻斬り事件を起こしたジャックを追っていた際に北條が目にした無人機とは違い、攻撃手段を持っている様子はない。搭載されているのはカメラ1つ。それだけだ。


「あれが多分ウプイリの視界を補佐してる。多分だけど他にも同じセンサの役割をしているのがある。つまり——」

「つまり、それを潰せばウプイリの性能を削ぐことが出来るってことだな?」

「えぇ、その通りよ」


 笑みを浮かべるミズキに北條もまた笑みを浮かべて返す。

 モーニングスターもどきで動き回り、瓦礫を蹴り飛ばして無人機を狙う。ウプイリよりも動きの鈍い無人機は回避出来ずに瓦礫によって破壊された。


「アタシが無人機を探す。壊していって」

「了解した。頼むぞ相棒」


 どうしようも出来ない。そんな状態で見えた一筋の光明。

 ミズキは落ち着きを、北條は勢いを取り戻し、それぞれの役割を果たすために動き出した。

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