第149話襲撃者
機械仕掛けの蛇が目を覚ますとその背に乗って北條達は再び移動を開始する。
ハッキリ言ってしまえばもう蛇の背の上に乗るのは勘弁して欲しかったが、徒歩で移動するとなると軽く1年は掛かると言われてしまったらもう決断するしかなかった。
「ギギッググォオオオ⁉」
降りかかってくる風圧と機械仕掛けの蛇が曲がる度に襲い掛かってくる重力に歯を食いしばって耐える。
休憩の最中にミズキが作った杭を機械仕掛けの蛇の鱗と鱗の隙間に打ち込み、ロープと繋げて体を固定しているおかげで当初よりはまだマシな状態になっているものの体にかかる負担は大きい。
それに加えて——。
「来たよ‼ 今度は8体‼」
同じく体を固定して機械仕掛けの蛇にしがみ付いていたミズキが声を張り上げる。
北條が視線を向けるとそこには下級吸血鬼がいた。
ここから吸血鬼の数が増える。出発前の吸血鬼の言葉通り、領域に入らない限り殺しに来ない中級吸血鬼と違い、見境なく襲い掛かってくる下級吸血鬼の数は増える一方だった。
北條達とは違い、体を固定するための道具もないのに四肢だけで機械仕掛けの蛇にしがみ付く下級吸血鬼達。
恐怖も感じず、本能のままに襲い掛かってくる様子を見て北條はちょっとは手加減してくれと悪態をついた。
「またやる。これ持っててくれ‼」
「分かった」
腰にロープを巻き付け、それをミズキに手渡すと馬具ならぬ蛇具から手を放す。
機械仕掛けの蛇に置いていかれるが、代わりに急速で下級吸血鬼との距離を縮める。
一番前にいた下級吸血鬼の顔面を蹴り飛ばす。後ろを巻き込んで後方へと吹き飛んでいき、一度に3体の下級吸血鬼を引きはがすことに成功する。
「(残り5——)」
蹴りを放った後、既に北條の意識は次の下級吸血鬼へと意識を向けていた。
四つん這いになって獣の如く這ってくる下級吸血鬼。北條を無視してミズキに狙いを定める下級吸血鬼。
どちらを狙うのかは決まっていた。
ミズキを狙う下級吸血鬼に向かって機械仕掛けの蛇の上を北條は横に転がる。
ざらざらとした蛇の鱗が体のあちこちに当たるが泣き言は言っていられない。
機械仕掛けの蛇が動き回るせいで立って動くことなど不可能。下級吸血鬼のように四肢でしがみ付いて動いていては遅くなる。
色々試した結果、この移動方法が最も早く動けると分かったのだ。
横っ腹に蹴りを入れて可笑しな空間の底に叩き落とす。
その隙を狙って下級吸血鬼が飛び掛かってくるが、それにはミズキが対処した。対処と言っても大したことではない。
攻撃手段などなくとも彼女の手の中には北條の命綱がある。
思い切り、それを手繰り寄せ北條を引き寄せる。ロープが手繰り寄せられるのを感じても北條は抵抗しない。むしろそれに従った。
状況を広く俯瞰できる立ち位置にミズキはいる。だからこそ、指示には必ず従うと予め決めていた。
北條に避けられ、飛び掛かってきた下級吸血鬼の腕が空を切り、底に落ちていく。
「北條‼ 島とぶつかるよ‼」
一呼吸着く間もなく、ミズキの警告が飛ぶ。
直後、機械仕掛けの蛇の体がうねり、浮いている島の底とぶつかる。
機械仕掛けの蛇には何の反応もない。まるで小石を蹴り飛ばしただけであるかのように島にぶつかっても興味を示さない。
それでも、その体にしがみ付いている小さな北條達には大問題だ。
島にぶつかった衝撃に機械仕掛けの蛇の影響で削られた島の岩が降り注ぐ。
それを避けようにも機械仕掛けの蛇が動くため、碌に動きを取れない。加えて下級吸血鬼まで襲い掛かってくる。
「クソッこの蛇何でいちいち島とかにぶつかるんだ⁉」
わざわざ島にぶつかる理由が分からない北條はやけくそ気味に叫ぶ。
それに呑気に答えたのは腰にぶら下がっている吸血鬼だ。
「機械仕掛けの蛇の進行ルートに島が侵入してきているからだろう。あの蛇は予め決められたルートしか動かないからな」
「何で島が動くんだよッ」
「儂に聞くな。そんなものは島にいる吸血鬼共に聞け。聞いて死んで来い」
襲って来た下級吸血鬼を蹴り飛ばし、降りかかってきた岩の破片で後続にいた吸血鬼の頭を吹き飛ばす。
「そら、追加が来たぞ」
「またかよッ」
まだ吸血鬼が残っているというのにぶつかった島から再び追加がやってくる。
しかも北條の後方ではなく前方——ミズキの目の前に。
「ミズキ、こっちに来い。受け止める‼」
このままではミズキが吸血鬼にやられると判断した北條は機械仕掛けの蛇の鱗と鱗の間に杭を打ち込み、体を固定して構える。
「——ッ」
覚悟を決めてミズキは体を固定していたロープを切り、北條の胸の中に飛び込む。
それを北條はしっかりと受け止めるとじりじりと迫ってくる下級吸血鬼を見て苦い顔をする。
「キリがないわね。どうする? もういっその事ここから飛び降りる?」
「別にそれでも構わんが、そうなると中級吸血鬼の領域を徒歩で移動し続けることになるぞ」
「じゃあどうするって言うのよ⁉」
「そんなこと儂が知る訳ないだろう。それは貴様等が考えることだ」
危機的状況にいる北條とミズキを嘲笑う吸血鬼。
構っても状況は好転しないと分かっているため北條は吸血鬼の発言に構わなかったが、負けん気の強いミズキは別だった。
「北條、ちょっとそれ貸して」
「ちょ——何やってるんだ⁉」
北條から吸血鬼の首をひったくり、ボールを縛るのと同じように首を縛り付けると、投げた。
「ミズキ⁉」
隣にいた北條が止める間もない程の早業。
即席でモーニングスターもどきを作り出したミズキがそれを振り回す。
ミズキは兵器を造り出す側であって扱う側ではない。そのため、モーニングスターもどきを振り回して下級吸血鬼に百発百中とはいかない。
しかし、八つ当たりを兼ねていたミズキには関係なかった。
「いい加減ムカつくわ。こっちが必死でやってるのにいつも嘲笑いやがってぇえ‼」
「オオォオオッ⁉ や、やめろ人間風情が一体何をしてるか——」
「フンッ」
「ガァ⁉」
偶然ミズキの振り回していたモーニングスターもどきが下級吸血鬼の一体にぶち当たる。
ヒュルヒュルと可笑しな空間の底に向かって落ちていく下級吸血鬼。それを見て下級吸血鬼は一斉に襲い掛かってきた。
「え、もしかして怒った⁉」
「ミズキ、それ寄越せ‼」
「貴様までッやめろ——」
今度は北條が動揺するミズキから吸血鬼の首をひったくる。そして、同様に投げた。
怒声を上げながら飛んで行く吸血鬼は見事に下級吸血鬼の顔面に命中した。
北條もモーニングスターを扱ったことはないため、上手くは扱えない。もし、同じような武器の担い手がいたとしたら鼻で嗤うレベルでしかない。それでもミズキよりはまだマシだった。
ロープを短く持ち、円を描くように振り回して近寄ってきた下級吸血鬼の横っ面を叩いていく。
「北條、また蛇が——今度はビルとぶつかる‼」
「ッこんな時に」
その状況を気に食わないのか。機械仕掛けの蛇が再び大きくうねり、加速する。
更に——
「追加が来た‼ 今度は10体‼」
頭上から下級吸血鬼が落ちてくる。その瞳はしっかりと北條達を捉えており、落ちて来たのは偶然ではないと理解出来た。
「吸血鬼、避難出来る場所はないのか⁉」
「この扱いをしておいて助けを求めるか‼ この愚図め‼」
単調な動きしかしない下級吸血鬼が相手でも不慣れな武器、不安定な足場で戦い続けるのは不可能。
吸血鬼の首を引き寄せて問いかけるが、すっかりと頭に血が上った吸血鬼が簡単に答えはしなかった。
下級吸血鬼に囲まれ、機械仕掛けの蛇が高層ビルとぶつかる直前、この場で戦うしかないと覚悟を決めた瞬間だった。
耳を塞ぎたくなる程大きなエンジン音が届き——。
「御客人、デス‼」
この場に似つかわしくない少女の声が届き——。
「今すぐ飛べ貴様等‼」
「え?」
「な——」
爆炎が北條とミズキを襲った。
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