第147話ボーダーライン

 機械仕掛けの蛇にしがみ続けて約2時間。

 北條とミズキはこの空間を照らすために存在する2つ目の巨大な光源を過ぎた場所にある刺々しい形をした岩の島で休息を取っていた。


「…………」

「…………」


 大の字に岩の上にぐったりとする2人。残念ながら満足に会話をする体力はなかった。

 それもこれも、全て機械仕掛けの蛇にしがみ続けた影響だ。

 高速で振り回される体を2本の腕だけで耐え続けた影響で体中が悲鳴を上げているのだ。

 大きく息をし、暫く体を休めていた北條達はようやく顔だけ動かせるまで回復すると岩の上でふんぞり返っている——首だけなのに——吸血鬼を睨みつけた。


「こんなに苦労するとは聞いてないぞ」

「ホント、何回死にかけたと思ってるの?」


 機械仕掛けの蛇が動く度に振り落とされそうになったり、実際に振り落とされたり、機械仕掛けの蛇が島や建造物にぶつかる度に瓦礫が降りかかってきたりと様々なことがあったのだ。

 2人に睨みつけられた吸血鬼は馬鹿にするように鼻を鳴らす。


「だから何だ。貴様等は死んでいないのだから良いだろう」

「北條、コイツを苦しめる方法教えて」

「……やめろ。今は休ませてくれ」


 2人の苦労を鼻で笑う吸血鬼に青筋に浮かべたミズキが拷問方法を北條から聞き出そうとする。——が、北條はそんな体力も時間も無駄にすることを拒否し、岩に顔を突っ伏す。


「ちょっと……良いの?」

「もう良いよ。嫌みを言ってもどうせ通じないし。それにしても冷たい岩が気持ち良い」

「もうッ」


 ぐったりとする北條にミズキは肩を落として体を起こす。

 まだ彼女は北條に支えられていたこともあり、体力はまだ余裕があった。

 岩を背にして座り込み、視線を上に向ける。そこには機械仕掛けの蛇の巨大な頭部があった。寝ているのか、その瞳は閉じられている。


「あれ動かないの?」

「あぁ、あの蛇が動くのはいつもエネルギーの供給をする時だけだ」

「供給って……食事をすることが? あれ、どう見ても機械なんだけど?」

「半分はな。あれは元は貴様等人間が大昔に生み出した大蛇の死体を主が改造したものだ」

「え? 噓でしょ」


 ミズキが驚き、目を丸くする。

 吸血鬼が人間の技術を扱っていることにも驚いたものの、それ以上に目の前の巨大な蛇を生み出すことが出来る程の科学力を人間が持っていたことに驚いていた。

「そんな技術を人間が持ってたのね。その時代に産まれて見たかったわ」

「貴様等が積み上げたものなど我らにかかれば簡単に崩れるというのに、そんな無駄ものに興味があるのか」

「あら、アナタと同じよ。ないものに興味を抱くの」


 持っていないものだからこそ欲しいと願う。夢想する。

 誰もが思うことであり、常夜街に住む者達の殆ど忘れてしまった熱。

 ミズキはまだそれを失くすほど落ちぶれてはいなかった。


「それに、無駄にはならないでしょ」

「そんな訳がないだろう。現に我らは貴様等の文明を滅ぼしているのだ」

「ふん、勝手にそう思っとけば良いわ。今はアナタ達が鼻で嗤うようなことしか出来なくても、いずれは目ん玉ひん剝かせられるようになるだろうしね」

「そんなことは不可能だ」

「不可能じゃないわよ。可能性は出て来たわ。アタシ達の住む街で上級吸血鬼が人間に殺されたのは知ってる?」

「ハハハハッ‼ 何だそれは、何の冗談だ‼」


 積み上げたものというのであれば、レジスタンスが重ねてきた戦歴も技術も同じだ。それが実った瞬間——地獄壺で起きたレジスタンスと上級吸血鬼であるペナンガランの戦いの結果についてミズキが尋ねると吸血鬼は声を大きくして笑う。

 ミズキが口にしたことは偽りない事実。しかし、情報が閉ざされたこの空間に住んでいた吸血鬼にとってはありえないことだった。


「上級吸血鬼が人間に⁉ ハハハハ‼ ありえんな。ありえんぞッ‼ さては貴様儂を笑い殺すつもりか。それとも現実も見えなくなったか⁉ ヒャハハハハハ‼」

「……そこまで馬鹿笑いすることかしらね」


 吸血鬼が馬鹿笑いを続ける。

 だが、事実を口にしているのはミズキだ。この空間で外の情報を一切得られることのないのではと予想していたミズキも余計な情報をこれ以上与えないために敢えて口を閉ざす。


「それで、今どれぐらいの所にアタシ達はいるの?」

「ハハハハ——あ? 今何処かだと? そうだな、今は全体の三分の一程度は進んだな。中級吸血鬼の領域に入らなければ邪魔されることはないが、これからは下級も襲ってくるだろうな。それに、後は運次第か」

「もったいぶった言葉ね。言いなさいよ」

「ふん。全ての情報をタダでやる訳がないだろう。儂も裏切りとは思われて消されたくはないからな」

「その割にはアタシ達を下に案内するのね」

「人間如きを案内するだけで警戒する主ではないからな」


 大したことではないのだと口にする吸血鬼だったが、それを耳にしたミズキは目を細める。


「(つまり、明確に裏切りだと思われるような情報があるってことね。さて、それは一体どんな厄ネタなのかな?)」


 秘かに吸血鬼が隠し持つ情報に狙いを定め、それを隠すために話を続ける。


「ここは吸血鬼の領域じゃないの? あの蛇が襲って来たりなんかはない?」

「違う。ここはこの蛇の住処として主が用意したものの1つだ。蛇以外には誰もおらん。そして、あの蛇も吸血鬼を襲うことはない。こちらが攻撃を仕掛ければ話は別だがな」

「そう。なら、大人しくしておきましょう」

「そうしておけ。無駄に動いて敵対行動として判断されたら目も当てられん。あの巨体ですりつぶされて死ぬなど儂は嫌だぞ」

「アタシもそんな死に方嫌よ。ちなみにどんな行動が敵対行動って判断されるの?」

「行動に不調が出るレベルの破壊行為とみなされたら襲って来る」

「他には? 例えば内部に潜り込むとかどう?」

「この領域の情報でも盗むつもりだろうが、止めておけ。ハッキングした瞬間にあの蛇は暴れ出し、周囲にあるもの全てを壊す」


 吸血鬼がミズキの魂胆を見抜いて注意をする。

 分かっているぞ。と不愉快そうに睨み付けられたミズキは小さく舌打ちをしてそっぽを向く。情報は得られそうにない。そう判断したのだ。

 上手く行かずに唇を尖らせるミズキだが、ふと偶然、岩の上で頭を抱える北條が視界に入った。


「(ま~た難しい表情してる)」


 ある程度落ち着いているのか。呼吸は整っている。それでも表情の方は苦しそうだった。

 その表情を鮮血病院でも見たことがあるミズキはまた北條が1人で抱え込んでいることを悟る。

 その思いを口にしてくれないことに不満を持ち、腰を上げる。


 思いを打ち明けてくれるまで待つ何て性に合わなかい。来ないのならば、こちらから行くまで。その方が性に合っていた。

 だから、ミズキは行動する。

 ウジウジ悩んでいる北條を、今度こそ完全に立ち直らせようと——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る