第145話2つの選択

 

 鮮血病院に囚われてから久しぶりに食料を手にすることが出来た北條とミズキは果実を凄まじい速さで手に取っては口へと運ぶ。最初はこんな場所で取れた果実に抵抗があったのも事実。

 しかし、2人にとってはようやく腹と喉を満たすことの出来るもの。我慢が出来るはずがなかった。


「ッ——」

「~~ッ」


 一心不乱に果実を口にしていく2人。

 食事と共に話し合いをするつもりだった北條も果実の甘さに既に虜になっていた。そして、それはミズキも同じだ。

 常夜街では滅多に手に入らない舌が蕩けるような甘い味のせいで呼吸も忘れる勢いで果実を口へと運んでいく。

 咀嚼している最中だというのに再び新しい果実を運び、無理やり流し込んでいく。

 なりふり構わない2人の様子に吸血鬼は馬鹿にするように鼻を鳴らした。


「ふん。実に人間らしいな」


 その言葉は確実に北條とミズキに届く声量だったが、初めて食べる果実に夢中な2人の頭には入ってこない。

 挑発しても意味がない。そう理解した吸血鬼は息を吐いて目を瞑る。

 そして、北條が持ってきた果実が底をついた時——ようやく北條とミズキの手は止まった。


「…………」

「…………」


 視線を合わせ、気まずい空気が流れる。食事も兼ねて話し合うつもりでいたのに、いつの間にか食事に夢中になってしまっていたのだ。

 羞恥心が湧いてくるのも仕方がなかった。


「あぁ~……取り合えず何があったか話し合うか?」

「そうね。そうしましょう」


 だからこそ、2人は記憶を頭の中に押し込んで見ない振りを決め込むことを決めた。

 地面に落ちた果実の食べ屑など2人には見えない。何故か手が汚れているがそれも全力で無視した。

 無駄にキリッとした表情を作る。そんな2人を見て吸血鬼は溜息を付いた。


「さっきまで果実を貪っていたのに何を格好つけているんだ」

「うるさいわね。突き落とすわよ」


 呆れる吸血鬼にミズキが冷たい視線を向ける。すると、吸血鬼はやってみろと言わんばかりにせせら笑う。


「面白いな。こんな未知の地を儂なしで生きるつもりか? だとしたら貴様等はここから出た瞬間に死ぬことになるぞ。それでも良ければやるが良い」

「チッ——」


 ニヤニヤとした吸血鬼を見てミズキが舌打ちをし、不満そうに口を開いた。


「ねぇ北條。ずっと疑問だったんだけど何で吸血鬼と一緒に行動してるの? しかも首だけ」

「そっか。そう言えば、ミズキには言ってなかったな」


 ミズキが囚われた際に吸血鬼と取引をしたことを思い出す。

 目が覚めたと思ったら仲間が敵であるはずの吸血鬼と行動を共にしていたのだ。その経緯を知りたがるのは当然だと考え、北條は口を開く。


「こいつは鮮血病院の元主だよ。鴨田が病院から脱出するための出口を作るために取引をしたんだ」

「はぁ⁉」


 大きく目を見開き、吸血鬼を見るミズキ。

 どんな内容が出てくるかと思えば、倒したのではなく取引という言葉。人間相手ならば兎も角、吸血鬼を相手に取引をする等とは考えもしなかったミズキは北條の正気を疑った。


「え、何? もしかしてそんなに追い詰められてたの?」

「いや……そもそも取引自体は俺が提案したんじゃないぞ。これは鴨田が言い出したことなんだ」

「……詳しく聞かせて」


 ミズキの言葉に北條が頷くと意識を失ってからの行動を話し始める。

 鴨田と金城に血濡れの男から助けられたこと。戦いでは敵わないため、逃げることを優先し、吸血鬼と取引したこと。その取引のおかげで病院の屋上に続く扉が常夜街へと繋がったこと。そして、助けに行った際にミズキがいなかったため、単独行動をしたこと。

 吸血鬼との取引の結果で起きたことを余すことなく全てミズキに話していく。


「そう……」


 全てを話し終えた後、ミズキは暫く黙り込む。


「どうかしたか?」

「いえ、何でもないわよ。あの時、下級吸血鬼がアイツを襲った理由に納得がいったの」


 そう口にするもののミズキの眉間には皺が作られたままだった。

 顎に手をやり考え込む。考えるのは、北條の話から聞いた鴨田の不自然さについてだ。


「(吸血鬼と取引するのは良い。レジスタンスと違ってアイツ等は吸血鬼側の人間だし、そういう発想が出てくるんでしょう。けど——)」


 深く、深く考えていく。

 戦いを生業とする北條は気になりはしなかったことにミズキは気付いていた。

 驚いたもののその発想が出ること自体に問題はない。ミズキも気になることなどなかった。引っかかったのはその後のことだ。


「(取引を急いでいるように感じるのは気のせい?)」


 北條から鴨田が吸血鬼と取引をすると口にした際の話を聞いてミズキは鴨田が取引をするのを急いでいるように感じたのだ。


「(血濡れの男の異能が空間系ではない以上、他に異能持ちの吸血鬼がいることは理解出来ていた。だけど、吸血鬼がいるかも分からない部屋に鴨田は足を踏み入れた。部屋に吸血鬼がいたから良いものの——もし、いなかったらどうしたの? その場合は、血濡れの男の生活行動範囲でうろつくことになる。それを下げるためにも入念な情報収集が必要不可欠のはず)」


 それだけではない。

 一体どうやって吸血鬼を堕としたのかもミズキは不思議に思った。


「(吸血鬼の性格も知らないで取引決行何て。そんなの本当に行き当たりばったり。絶対に商人はそんなことしない。それとも、本当にどうにか出来る力があったの?)」


 商人としての疑問が尽きることがない鴨田の行動。

 ミズキも鴨田の情報が少ないために完全に予想することは出来ない。しかし、嫌な予感がしてはならなかった。


 ——貴様は嘘をついている。何故ならあいつが証明した。


 脳裏に過るのは血濡れの男が口にした言葉だ。


「(北條がレジスタンスだと知っているのは、現状では鴨田だけ)」


 その情報を上手く利用されたのではないのだろうか。そんな考えが浮かんでくる。

 鴨田と金城が血濡れの男と初めて遭遇した際、その時からもう一連の流れは決まっていたかのような——。


「どうかしたのか?」


 深く考え込むミズキを不思議に思い、北條が再び問いを投げる。

 それに釣られてミズキも顔を上げた。


「ううん。何でもない」


 心配をして声をかけてくる北條に対し、本当に何でもないのだと手を振るう。

 所詮は不確かな情報を基にした予想。加えて今直面している問題に比べれば優先度は下であったため、ミズキはその考えを自分の頭の奥へと仕舞い込んだ。


「それよりも、そろそろこの空間について話し合いましょう。運の良いことにそこに色々知ってそうな吸血鬼がいるしね」

「そうだな」


 2人の視線が岩の上に置かれた吸血鬼の首へと向けられる。その視線を受けた吸血鬼は鬱陶しそうに表情を歪めた。


「何か知っているなら教えてくれないか。お前もずっとここに首だけでいるのは嫌だろう」

「ふん。ここに落ちてきたのは貴様等がへまをしたせいだがな」


 鬱陶しそうに、面倒くさそうにしながらも吸血鬼は溜息を付く。北條の言葉通り、首だけの状態でここにいるのは吸血鬼も望んではいないのだ。


「…………良いだろう。ただし、移動しながらだ。同じ場所に留まるのは色々と不味い」

「そんなにここは危険なの?」

「ふん。逆に聞くが何故危険じゃないと思うんだ? あぁ、脳味噌が小さいから思いつかなかったのか。ククッ」

「——ねぇ、北條。吸血鬼を苦しめる方法って何かないかな?」


 吸血鬼の髪の毛を鷲掴みし、無表情で拷問方法を問いかけるミズキ。

 静かに怒るミズキを北條は諭す。


「一応、知ってるけど……今は移動しよう。安全を確保するのが先だ」

「——チッ」


 舌打ちを1つ打ち、吸血鬼の生首を投げるミズキ。

 それを受け取った北條は吸血鬼の首を掲げて問いかける。


「それで、どっちに行けば良い?」

「それは貴様の選択次第だ。これから先、何年もかけて上に登るか。僅かな可能性に賭けてこの空間の主に会うか。選ぶが良い」


 ニヤニヤとした表情を浮かべ、2つの選択肢を上げる吸血鬼。その表情からしてどっちを選ぶかなど既に理解しているようだった。

 北條の視線がミズキへと移る。


「アナタが決めて」


 視線がかち合い、返ってきた信頼の言葉。それを受けて北條は軽く息を吐いた。


「この空間の主に会う」

「そう言うと思ったぞ。下へ行け」


 予想通りの言葉が返ってきたことに笑みを深くした。

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