第138話鎖に繋がる吸血鬼
時刻を戻し——。
血濡れの男が吸血鬼に襲われる前の出来事。
北條、鴨田、金城の3人は金城が見つけた部屋へと足を踏み入れていく。異能を回避するためか、入り口の扉は開けっ放し。それどころかここに来るまで誰にも遭遇せず、罠も配置されていなかったため、侵入は容易だった。
あまりにも簡単に辿り着けたため、北條はこれが何かの罠ではないかと疑っていた。
「罠は——ないのか」
「そのようだね」
「吸血鬼の姿もねぇぞ。ここは外れじゃねぇのか?」
何もない部屋だからこそ罠も仕掛けられていない。その可能性を金城が口にするが、鴨田はそれを否定する。
「いいや、そんなことはないさ」
部屋を堂々と歩く鴨田が指を指す。
その先に張るのは部屋の中央にある謎の四角い穴のみ。
「何もない場所に出入りを繰り返さないよ」
部屋の中央にある窪みへと近づき、顔を覗かせる。穴は人3人分の深さがあった。
その中には3人が探している吸血鬼の姿があった。痩せこけ、衰弱しており、手足の腱も切れてはいるが何とか生きている様子だ。
「何でこんな見辛い場所に……」
「逃がさないため、かな? まぁ、それは兎も角、ここから先は私に任せて貰おうかな」
そう口にして鴨田は1人、穴の中へと飛び込んでいく。
続いて北條が穴の中へと飛び込む。金城は戦闘衣がないため、穴の付近で見張りに立った。
重傷の吸血鬼に近づいた北條と鴨田。
鴨田が死にかける吸血鬼に視線を合わせると早速切り出す。
「意識はあるかい? 貴方がこの病院の主とお見受けするが、如何に?」
病院の主と言う言葉を受けて僅かに身じろぎをした吸血鬼。膝を折った鴨田と視線が合う。
「人間が……何の用だっ」
忌々しそうに鴨田と北條を睨み付けるが、その眼光に力はない。ここまで吸血鬼が弱るものなのかと北條は目を丸くする。
吸血鬼相手に油断など考えられなかった。
取引をすると口にした鴨田にも北條は何度も考え直すように言った。捕まっていると言っても吸血鬼には、人間3人を縊り殺すことなど簡単だと考えていたからだ。だが、今そんな考えは頭の中から飛んでしまっていた。
鴨田はそんなことは気にせずに吸血鬼の問いに答える。
「貴方と取引がしたくてここに参りました」
「カ——ハハハハっ人間風情が儂と取引等、身の程を知れぃっ」
「身の程、ですか?」
「その通りだ。それよりも血を寄越せっ。この儂の血肉となるのだ」
力なく笑いながらも北條と鴨田を人間だからと吸血鬼は見下す。それどころか血液まで要求してくる態度に北條は呆気に取られた。
手足の腱が切られているのに再生しないのは、そんな力がない程吸血鬼が衰弱しているから。人間を前にして襲い掛からないのは、満足に体を動かせないから。
強気に出るのは駆け引きとして必要だが、こんなのは駆け引きでも何でもない。取引をするつもりなどないのかもしれないが、もう少し取り繕ったりしないのかと北條は思ってしまう。
「なるほど。残念ですが貴方の血肉になるのはお断りします。私にもやることがありましてね。その手伝いをして頂けるのなら、構わないのですけどね」
「ふざけるな。誰が貴様等のことなどっ」
取り付く島もない様子に北條は本当に取引が上手く行くのか不安が過る。
だが、鴨田が次に口にした言葉で吸血鬼も表情を変えた。
「あの血塗れの男に復讐出来るとしても、ですか?」
「——何?」
「貴方をこんな目にしている張本人ですよ。彼が憎くないのですか?」
血濡れの男。元凶である男が生み出した人間でも吸血鬼でもない成り損ない。忌々しい相手。確かに、吸血鬼は彼に対して憎しみを抱いていた。
「確かに、あいつは儂の怨敵だ。今すぐにでも死んで欲しいと思っている」
「では——」
「だが、断る」
憎しみを利用しようとした鴨田の返事を吸血鬼はバッサリと斬り捨てる。
「魅力的な取引材料があるのですが、それでもですか?」
「ふん。儂も馬鹿ではない。この地の空間を掌握しているのは儂だ。外に出るためならば、直ぐにでも儂を殺すか脅せば良い。だが、貴様等はそんな手段を取ろうとしなかった。大方仲間でも捕まったのだろう」
ニヤニヤとしながら北條と鴨田の顔を見比べて吸血鬼は2人がここに来た理由を想像する。そして、ほんの少し表情を歪めて口を開く。
「どうせ貴様は儂と奴をぶつけさせ共倒れを狙っていたのだろうが無理な話よ」
憎しみを抱いていても一度、否——何度も負けた相手。
反骨心を見せようものならば何度も地面に叩き付けられ、餓死寸前まで追い込まれた経験があるからこそ、吸血鬼は安易に首を振らなかった。
「貴様等の残された選択肢はここで血塗れの男に殺されるか。儂の糧になるかだ」
ケラケラと馬鹿にしたように吸血鬼は笑う。その笑みには何処か自分の生に見切りをつけているようにも見えた。
先程、吸血鬼が取り繕わなかった理由を北條は何となく察した。
「諦めたのか?」
「——ククっ諦める? いいや、違う。違うぞっ。儂はただ待っているだけよ。あの忌々しい存在が死ぬのをな。儂は吸血鬼。不死の種族。だが、奴はその成り損ないよ。時を重ねれば死を迎える程度の儚い存在。
全ては時が解決する。そう信じて笑う吸血鬼。
しかし、言葉の隅々に怒りや我慢できない感情が現れていたのを鴨田は見逃さず、これまでの態度から勝つのを諦めているようにも見えていた北條はその言葉を信じなかった。
「それ程貴方達は優しくはないでしょう。もしかして、本当は負けを認めるのが嫌なだけではないの?」
力では敵わない。だけど負けは認められない。だから、手を下すまでもないと言い訳をした。
心の内を見透かされた吸血鬼が2人を睨み付ける。
「貴様等っ——」
中級吸血鬼。北條と鴨田の2人が対吸血鬼用装備をフル装備しても敵わない相手だ。
しかし、今目の前にいるのは負けを認められずに心が折れかけた吸血鬼。そんな相手から睨み付けられても2人は怯むことはなかった。
衰弱している等と理由で弱くなる吸血鬼はいない。もっと根本的な所でこの吸血鬼は弱っていた。それこそ、魂そのものが弱く、脆くなっていた。
「貴様等も奴に勝てない癖によく喋る」
「あら、少なくともこちらはあの血塗れの男を嵌めることは出来るわよ?」
鴨田の口調が変わる。それは明らかに相手が下だと判断した結果。予定していた取引内容を破棄し、即座に別の手段に切り替える。
立ち上がり、上から見下ろす。これが自分とお前の立ち位置だと言うように。
それを忌々しそうに吸血鬼は見ていた。
「ここに来たのは余計な戦いを省くためさ。君が異能でこの病院を囲っているのは知っていたからね。彼を倒した後、君は私達を解放し、私達は君の領土から去れたら良いなと思っていたんだけど、君が乗り気じゃないのなら仕方がない」
「下らん。誰がそんな取引を——」
「しないなら別に構わないさ。こちらにも策があるからね。君はここから動けないようだから後で首でも取りに来るよ」
あっさりと鴨田は取引を諦める。
「失敗するに決まっている」
「その時は君の身に災いが降りかかるように努力しよう……いや、体だけでなく心まで鎖に繋がれているんだから、それだけで君にとっては災いなのかな?」
そんなことを呟きながら鴨田は振り返り、歩き出す。
取引は終わり。だが、北條の目にはここから立ち去ろうとしている鴨田がまだ駆け引きをしているようにも見えた。
だからこそ、余計な口をせずに鴨田の動きに合わせる。
付き従うようにその背中を追いかけて北條も立ち去ろうとする。
「待て——」
2人の背中を吸血鬼が呼び止める。
「一体、何をするつもりだ」
本当に、あの男を殺せるのか。そんな淡い期待が込められているような言葉。
北條からは鴨田の表情は見えない。しかし、その言葉を聞いた瞬間に鴨田の頬が僅かに上がったのを北條は見逃さなかった。
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