第137話裏切り

 

 下級吸血鬼に捕まった者達は1人残らず倉庫に押し込められる。

 てっきり吸血鬼に血を啜られ、自分も怪物になると怯えていた彼等は下級吸血鬼が血を啜る様子がないことに胸を撫で下す。

 だが、完全に安心など出来ない。


 唯一の出口には下級吸血鬼達が逃がすまいと紅い瞳で睨みを利かせているのだ。襲ってくることはないものの、化け物が傍にいて良い思いが出来るはずがない。

 それぞれが小声で不満を垂れ流す。


「お、俺達は死ぬのか? 一体何をされるんだ?」

「あの女は何をしてるんだ。僕達を助けるんじゃなかったのかッ」

「畜生‼ 信じるんじゃなかったッ」


 不安を押し殺し、周囲を見渡す。だが、部屋が薄暗く、人の視界では満足に見渡すことも出来ない。見えたのは精々、小さなランプの光を放つ無人機ドローンに青いランプをともした筒状の巨大な機械程度。それ以外に目ぼしい物などない。

 脱出口などなく、武器もない。せめて助けが来るまで待つしかない。そう考えて、胸の内から湧き上がる不安に押しつぶされそうになりながら、秘かに彼等は秘かに助けを待つ。

 

 一方——。

 血濡れの男に捕まったミズキは、彼等とは違う部屋に連れ込まれていた。独房のような閉じられた空間で目を覚ます。だが、満足に動くことは出来なかった。体が巨大な木の幹によって拘束されていたのだ。

 目の前には血塗れの男が1人。


「それで? こんなことして何するつもり?」


 体の自由が利かないにも関わらず、強気にミズキは問いかける。


「ふん、強気な女だ。さっきまで震えていた癖に」

「怯えていた方が良かった? それなら今から演じるけど。や、止めて下さい。アタシは別にアナタに逆らうつもり何て~」

「不快なだけだ。やめろ」

 

 ふざけた口調で怯える様子を演じるミズキを男が鋭い視線で射貫く。

 怒りと殺気がミズキの体に叩き付けられ、息が止まりそうになるが、それをグッと堪えるとまたもやミズキは強気な笑みを見せた。

 駆け引きにおいて自分自身を弱く見せるのは悪手だからだ。


「悪かったわね。冗談はこれぐらいにする」

「そうか。なら注意しておくんだな。次にふざければ腕か足、どちらかの1本を潰す」

「肝に銘じておくわ」

 

 淡々と脅しではなく事実を口にする男に冷や汗を流しながらミズキは答える。

 突如としてミズキの腹部に男の拳が突き刺さった。


「グッ——⁉」


 腹の中にあったものが外に出そうになる感覚。それを何とか食い止める。

 腹部の激痛に歯を食いしばる。


「舐めているのか? 俺の体にはどんな所でも戦えるように種子が埋め込んである。それをお前の体内で成長させても良いんだぞ?」

「————ッ」

「ふん」


 歯を食いしばり、痛みに耐えるミズキ。それを見て幾分か気分を良くした男は一歩、ミズキから距離を取った。


「アタシ、何もッふざけてなかったと思うんだけど——?」


  ギリギリと歯を食いしばらせ、痛みに耐えながら言葉を吐く。


「貴様が俺を吸血鬼と呼んだからな。あぁ、別に殺そうとは思っていないぞ。だってまだその分の借りは返し終わっていないんだからな」


  男の皮膚は剝がされており、表情というものは分からない。しかし、ミズキは男が確かに笑っているように見えた。

 ゾッとした感覚が、足の先から頭のてっぺんまで走る。


「まぁ、今からの答弁で返礼は大きくなるかもしれないがな」

「どういう、意味ッ」


 表情を歪めながら問いかけるミズキに男は答える。


「俺はレジスタンスとかいう組織にこんな形にされた。他の奴等はもっと酷い。だから、レジスタンスの連中全員殺すと決めている」


  体全身を震わせ、血を吹き出す男。誰がどう見ても怒りに身を震わせているのが分かる光景だった。

 男の怒りに合わせ、ミズキの体を拘束している樹木が締め上げていく。苦しそうにするミズキの表情を見て男が異能を発動させていたことに気付くと直ぐに異能を解く。


「ククッ悪いな。俺の中の怒りが収まらないんだ。皆がお前等を殺せと言っているんだ。こんな姿に、非人道的な実験を行ったのにそれでも正義を謳ったお前等を——」


  男は皮膚のない顔をミズキに近づける。

 瞼のない瞳がミズキを捉える。その中にミズキはドロドロとした憎悪の焔が見えた気がした。


「だが、それでも俺はお前達と同じじゃない。素直に、そして嘘をつかなければ罰を軽くするつもりだ。優しいだろう?」


 男が寛大さを現すように腕を広げる。

 そして、ゆっくりと腕を伸ばすと沙汰を下す神のように目を細めてミズキに問いかけた。


「お前がレジスタンスなら、情報を持っているはずだ。助けを呼べるはずだ。そのためにお前は生かされているんだ。さぁ、1つ残らず話せ」

「……何を言って、アタシはレジスタンスじゃないッ」

「嘘をつくなッ」

「ッ——⁉」


 男の言葉を否定した瞬間、男はミズキの首を異能で操作した樹木で締め上げる。

 細い首に樹木の枝が絡みつき、思い切り締め上げ、呼吸を無理やり止める。ミズキも抵抗しようとしたが無駄だ。

 暴れようとしても手足はガッチリと別の枝に絡め取られており、ピクリとも動かせない。戦闘衣の力を持っても抜け出すことは出来なかった。

 意識が限界に近づいた時を狙って樹木の枝がミズキの首を解放する。

 

「俺を不快にするなよ女。貴様はレジスタンスのはずだ。何故ならこの力のことを知っていた。おまけに奴等が身に着けていた戦闘衣バトルスーツも着ている」

「それは、違うッ。異能についてならレジスタンス以外でも知ってる人達はいる。戦闘衣だって実力のある者なら誰だって持ってる‼」

「いいや、そんなことはない」


 徐々に体を締め上げていく樹木に表情を歪ませる。

 

「貴様は嘘をついている。何故なら。加えて貴様は俺が見てきた一般人とやらとは纏う空気が違う。肝が据わっている。吸血鬼を前にしても駆け引きをする実力がある。何よりあの大群の中をたった2人で生き残った」

「ッ⁉」

「それよりも答えろ‼ 懺悔しろ‼ 話を逸らすな‼」

「ッ——アタシが一般人でないのは認める。だけどッそれでもアタシはレジスタンスじゃないッ。レジスタンス以外の組織もあるのよ‼」

「貴様の話には信じられる根拠がないな」


  言葉が通じないとミズキは理解する。何を口にしても男は否定しかしない。だが、それはある意味仕方がなかったのかもしれない。

 この病院内で産まれ、育った男にとってミズキの言葉が事実だということを確かめる術はない。そもそも男はレジスタンスが本当はどういう組織なのかも分からないのだ。

 確実に言えるのは、あの女というのが男に大いに影響を与えたということ。その結果、ミズキはレジスタンスだと判断されてしまうことになった。

  ミズキの取り繕っていた表情が崩れていく。恐怖が顔に浮かび、忍び寄ってくる死から何とか逃げようとする。

 それでも逃げられない。

 

「一馬ッ」

「それが仲間の名前か。そいつもレジスタンスなんだな? 隣にいたあの男だな?」


 思わず口にした北條の名前に男が反応をする。

 体中が限界まで締め上げられていく。意識を長く保たせるために首を絞められていないせいで気を失えず、痛みに悶える。


  「嫌ッ死にたくない‼」


  修羅場は潜っていても、ミズキは戦いの専門家ではない。彼女はあくまで土塊一族の商人だ。痛みに慣れる訓練などしていない。 恐怖に耐える訓練をしていない。

 ここまで耐えられたことが不思議なくらいだった。


  「助けてッ。誰か‼ カズマァ‼ 助けてよぉ‼」 


 近づく死に恐怖し、涙が流れ、助けを求める。その姿を嘲笑う男。男の中ではミズキはレジスタンスの一員となっている。

 自分の体を改造した者達とは違ってもレジスタンスであれば、彼にとっては復讐対象。

 悲鳴を上げてくれるのは彼の自尊心を満たすには十分だった。

 体の防衛本能が、痛みから、恐怖から逃れるためにミズキの意識を飛ばそうとする。それを許すまいと男は拷問を加減し、楽しみ続ける。

 だが、そんな楽しみを邪魔するかのように、ある感覚を男は感じ取る。


「——ッこれは⁉」


 張っていた縄が限界を迎えて切れたような感覚。それが何を意味するのか直ぐに理解した男は怒り————ではなく、


「は、ハハハハハハッ‼ 本当に、本当にやってのけたのか‼ まさか本当に実行するとは思っても見なかったぞ‼」


 頭に思い浮かべたのは痛めつけ、心を砕いたはずの吸血鬼だ。

 開け放たれていた部屋の扉が強制的に閉められる。

 吸血鬼の扉を介して空間を跳躍させる異能。一度扉を閉じれば、次に開ければ全く違う空間へと繋がっている。それが分かっていても男は男が扉を開け放つ。

 視界に映ったのは先程まであった通路ではなく、今にも崩れ落ちそうな階段だった。

 吸血鬼が男へと襲い掛かる。それも1体だけではない。数十、数百の吸血鬼が男を掴み、暗く、冷たい地下へと一緒に落ちようとする。


「ハハハハハ‼」


 笑いながら異能を発動する。

 体の中にある種子を成長させ、下級吸血鬼を細切れにするが、下級吸血鬼の物量差に押され男は地下へと引き摺り下ろされた。


「ここがどこなのか分かるぞ。分かっていたとはいえ、裏切ったのだ。これまでと同じように大切に扱われるとは思うなよ‼ そして、貴様も覚悟しておけよ‼ 俺の期待を裏切ればどうなるか……精々俺のために働くのだな‼」


 吸血鬼に体を抑えつけられ、下へと落ちて行く。

 その様子を見ていたミズキは一体何があったのか。理解出来ずに放心していた。


「————」


 鮮明に感じた死。痛む傷。恐怖。

 拷問によって肉体の限界を迎えていたミズキは、耐え切れずに意識を落とす。そして、その部屋の扉は固く閉じられた。

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