第134話血濡れの男
下級吸血鬼の群れから抜け出した北條はミズキに支えられながらも足を進める。
既に2人は限界だった。体力は限界に近づき、意識は朦朧としている。しかし、それでも足を止めないのは後ろからまだ吸血鬼達が迫っているからである。
体を襲った衝撃と炎について北條はまだ理解できていない。というよりも、理解しようと考える余裕はなかった。
「ミズキ……俺を置いていけ。お前1人なら——」
「えぇいッまだそんなこと言ってんのッ。戦えないアタシがアナタの傍から離れる何てそれこそ自殺行為でしょ。それよりも今は逃げないと——何処か、何処か安全な場所に」
息を切らして走るミズキが視線を巡らせる。その時、反対方向を見ていた北條が上に続く階段を見つけた。
「階段だッ」
「ッ——よし」
必死に足を動かし、階段を駆け上る。後ろから聞こえてくる異形の叫びが2人を急かした。
階段を上り切り、肩越しに振り返った北條の視界に見えたのは這いつくばりながらも駆け上る吸血鬼の姿だ。
このままでは追いつかれる。そう判断した北條は柱を殴りつける。
それでも吸血鬼は止まらない。破片が頭に突き刺さったり、腹に穴が開き、臓物が零れ落ちたりと人間なら絶命していなければ可笑しい致命傷を負っても吸血鬼には関係ない。持ち前の再生能力で傷を塞ぎ、走り続ける。
止まらない。捕まる。死ぬ。そんな言葉が脳裏に過った。
だが、幸か不幸か柱を殴りつけたことによって柱が崩れ、支えを失った天井が落ちて来る。長い間人に使われず、化け物の住処になっていた廃病院の老朽化は見た目以上に進んでいた。
襲い掛かろうしていた下級吸血鬼達が落ちて来た天井の下敷きになるという思っても見なかった出来事に2人は目を丸くする。
ミズキも驚いてはいたものの、一番驚いたのは北條自身だった。
一呼吸置いて状況を理解すると2人は腰を下ろす。
「た、助かったぁ~」
「すっごい偶然。え、何? 狙ってたの?」
「いや、俺もこんなことになる何て思わなかった」
未だに信じられないといった様子で北條は下敷きになっている下級吸血鬼の方に視線を向ける。
瓦礫が動く気配はない。隙間から手首がビクッビクッと動いてはいるが、それだけだ。上に視線を向ければ、3階へと続く穴が開いており、その穴から罅が天井に走り、今にも崩れ落ちそうになっていた。
「ここから離れよう。柱を崩したからここも危ないはずだ」
「そうね。向かう先はやっぱり、鴨田の所?」
「そう。だけど、まずは階段を見つけないとな」
降ろしたばかりの腰を上げて北條とミズキは再び歩き出す。あちこち走り回ってもどちらに戻るのかを迷う程2人の方向感覚は狂ってはいない。
幸運に助けられた命を抱えて1階に降りるための階段を探し始める。だが、幸運ばかりが訪れる訳ではない。命が助かった幸運と同時に不幸も起きていたのだ。
北條やミズキにとっての幸運は柱を殴りつけたことで偶然下級吸血鬼の上に天井が落ちて来たこと。もし、それがなかったら北條達は吸血鬼達に追いつかれていた。そして、2人にとっての不幸は吸血鬼達が北條達を取り逃がす所を1人の人物に見られていたこと。
その人物とはこの廃病院の現在の主であり、強くレジスタンスというものを憎んでいる存在。
使える手駒を失った男が重い腰を上げる。それは正しく2人にとっては不幸なことだった。
歩いている最中に感じたのは振動。次に感じたのは片足に何かが絡みついたこと。
足を引き抜かれるのではないかと言う程の力が掛かり、1階へと引き摺り戻される。体制を整え、足に絡みついている何かを切ろうとするが、そんな暇を与えられる程、敵は優しくはなかった。
上半身を起き上がらせようとした瞬間に再び足が引っ張られ、引き摺られる。北條の横ではミズキもいた。ミズキも何が起きたか分からずに顔を顰める事しか出来ないでいる。
柱に掴まっても無駄だった。戦闘衣の性能を超える力で引っ張られ、人体の伸びる激痛に耐え切れずに手を離す。
引き摺られ、振り回されて連れていかれた場所はこの病院内で唯一植物が生い茂る中庭だった。
「クソッ。一体何が」
ズキズキと痛む箇所を抑えながらも警戒を怠らずに立ち上がる。
この状況で落下因子は出来ない。敵がこの場に連れ出したと考えるのが自然だった。
「ミズキ、立てるか?」
北條の横ではまだミズキが痛みに耐えかねて蹲っている。手を伸ばして手助けをしたい所だが、それは出来なかった。
「俺の領域でよくもあれだけ暴れてくれたな」
そこにいたのは皮膚が爛れ、血を流した男。北條からすれば見ただけでは性別は分からなかったが、体格から判断して男だと判断する。
起き上がったミズキが男の姿を捉え、息を詰まらせる。
「ッ吸血鬼——」
見た目だけで言うならば人の形を保ってはいるものの人からはかけ離れた姿。ミズキが吸血鬼だと思ってしまうのも仕方がない。
しかし、その言葉が男の怒りを買うことになるとは理解していなかった。
「吸血鬼、だと——? あぁ、そうか。そうだろうな」
怒りが溢れ出し、殺意が2人の体を貫いた。
男は自身の体を見下ろし、何かに耐える様に体を小刻みに振るわせる。
「あぁ、あぁそうだろう。お前達からすれば俺は怪物だろうな。だが、その言葉だけは俺は認めない。認めてなるものか。望んだならば兎も角、力もこの怪物のような容姿も望んだものではない。あの男に——矢切に無理やり与えられたものだ。それだけはお前等の口から訂正させてやる」
瞳が紅く光る。それは吸血鬼の証だ。しかし、本人は吸血鬼であることを否定していた。
男の怒りによって重力が増したように体が重くなる程の重圧を感じ、冷や汗を流す。
「お前がこの鮮血病院の主か」
感じる重圧は中級——否、上級吸血鬼と同じ。だとすれば、目の前の存在こそがこの事件の黒幕だと判断して問いかける。
「………ふん。確かにこの廃病院を使っていた吸血鬼を下しているから俺が主と言っても過言ではないな」
「下した? どういうことだ?」
再び北條が問いかける——が、男がそれに答えることはない。その代わりに腕がゆっくりと上がる。
筋肉と骨がむき出しになった腕。血が滴り、中庭にある草原が血で汚れる。
「そんなこと聞いて、何の意味がある?」
草が、樹木に生えた葉が、壁に生えた蔦が一気に騒がしく蠢き出す。その異様な光景から男が何を行使したのか理解できない北條ではなかった。
「異能まで使えるのか‼」
「この力のことを知っているんだな。レジスタンスの関係者か? なら、お前は苦しませて殺してやる」
あらゆる植物が男の意思の元1つになる。
蔦は引き千切れない程頑丈になり、草は触れるだけで切れる刃に、葉は自由自在に飛び回り、動きを阻害するために動き出す。
植物操作の異能——植物で溢れる中庭において北條とミズキに逃げ場はなかった。
「おおおおおおおおおおッ‼」
「貴様等がレジスタンスならば後悔するんだな。死にたくなるとは思わせてやる」
植物を相手に応戦する2人に向けて冷酷な言葉が向けられた。
襲い掛かる植物に対処するも吸血鬼の群れの中にいる時以上の苛烈な攻めが襲って来る。戦闘衣の性能が高ければ高い程苦しい時間は伸びるだけだった。
跳べば蔦が、地面に足を付ければ草が——動く度に傷が増えていく。
動きを封じられてからも2人を痛めつける手は止まることはなかった。
男にとってこれは単なる作業。さしたる脅威もない2人はただの的でしかなかった。
その圧倒的な力の差に打ちのめされ、北條の意識が霞んで行く。
そして、ミズキの悲鳴を最後に北條の意識は途切れた。
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