第133話これは——数ある死地の1つに過ぎず

 

 腕に絡みつく吸血鬼に拳を繰り出す。足に纏わりつこうとする下級吸血鬼を振り払い、投げ飛ばす。

 息を付く暇もない状況に北條は喰らいついて行く。ミズキも守らなければいけないため、体力は倍のスピードで消費していくが泣き言など口に出来る訳が無かった。


「まだいける⁉」

「大丈夫だ‼ そっちは問題ないか⁉」

「大丈夫‼ 殆どそっちで止めてくれてる死ねぇ‼」


 北條の脇をすり抜けた吸血鬼に向けてミズキがパイプを振り下ろす。

 鉄のパイプは吸血鬼の頭を砕き、脳漿を撒き散らした。その吸血鬼を北條が蹴り飛ばす。視線は忙しく動き、次の標的を捉え、対処する。考える余裕はなかった。


 戦闘能力で劣るミズキも必死に援護に徹する。すり抜けて来た吸血鬼に瓦礫やパイプ、爆発物を使って応戦するが、そんなものは焼け石に水。次から次へと引っ切り無しにやってくる下級吸血鬼の姿を見て歯を食いしばって迎え撃つ。


「まだッいるの⁉」


 狭い通路。曲がり角の向こうには一体後どれだけ吸血鬼の後続が続いているのかを想像してしまう。

 見えないという恐怖。絶望。それが北條とミズキに重くのしかかる。


「キャア!?」

「ミズキッ‼」


 ミズキの悲鳴が聞こえ、北條は思わず振り返る。目に入ったのは壁を突き破って出て来た吸血鬼に片足を掴まれ、宙ぶらりんになったミズキの姿だ。

 背を見せた北條に吸血鬼が飛び掛かり、拘束されるが構わずに吸血鬼へと突撃した。

 頭から突撃し、揉みくちゃになって転がる。


「無事かッ」

「——ッ一応ありがとって言っとく」


 地面に転がった上半身だけの吸血鬼の頭を踏み潰す。

 だが、それで死ぬはずがない。ジュクジュクと音を立てて頭を再生していく吸血鬼の頭の中に瓦礫を押し込み、再生を阻むとまだ向かって来る吸血鬼に向けて投げ飛ばした。

 ボウリングのピンのように吸血鬼が倒れていく。


「クソッ。増える一方だ。何とかしなきゃ」

「確かに。このままじゃいつか吸血鬼のご飯確定だもんね」


 これまで倒した吸血鬼もゆっくりと立ち上がり、北條とミズキに狙いを定める。対吸血鬼用装備もないため、吸血鬼の数は増えていく一方。

 対して北條とミズキの体力は限界に近かった。

 北條の左腕から戦闘衣を貫いて爪が食い込み、血が流れており、ミズキは血は流していないものの足元はふらついている。

 このまま残っていては吸血鬼に囲まれ、貪られるだけ。そう判断した北條は覚悟を決める。


「ミズキ、手を貸してくれるか?」

「あ、ようやくアタシに助けを求めたわね。力を認めたの?」

「そんな悠長なこと言っている場合か⁉」


 北條の言葉に笑顔を浮かべるミズキ。


「ったく——俺は一点突破しかないと思うけど、どうだ?」

「このままじゃダメってのは賛成。でも、無策で突っ込んでもやられるだけよ」

「知ってる。だから、考えて欲しい」

「戦いにおいては素人同然だってのに……無茶言ってくれるわね‼ 瓦礫落とした時みたいな突拍子の案はないの⁉」

「今ッそんな余裕がないんだッ‼」


 目前に迫る吸血鬼に拳を繰り出しながら叫ぶ北條。

 次から次へと現れる吸血鬼を相手に脱出を考える余裕はなかった。


「そう。なら、今以上に守ってよ‼」


 素直に頼られたこともあり、ミズキは口端を緩めてやる気を見せる。周囲に視線をやり、思考に集中する。

 ここを2人で生きて切り抜ける。それを最低条件として設定して吸血鬼の群れから切り抜ける方法を考える。

 手元にあるのはバッグ1つに薬品が複数。爆弾として調合したものが5つに今身に着けている戦闘衣バトルスーツ。そして、周囲にあるパイプや瓦礫。

 その中から取れる手段を考えていく。


「(戦闘衣の限界出力オーバーロードで突破だけど——駄目。それをしたら、アタシ達の戦闘衣はもう使えなくなる。この後何が起こるか分からないのに使えない。瓦礫もパイプも用途何て少ない。なら——)」


 選択肢は元々少ない。おかげで直ぐに何を使うかは決まる。


「(爆弾しかないか。でも、何処に使う? 前? ううん。それじゃあ前衛を潰すだけ。なら、天井を落とす? いや、それだとアタシ達も被害に遭うし、最悪、被害に遭うのはアタシ達だけかも)」


 視線を前に、上にして被害を算出する。

 天井が降って来たとしてもその質量で吸血鬼達を押し潰すことが出来るのか。そもそもここで起爆させても建造物は無事で済むのか。

 吸血鬼は頭を踏み潰しても、心臓を潰してもその持ち前の再生能力で生き残る。身動きが取れなくなった状態で襲われてしまう。

 吸血鬼、かつ爆発の影響で落ちて来るであろう落下物から逃げられる手段をミズキは考える。

 吸血鬼の耳障りな叫び声も北條の雄叫びも戦いの騒音も遠のいていく。一瞬のことだ。しかし、極限にまで集中したミズキにとってはその一瞬は長い時だった。


「アタシを信じられる⁉」

「勿論だ‼」

「死ぬかもしれないよ⁉」


 この状況を抜け出すには危険な賭けをする必要があった。それこそ、命に関わるような。

 だからこそ、覚悟を問う必要があった。


「問題ないな」


 だが、北條は今更かと言った様子でミズキに顔を向けた。

 一瞬、目を見開き、ミズキは自分自身も覚悟を決める。震えた体を抑えつけ、北條の背中にそっと触れた。


「それじゃ、命を懸けて生き残りましょう」

「——あぁ、そうだな」


 その言葉はルスヴンがよく北條にかけていた言葉。まるで、ルスヴンがそこにいるかのような安心感を北條は感じる。

 休ませる時間は与えないとばかりに吸血鬼が襲い掛かって来ると同時に2人は地面を蹴った。

 北條の手にまず手渡されたのは拳大の瓦礫だ。それを北條は思い切り吸血鬼へと投げつけ、前方にいる吸血鬼の大群に隙間を作る。そして、割り込み無理やり人が通れる道を作った。

 その北條の後ろにピッタリとくっつくようにミズキも全力で走る。


 足元がふらつく、疲れた等とは言ってはいられない。なんせ足を止めたら死ぬだけなのだ。人外の輩に体中に纏わりつかれて貪られると言う下から数えた方が早い最悪の死に方で。

 そんな死に方は当然2人とも嫌に決まっている。だからこそ、爪が体に食い込もうが、瓦礫で足が縺れようが構わず前に進む。


「付いて来てるか⁉」


 体を斬られながら北條が叫ぶ。それに対しての返事はない。ただ、背中に掌を押し当てる感触だけがあった。

 言葉が出せずともここにいると示しているように感じた。それを信じて北條は走る。

 ミズキの考えを聞く暇などなかった。だが、北條は信じた。これまでルスヴンにどれだけの無茶難題を言われようが、無垢な子供のように信じたように。


 圧し掛かって来た吸血鬼を振るい落とし、爪を振るう吸血鬼を無視し、前へ。兎に角前へ進む。

 頭部だけは致命傷を避けるために防御しているものの、他の場所は傷だらけだ。腕の感覚が無くなっているが、無理やり戦闘衣の人工筋肉で動かす。動かした瞬間に腕に痛みが走る。骨が折れた瞬間だった。


「ッオォ‼」


 前蹴りを繰り出し、前方に立ち塞がる吸血鬼を薙ぎ倒す。それでもまだまだ吸血鬼の群れは続いている。

 今何処を走っているのか。まっすぐ走っていたはずなのに方向が分からなくなる。

 視界が赤く染まる。一瞬遅れてそれが血だと気付く。


「付いて来てるか⁉」


 再び叫ぶ。当然ながら返事はない。背中には押し当てる掌の感触もなかった。もしかしたら、吸血鬼にやられたのか。そんな考えが過る。

 最悪な想像は動きにも影響を与える。

 体は重くなり、前に進む速度は徐々に落ち始める。

 吸血鬼の集中砲火も始まり、いよいよ命の危機が迫った。


 その時、ようやくミズキが動く。


 北條と同じようにミズキもまた限界に近かった。

 周囲からは吸血鬼の叫び声が絶え間なく聞こえており、耳が可笑しくなりそうだった。体力も限界を迎えており、足元がふらつく。

 それでも冷静に思考することが出来たのは目の前に北條がいたからだった。

 一番吸血鬼の的になりやすい場所にいながら他人の心配をする北條。血を流しながら前に進み、道をこじ開けようとするその姿を見ていたからこそ、絶望はしなかった。


 気を付けろ、と喉が裂ける叫ぶものの北條が反応することはない。周りの騒音にかき消されたのだ。

 ミズキは北條に警告することを諦め、爆弾を後ろへと投げて身構える。爆弾は直ぐに吸血鬼の波に呑まれ、その瞬間に起爆した。

 起爆する前にミズキは駆け出していた。北條の背中へと突撃し、前に押し出す。遅れて衝撃が2人を更に前へと吹き飛ばした。


 吸血鬼から逃げるためにミズキが取った手段。それは爆発による加速だ。

 生身で受ければ命が危ない。だからこそ、あらゆる手段で身を守った。瓦礫を鞄の中に仕込み、パイプを戦闘衣の中に仕込み、吸血鬼を盾にした。


「————ッ」


 痛みに顔を顰める。戦闘能力の低いミズキは痛みには慣れていない。それでもこの程度で済んだことを幸運と思い、続けて爆弾を投下する。

 北條の腹部に腕を回し、更に地面を強く蹴る。続けて襲ってくる衝撃波と爆炎が背中を叩いた。

 痛い、苦しい。そんな思いをねじ伏せる。今更泣き言を口にして止めれば死に体の体に吸血鬼が群がるだけだと分かっているからこそ、ミズキは血を吐き出して前へと進む。


 北條は突然襲ってきた衝撃に困惑と戸惑いを隠せなかったが、腰に掴まっているのがミズキだと気付くと咄嗟に抱きしめる。

 再び背中に衝撃波が襲い掛かり、その度に北條とミズキは前へ、前へと吹き飛ばされる。

 ——3回、4回、そして5回目にしてようやく2人は吸血鬼の群れを切り抜ける。

 最後の爆風によって吹き飛ばされた後、2人揃って地面に転がる。


 苦痛に表情を歪ませる2人だったが、視界の先が開けているのを確認して体に喝を入れて立ち上がる。

 視線を向けた先にあったのは誰もいない通路。5度吹き飛ばされることでようやく2人は吸血鬼の群れから切り抜けることが出来たのだ。


 よろめくミズキを北條が支える。

 笑顔が出たのは一瞬だけだった。それも当然だ。まだ数ある1つの死地を乗り越えただけ。生き残りを賭けた戦いはまだ終わってはいない。

 次の死地を乗り越えるために、北條とミズキは走り出した。

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