第132話袋の鼠

 

 これまで巡って来た街で攫って来た者達とは違う。

 転移させた同胞から逃げ延びた北條達を見て男は認識を改める。

 いつもならば複数のグループが出来上がり、それぞれで足を引っ張り合っていた。なのに今回は1つに纏まり、犠牲者の数も少ない処か逃げ延びる始末。

 完全に予想外の事態が起きていた。

 獲物はエレベーターに乗り、上へと昇っている。1階に戻って来るのは時間の問題だった。同胞の腹を満たすことが出来ず、無駄な犠牲を出してしまったことに怒りが湧き上がる。


「仕方がない。またあいつを使うか」


 向かったのは吸血鬼を捉えている部屋。ぐったりと壁に凭れ掛かる吸血鬼に命令を下す。


「吸血鬼共に命令しろ。見つけ次第捉えろ。そして、ここに連れて来いとな」


 



 エレベーターを降りた後、北條は早速動き出す。

 エレベーター内で鴨田と話した通り、食料と水を確保するためである。

 一定の間隔で証明が配置された通路を抜け、様々な場所を巡る。

 相変わらず病院とは思えない程の施設の広さがあるが、広大な地下に比べればまだ何ともない。

 すれ違う下級吸血鬼から身を隠し、1つ1つの部屋を調べていく。

 丁度、7つ目の部屋を調べ終わった時、北條は溜まって来た疲労を吐き出すように溜息をついた。


「はぁ。ここも空振りか」


 部屋を見渡し、口に出来るものが無かったことに失望を隠しながら、北條は部屋の外へと出る。


「扉に罠が無ければもっと調べられるんだけどなぁ」


 視線を向ける先にあったのは閉じられた扉。鍵など掛けられておらず、手で押せば簡単に開く扉だ。しかし、北條はその扉の取っ手に手を掛けられない。


「仕方ないでしょ。どんな罠が仕掛けられているか分かったものじゃないし」


 落ち込む北條を励ますように声をかけるのはミズキだ。

 地下同様。地上にも扉に罠が仕掛けられているのは最初に確認済み。安易に開けるのは自分達の首を絞めるだけだ。

 地下で1度扉を開けたものの、あれは緊急事態。そして、運が良かっただけである。もしあの時、部屋の中に充満していたのが、水ではなく毒ガスだったら。下級吸血鬼の群れだったらあの場にいた全員の命の保証はなかった。

 安全が保障されない以上、扉には触れない方が良い。そう2人は判断していた。


「そうだけど。これじゃあ何も手に入れられない」


 だが、理解していても納得の出来ない所はあるのも事実。

 扉を開けるのは危険。しかし、今一番求めているのは食料や水。もし、部屋の中に食料等があったら。そう考えてしまい、何とも言えない気持ちになっていた。



「壁をぶっ壊せば行けるか?」

「やめておいた方が良いと思う。壁壊した音で吸血鬼共が寄ってくるわよ」


 扉が開けられないなら壁を壊せばいい。そんな大雑把な計画の穴をミズキに指摘される。


「それに、壊すのなら食料を探すためじゃなくてあっちの壁を壊してみたら?」


 ミズキが指を指したのは窓の取り付けられた壁。地上に戻って来た以上、外は常夜街であるはず。ならば、そちらを壊した方が一刻も早く脱出出来る。

 そう口にするミズキだが、北條はそれを否定する。


「駄目だろ。窓の外を見ただろ。普通の景色じゃない」


 本来ならば見えるはずの常夜街の景色。

 だが、窓に映っているのは怪しい光を放つ蠢く何か。生物なのか。それとも景色か。ハッキリ言って不気味でしかない光景がそこにはあった。


「もし、窓に罠が無かったとしても俺は窓を開けようとは思わない」

「そう。なら、そっちは破壊しないでおきましょう」


 元々分かって言っていたことなのか。ミズキはあっさりと壁の破壊を取り止める。

 その後も食料探しを続ける北條達だが、結果は著しくなかった。

 これ以上鴨田達と離れるのは危険だと判断し、全員の待つ場所へと戻ろうとした時だった。ミズキが持っていた無線機に連絡が入る。


「どうし——」

「た、助けてくれ‼」


 ミズキが問いかける前に助けを求める声が届く。

 それを聞いた瞬間、ミズキは眉を顰めた。ミズキも万能ではない。顔は覚えていても、声だけでは無線機の向こうにいる人物を把握することは出来なかった。


「一体どうした?」


 北條も無線機の向こう側の人物が誰なのかは気になった。しかし、助けを求める声に答えるべきだと言う思いが勝った。

 ミズキの持つ無線機に呼びかけ、答えを待つ。


「分からねぇよッ。誰かが扉が開けたんだ‼ そしたら大量の吸血鬼が‼」

「分かった。すぐ——」

「待ちなさいこの馬鹿ッ。どういうこと? 何が起きたの?」


 助けを求める声に答えようとする北條だが、ミズキが待ったをかける。腕をがっちりと掴まれ、動けなくなった北條はミズキに抗議の視線を移すが、ミズキはそれに答えずに無線機に向かって問いかける。


「そ、そんなのどうでも良いことだろ‼」

「どうでも良くないことよ。アタシ達はそっちの状況が全く分からないんだからね。それにアタシ達はてっきり鴨田から連絡が来るものだと思ってた。なのに何故アナタが連絡しているの?」


 遠回りに信用出来ないと口にするミズキ。無線機からこんな時に何を言っているんだと罵倒が飛んでくるが、一向に気にしない。

 この時、ミズキの頭の中では2つの可能性があった。

 1つ目はこの男が吸血鬼側の罠であること。

 初めならば兎も角、鴨田が全体を統率した後で勝手に扉を開ける人物がいるとは思えなかった。

 そして、2つ目はこの男が1人、もしくは少数で鴨田達を囮にして逃げている可能性だ。自分の身可愛さで人を売ることを別に否定するつもりも非難するつもりもミズキにはない。ただ、そんな人物を自分達に合流させれば、こちらの身が危険になる。鴨田と違い、ある程度の譲歩もされそうにない。そう考えたからこそ危険視したのだ。

 男も観念したのか。無線機越しに鴨田を呼ぶ声が聞こえる。すると、剣戟の音と共に鴨田の返事をする声が聞こえた。


「これで良いかよ‼ 早く来てくれよ。お前等戦闘のプロなんだろ‼」

「まだよ。今、何処にいるの? あの場からは逃げたの? それに人数は?」

「は、半分は連れていかれた。鴨田さんとおっかない男は、今前で戦ってる。場所は——その、分からない」

「分からない? それじゃあ助けに行けないわよ」

「突然吸血鬼に襲われたんだ‼ 仕方ないだろッ‼」

「それじゃあ、アタシ達が助けに行けないのも仕方ないわよね?」


 その言葉が効いたのか。男の荒い鼻息が聞こえてくる。必死に思い出しているのが簡単に想像できた。


「中庭だ。中庭が見える‼」


 中庭。その言葉を聞いて北條が思い出したのはエレベーターを降りて100メートル程歩いた所にあった緑が生い茂った場所だ。


「分かった。直ぐに——」


 そっちに向かう。そう続けようとしたが、最後まで言い切ることは出来なかった。

 薄暗い通路で光る紅い瞳が幾つも北條達を捉えていた。ミズキも少し遅れてその瞳に気付く。


「鴨田に伝えて。こっちも下級に見つかった。応援には行けそうにない」

「な、何言ってんだよ⁉ 今更そんな。おい、お——」


 慌てた声が無線機から響くがミズキは無理やり通信を切り、やり取りを終了する。


「クソッ。こんな時に——」

「逃げる。のは無理か。完全に囲まれてる」


 北條が舌を打ち、ミズキが周囲を確認して引き攣った笑みを浮かべる。

 紅い瞳は前だけでなく、後ろからも現れ、2人の逃げ道を塞いだ。

 北條が戦闘態勢を取り、ミズキは拾った鞄の中から薬品を複数取り出す。


「真面な武器もない状況でこれか。不味いわね」

「戦えるか? 壁を背にすれば保つと思うけど」

「問題は、何時まで保てるかよね」


 部屋に籠城することも、逃げることも出来ない。手元にある武器も碌な物がない。正に袋の鼠——そんな状況で大量の吸血鬼から身を守り切ることが出来るのか。そんな不安が過る。

 それを掻き消すように北條とミズキは互いの手を握った。



「離れるなよ。俺もお前から離れない」

「嫌でも離れないわよ」


 北條はミズキを庇うように立ち、ミズキも北條の後ろで構える。

 額からは汗が流れ、体は小刻みに震えている。

 紅い瞳の数は増えていく。通路一杯にまで広がるあか。それは吸血鬼が一体どれだけいるかを物語っていた。

 額から流れた汗が、頬を伝って顎へ。そして雫となって地面へと落ちる。

 それが合図となり、下級吸血鬼達は一斉に北條とミズキに飛び掛かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る