第131話エレベーター内にて
約20名程乗せたエレベーターはスライム達が足止めされている間に上へゆっくりではあるものの、確実に上へと昇っていた。
大人数が乗っても余裕のあるエレベーターの中でこれまで走りっぱなしだった北條達は一時的な休息をしていた。
残念なのは水や食料がないこと。敵がいないこともあって、自分の状況に気付き始めた者達が不満を漏らし始める。
「腹減ったな」
「あぁ、やっぱり何処かで食糧を探すべきだったんじゃないか?」
小声でやり取りをしているが、ここは閉ざされた一室。嫌でもその声は聞こえてきてしまう。
「喉乾いたわ」
「俺もだ」
少しずつではあるものの不満の声が増えていく。
それを聞いていたミズキは顔を顰めた。
「我慢が出来ない奴等。地下なんて碌に水何て出て来やしないのに」
「いや、
年がら年中地下で生活している住民がどうやって食料やら水やらを調達しているのか疑問だが、かなりの手間がかかるのは間違いない。
これまで衣食住に困ったことのなかった者達と常にサバイバルをしているのも同然の土塊一族。比べること自体が間違っている。
「でも、水や食料がないってのは問題だと俺も思う」
それは兎も角、と話を区切り、周りに少しずつ広がる声に北條も同意する。
水も食料も人間が活動するのに必要不可欠なもの。鮮血病院に閉じ込められてから1日以上の時間は経過している。
それなのに何も口にしていない処か碌に睡眠も取っていないのだ。いずれ限界が来る。そのためにも今度は食料の確保も重要になって来るはず。そう考えていた北條だが、ふと横からの視線を感じて顔を向ける。
「どうしたんだよ?」
「べっつにぃ」
不服そうな表情を浮かべるミズキに北條は問いかけるが、視線を逸らされる。
自分の意見に同意してくれなかったことに不満を覚えたのだが、残念ながら北條はそこまで察することが出来ていなかった。
何故機嫌が悪くなったのか、首を傾げる北條だったが、近くに鴨田が来たことで意識を切り替える。
「やぁ、休めているかい?」
「今の所は……バッテリーも切り替えたし、何時でも動けるぞ」
エレベーターの時に置いていこうとしたことは無視して、北條は友好的な口調で鴨田と接する。
「それは良かった。緊急で動く必要がある時はよろしく頼むよ」
鴨田も北條達を置いていこうとしたにも拘わらず、太々しくも笑顔で接した。
従って鴨田は北條達が逃げることはないと結論付けた。
ミズキは自分達をいざとなれば切り捨てる気があることには気付いている。本来ならばサッサとあっちに行けと追い払いたい所だ。しかし、それを口にする訳にはいかない。
この集団が一応統率が取れているのは鴨田のおかげであり、生き残れば莫大な報酬が約束されており、本人も戦闘衣を身に着けた人間以上の実力を持っているからだ。だからこそあの金城も大人しく鴨田の指示に従っている。
報酬と反乱を抑えつけるための武力。それが揃っているからこそ集団は1つに纏まっている。
どちらか1つが欠ければどうなるのか。簡単にミズキは想像できた。
烏合の衆となり、力のない者達は死んでいくだろう。そうなったら、北條はそれを放っておかない。1人残らず助けようと動く。
それには協力は出来るが、足手纏いを抱えて敵に狙い撃ちをされるのは勘弁だ。そのため、ミズキは傍に寄って来た鴨田に対し、何も言わず口を閉ざした。
「食料についてはどう考えてるんだ? 何処かで休息を取らなきゃ、多分持たないぞ?」
「本当ならこのエレベーターに乗る前に休息を挟むつもりだったんだよ。このエレベーター。多分、研究室を使ってた人が利用してたっぽいからね。だから、安全が確保されてるって思ってたんだけど。あの赤黒いスライムは予想外だった」
やれやれと言った様子で鴨田は肩を落とす。
「この後、休める場所があるかどうかは分からない。あのスライムがいつ襲って来るか分からないしね。それに下級吸血鬼の数も増えるはずだ」
「それでも俺達は兎も角、体力が持たない人はいる」
「うん。そうだね」
暫く悩む姿を見せる鴨田。もしかしたら、体力の少ない者達とそうでない者達とで選別しているのかもしれない。そう考えた北條は視線を鋭くする。
「安心したまえ。
文句を言うのならば働け。そう言うことだと受け取った北條は迷いなく首を縦に振った。
「その代わりにだけど——」
「安心したまえ。君がいない間は、私が彼等を守ろう。何、先程のようなことはしないから安心してくれ」
北條の意を組み、鴨田は約束を取り付ける。
鴨田は守るべき者に優先順位を付けられる人間だ。もし、北條がいない間に敵に襲われ、上位に位置する人間が危険に晒されれば、下の者達から切り捨てて行くだろう。
だが、闇雲に人を切り捨てる人間ではないのも確かだ。守ると約束したのならば、限界までは粘ってくれるはず。そう考えて北條は追及しなかった。
「食料と言えば、あのスライム。瓦礫とかを取り込んでたけど消化とかどうなってるのかな? あの中にいた人間みたいにずっと取り込まれてたりして」
「見えてたんだな」
一息ついた後、話しは切り替わる。
てっきり他にはミズキしかあの人間の顔を見ていないと思っていた北條は鴨田も目にしていたことに驚いた。
「まぁね。この眼も特別性なのさ」
自慢気に目を指差してウィンクを飛ばす鴨田。
凝視すると人間の眼球ではなく、レンズのようなものが見えた。
「この眼なら、暗い所でも良く見える。君達が見えて私が見えない通りはないさ。あ——目だけじゃなくてこの体も特別だよ? 色々と仕掛けがあるのさ」
北條の横に鴨田が腰を下ろし、わざとらしく北條へと体を寄せて来る。肉体改造をしているというのに柔らかい肌が北條に接触する。
「ちょ——」
「まぁまぁ、気にするな。こうしなきゃ内緒話も出来はしないからね」
慌てて距離を取ろうとする北條だったが、鴨田が体を寄せる方が早かった。
息のかかる距離まで顔を近づけられ、北條の体が硬くなる。
「ちなみに君達——レジスタンスでは、あのスライムの討伐記録だったり、正体だったりは分かっていないのかい?」
「……すまない。俺はそんなに長くいる訳じゃないから分からないんだ」
「アレの正体は兎も角、どう対処すべきかじゃないの? 爆弾で怯んだり、水で押し流したりは出来たことから一気に取り込む何てことは出来ないと思うんだけど」
そう口にしながら鴨田を北條から遠ざける様にミズキが割って入って来る。その様子に鴨田は肩を竦めて僅かに北條から距離を取った。
「何か、喧嘩でもした?」
「フフッそんなことはないさ」
「何でもないわよ」
妙に機嫌の悪いミズキと挑発的な笑みを浮かべる鴨田を見て北條は尋ねるも鴨田は面白そうに、ミズキは不服そうにしながら答えを仄めかす。
ぐいぐいと異性にくっつかれることに慣れていない北條は気まずく思いながらも話を進める。
「さっきのことだけど——そうだな。正体は兎も角、どう対処するべきかのを考えるのが先という意見には賛成だ」
「ふむ。そうだねぇ。何でも吸収するんだから、その場にある物でも投げつければ良いんだけど。それだけじゃあね。今まで取り込めないものは見当たらなかったことから、あれは大食いだ。何か苦手なものでもあれば良いんだが……」
顎に手を当てて鴨田が考え込む。
「何だか飢餓状態の人間みたいだねぇ。手に取ったものを何でも口にするなんて」
極限に腹を空かせた者。喉が渇いた者が食料を、水を求める様な姿。手当たり次第に近くのものを口にしようとしている姿を赤黒いスライムから連想する。
「アタシ達もそうなったりしてね」
「不吉なことを言わないでくれ」
本当にそうなるかもしれないと思ってしまい、北條はげんなりとした表情でミズキへと注意する。
ミズキは肩を竦めると北條から視線を外した。
「まぁ、何はともあれ。まずは上に着いてからの話だ。もし、調査する際にスライムについて分かれば共有してくれ」
「あぁ、分かった」
鴨田の言葉に頷き、次はどう調査を進めるべきかの話を進めていく。
そして、話が纏まった頃——エレベーターで辿り着ける最終地点に辿り付いた。
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