第130話熱

 周囲には配管や電線が張り巡らされ、必要最低限の照明で照らされた空間。一番奥には上へと繋がる荷物用エレベーターがあるが、その通路を赤黒いスライム達が阻んでいる。

 上に上がる手段を前にして全員が顔を悲痛なものに変える。

 ここまで来たのに、ようやく助かると思ったのに。そんな思いが全員の表情に滲み出る。


「下を向くな‼」


 もう駄目だ。そんな思いが多くの者達の中に芽生え始めるが、それを吹き飛ばす声が響く。

 鴨田明日香。彼女が目の前に立ち、赤黒いスライムに向けて流体金属ブレードを突き付けていた。


「何も問題はない‼ 奴等の動きは私達より優れている訳でもない。吸血鬼のように牙がある訳でも、爪がある訳でもないし、再生能力がある訳でもない。ただの大きな木偶の坊だ‼ 指示に従え。そうすれば、ここは切り抜けられる‼」


 大声で高らかに全員を鼓舞する。

 堂々とした鴨田の姿に顔を下に向けていた者達は1人、また1人と顔を上げ、鴨田の背を見る。


「私が道を開いてやる。だから、君達は真っ直ぐ進め‼ 体を前に投げろ。足を動かせ。それが君達への最初の指示だ‼」


 強く地面を蹴り、鴨田は流体金属ブレードを振るう。

 鞭のようにしなり、ブレードが地面を斬り刻む。

 スライムの足元が一瞬にして崩壊し、数体のスライムが下へと落ちる。その瞬間、鴨田は号令をかけた。

 グループを2つに分け、突っ込ませると今度は北條、ミズキ、金城に指示を出す。


「北條君、ミズキ君。壁に取り付いているスライムの注意を引け。金城君は援護を‼」


 その号令を受けて金城は銃を取り出し、配管が巡らされた壁の方へ。北條とミズキは戦闘衣バトルスーツの性能を生かして壁を蹴り、高く飛び上がる。


「本当に良いのか。こっちに来て⁉」

「あそこに留まっていても狙い撃ちされたら終わりだからね。アタシにはこっちの方が安心出来る」


 鴨田に指示されたとは言え、北條と一緒に着いて来たミズキ。北條ほど激しく動けないため、背中に張り付くようになっているが、北條が少しでもミスしてしまったらミズキもスライムに取り込まれてしまうことになる。

 それを危惧した北條がミズキに本当にこのままで良いのかを問いかけると北條を信頼しきった答えが返って来て思わず戸惑ってしまう。

 そんな北條をミズキは無視して続ける。


「それに、助けるつもり何でしょ? 鴨田が囮にさせた人達のこと」


 見透かすように北條の考えを口にされ、思わず硬く唇を結ぶ。

 2つに別れたグループ。一方には北條達と行動を共にした者達が固まっており、もう一方には金城と行動を共にした者達で固まっている。それが何を意味するのか直ぐに理解することが出来た。

 鴨田の中で優先順位が高い位置にいるのは鴨田自身といずれ部下になる者達だ。それ以外は囮、もしくは彼らを守る盾。ここまで連れてきたのだっていずれ囮として使うためだけでしかない。

 身内を守る行為を北條は責めない。

 鴨田もよく考えて犠牲にする者達を選んだのだろう。だが、目の前で囮にされて、死んでいく光景を見せられるのを北條は見逃すことが出来なかった。


「でも——」


 囮を助けるのにはかなりの危険を伴う。そこにミズキを連れて行くことに北條は抵抗を感じていた。

 出来るのならば、指揮を執る鴨田の傍にいた方が良い。そう思っていたが、簡単にミズキは首を横に振ることはない。

 だから、戸惑う。戸惑ってしまう。

 このまま一緒に連れて行ってしまったら、また守れなくなるのではないのかと——。


「前‼」


 動きが鈍くなった北條目掛けてスライムが触手を飛ばしてくる。ミズキの声によってギリギリの所で身を捩り、回避する。


「不味いッ」


 思わず次の行動を考えずに回避したせいで、壁から離れ、身動きの取れない空中へと身を投げてしまう。

 既に別のスライムが北條へと狙いを定め、触手を飛ばしてくる。回避困難な状況。そんな北條を助けたのは1発の銃弾だった。


 触手を撃ち落したと言うよりも、触手がどんなものでも絡め取れば一度は本体に戻ることを利用し、銃弾を身代わりにした回避。

 足場に着地した北條は思わず、自身を助けた人物に目を向ける。


 金城神谷。他者と歩み寄ることを止めた男。

 伸びて来る触手を拳銃1つで捌き、注意を完全に引き付けている。

 あの最中にこちらのピンチを察知し、援護してきたのかと北條は驚く。

 金城はチラリと北條を見て口を開く。礼でも催促するのか。そう思った北條だが、出てきた言葉は全く違った。


「集中力が足りん。背中にいる女を餌にする方法が思いつかないならこっちに寄越せ。有意義に使ってやる」

「な——誰が渡すか‼」


 ギロリと睨み付けると金城は何も言わずにスライムとの戦闘に戻るが、視線だけはこちらを向いていた。

 隙があれば、その女は俺が使うとでも言いたげな視線に北條は怒りが込み上げてくる。渡すものかと意識を込めてミズキを背負い直す。


「…………優しくするより厳しくする方が効果があるのか?」

「そろそろ行くぞ。掴まってろよ‼」

「えぇい。仕方ない。サポートしてやるから感謝しなさい‼」


 再び、戦闘衣の性能を利用し、飛び上がり一気にスライムへと近づく北條。いつの間にか迷いは消えていた。

 壁に取り付いているスライム。そして、囮になっている者達を助けるために、一気に距離を詰める。

 壁に張り付いているスライムの間をすり抜け、囮にされた者達へ襲い掛かるスライムへと強化された身体能力で引き千切った手摺の一部を投げつける。


 触れればどうなるのか分からない。そのため、殴るや蹴るなどの格闘戦は行うことは出来ない。

 投げつけるものは手摺やら壁のタイルを引き剥がさなければならない。バッテリーの残量が少なくなっている現状では、その手段が取れるのも時間の問題だった。


「(バッテリーを取り換えようにもそんなことしていたらあの人達がやられる。何か、一気にスライムを倒す方法を考えなきゃ)」

「いちいち剥がしてたら時間が掛かる。これを使って‼」


 どうするべきか考えようとした所でミズキが背中越しに1つの瓶を手渡す。

 ミズキが手渡したのは科学の実験で研究者が使うようなフラスコ瓶だ。その中には透明の液体がボコボコと沸騰しており、怪しげな煙を上げていた。


「おいこれって」

「早く投げて。巻き込まないようにね‼」


 その言葉を受けて北條はミズキへの問いかけを中止し、思いきり瓶をフルスイングでスライムへと投げつける。

 スライムの足元へと向かった瓶は地面に落ちる前に爆発し、囮に襲い掛かろうとしていたスライムを怯ませる。

 その効果に北條は目を見開いた。


「あんな爆発力。一体何調合したんだ。しかも人の背中で⁉」

「大丈夫よ。背中には溢してないわ。それよりも次‼」


 次々に瓶を手渡してくるミズキ。全てが沸騰し、怪しげな煙を上げている。

 それを投げようとして気付く。確かに即席で作ったにしてはまだ威力のある方だ。だが、スライムが1匹怯んだだけ。

 手持ちにある薬品だけで、全てのスライムを足止めできるのか。そう考えて、北條は視線を天井へと向けた。


「ちょっと何やってるの⁉」


 ミズキの声を無視し、北條は天井に向けて手渡された瓶を全て放り投げる。重力に逆らい、放り投げられた瓶は天井へと到達する前に起爆する。

 北條の狙いは、落ちて来る鉄骨や瓦礫などをスライムに吞み込ませること。触手を伸ばした時、スライムはどんなものでも手繰り寄せ、吞み込んで来た。ならばと——こちらから、獲物をあたえてやれば、時間を稼げるのではないかと考えたのだ。

 崩落させるつもりなどない。精々一部分が落ちてきたら御の字。

 1発では無理で2発、3発と続けば十分な量が降って来るには十分だった。


 悲鳴が響く。囮になっていた者達の声だ。

 怖がらせてしまったことを胸の内で謝りながら北條も駆け出す。予想以上の瓦礫の量が降り注ぎ、スライム達の上に降り注ぐ。

 触手を伸ばさずともありつける獲物にスライム達の足は一時的に止まる。そのおかげもあって、囮の者達はエレベーターの元へと上手く辿り着いた。

 先に辿り着いていた鴨田達が彼らを向かい入れ、金城も合流し、残りは北條とミズキのみ。


 天井を崩したことによって瓦礫やパイプ。切れたケーブルが火花を散らして落ちて来る。その中を北條はミズキを抱えて走った。

 瓦礫が落ちて来るのを収まるのを待つ時間はなかった。遅ければ置いていく。そう表情で物語った鴨田を見たからだ。

 残り少なくなったバッテリーのせいで重くなった戦闘衣。足が思ったように前にいかず。ミズキを庇って瓦礫が体に当たる。


「————ッ」


 足が縺れ、地面に転がる。

 直ぐに立ち上がろうとするが、既にバッテリーが切れたのか戦闘衣は重く、降りかかって来た瓦礫が頭部に命中し、再び地面に伏してしまう。


「ミズキ、先に行け」


 このままでは間に合わない。そう考えて、ミズキだけでもと先に行かせようとする。だが、返って来たのは不服そうな表情だった。


「全く。こんな状況でも助けを求めない何て……アナタって本当にアタシのことを遠ざけるつもりなんだ。そんなに頼りなく見えるの?」

「え——?」

「忘れてない? 予備バッテリーのこと」


 付け替える暇もなく、守ることばかりを考えていた北條はすっかり予備バッテリーのことを忘れていた。

 カチリ、と音がして戦闘衣が息を吹き返す。ただし、それは北條のではなく、ミズキの戦闘衣だ。

 今度はミズキが北條を背負い、駆け抜ける。障害物などなく、真っ直ぐ駆け抜けるだけならミズキでも簡単だった。

 エレベーターに飛び込み、一息を付いたミズキは北條を睨み付ける。


「戦いの中じゃアナタに劣るかもしれない。でも、アタシには知識がある。機械にも武器にも詳しいし、金城達を助ける時も、薬品を作った時もアナタの役に立ったつもりだけど。違う?」

「い、いや」


 真正面から睨み付けられ、北條は尻込みをしてしまう。


「アナタの取れる選択肢を増やすことは出来る。だから頼りなさい。分かった?」


 拒否は許さない。そう言わんばかりに圧のある笑顔を向けて来るミズキ。力でどちらか強いかなど語るまでもない。しかし、北條には反論が出来なかった。


 ミズキの気迫に押されたのではない。

 何度も離れるように促した。力の無さすら説明した。それでも手を握り返してくるミズキの力強さを感じ、じんわりと熱い思いが胸の中に広がり、何も言えなくなった。

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