第55話一撃貰えば勝利
「ダラッッッッッッッッシャアアァアアアァアア!!!!!!!!」
ラクシャサ目掛けて拳を振りかぶる。
吸血鬼相手に近接戦。馬鹿げた話だ。
北條自身も作戦を耳にした瞬間に『馬鹿なの?殺す気なの?』と問いかけたぐらいだ。だが、それでもこの手が最も可能性が高いのは事実だ。
結城が傍にいる以上、爆弾で吹き飛ばすということもできない。手元にあるあるAAA突撃銃を使ったとしても銃弾を簡単に弾かれるだろう。
ならば交渉するか?——否、それは不可能だ。
交渉とは力が拮抗した場合のみ成立するもの。人間が吸血鬼の望みを叶えることなどできはしない。そもそも吸血鬼は人間を見下しているのが常だ。殺して奪った方が手っ取り早いと考えている者の方が多い。
だからこそ、ルスヴンが考えたのはシンプルなものだった。
——1発貰う覚悟で突っ込め。
「ウオォオオオオオオオオ!!」
竦みそうになる足を無理やり前に出す。視線を合わせないようにするのを忘れない。常に視線は首から下を意識する。
震える体に喝を入れる。前に行け。前に行け。自分にそう言い聞かせて全速力でラクシャサへと向かっていく。
今の北條にルスヴンの強力な異能の強化はない。ただの人間の体だ。
ラクシャサも向かって来る北條に不機嫌な表情を向け——続けて怪訝な表情へと変えた。
「(何だ? あれは?)」
吸血鬼にとって戦闘衣で身体能力を向上させた人間の動きなど脅威ではない。北條がラクシャサの元に来るまでゆっくりと考える余裕すらある。
その時間の中で、ラクシャサの視線は北條の首元へと注がれていた。
北條の首元にあったのは帯——33番の部隊の者達が身に着けていた戦闘衣を重ねて首に巻き付けていた。
それを見たラクシャサの感想はハッキリ言って馬鹿馬鹿しいの一言だった。
「(本当に人間は俺を苛つかせる。大声を上げれば何かができるとでも? たかだか布切れ1枚で俺の牙が防げるとでも思っているのか?)」
意味もなく大声を上げるな。近づくな。面倒くさい。舐めているのか。苛立つ。
不愉快の要素をたんまりと詰め込んだ北條に意識を向ける。異能の対策をされていることも苛立ちを大きくした。
結城は既にラクシャサの術中の中、ラクシャサが首から手を離した瞬間に地面に倒れ込む。
完全に意識を北條へと向け、ラクシャサは怒気を放った。
「————ッ」
ただでさえ恐怖で竦みそうになっていたのに、意識を向けられて体が硬直してしまう。。
それを無理やり塗り潰す。硬直する体を舌を噛んで覚醒させて前に出る。
北條とラクシャサの距離は遂に互いの射程範囲に入った。
固く握り締めた拳をラクシャサへと叩き込む。戦闘衣の身体強化を存分に発揮し、北條自身でも驚くほどに培ってきた戦闘技術で鋭くなった一撃。
だが、その程度では届かない。吸血鬼の前では現在の人間の技術では太刀打ちできない。太刀打ちするならば異端の技術が必要だ。
北條が繰り出した一撃はあっさりとラクシャサに受け止められる。
北條の顔面を狙った全力の一撃は掌で受け止められ、逃げる間もなく拳を掴まれる。
「こんのッ」
拳を引こうとするがビクともしない。まるで縫い付けられたようにそこから離れない。
必死の形相をする北條に対してラクシャサは冷めた態度だった。
「何の策もなく、何の力もない人間。この俺の邪魔をするだけにここへ来るとは…………愚かすぎる」
「そうかよッ!!」
引くことは出来ない。ならば押すまで。
ラクシャサを無視して北條は蹴りを繰り出す。しかし、それに反応できないラクシャサではない。
北條の繰り出した蹴りが当たる直前にラクシャサの指が突き刺さる。戦闘衣など紙切れ同然のようにあっさりと指が北條の肉へと到達し、骨を砕いた。
絶叫を上げる北條にラクシャサは容赦しなかった。
「分かったか。これが俺達の差だ。お前達がどれだけ身を固めようと、我らの肉体が勝っている。異能が勝っている。お前達では踏み入れぬ領域に俺達はいる」
掌に力を込めて拳を砕く。
痛みで顔を歪める北條の胸倉を掴み、勢いよく引き寄せる。
「俺達の存在は頂上。現象と同じだ。台風の前に人間は何が出来た? 津波の前に何が出来た? 俺達を殺すと言うことは森羅万象を殺すと同義。お前達が作り出す
そして、煩わしい装備など意味はないと証明するかのように北條の首に牙を立てた。
牙は容易く北條の肉へと達した。
————ニヤリと女王が笑みを浮かべた。
「————ッ!?」
ラクシャサは直ぐに自分の体の異変に気付く。
動かない。それどころか力が抜けている。自分の血肉が流れていることに驚愕する。
「(何だ。何が起こっている!?)」
訳も分からない状況から脱するために牙を抜いて距離を取ろうとする。——が、引き抜けない。力で勝っているはずなのに、渾身の力を込めて突き飛ばそうとするがビクともしない。
まるで自分の力と相手の力が入れ替わったかのように。
「狼狽えておるなぁ」
牙を突き立て、喋ることもできなくなったラクシャサの耳に北條の声が届いた。
耳元で囁かれた声は間違いなく北條のもの。だが、口調だけは違っていた。
「確かに我らは森羅万象の具現と言っても良い存在。人の生み出す科学では到達できぬ領域にあるもの————しかし、しかしだ。それは最高位たる余を差し置いて、お主程度が名乗るなど腹立たしいにも程があるぞ。ラクシャサ」
「————!?」
名乗ってもいないはずなのに自分の名を口にした。
人間風情が生意気な。といつもならば怒る所だ。だが、今は得体のしれない不気味な何かと相対している気分にラクシャサは陥っていた。
「それにしてもお前は本当に間抜けよな。この程度の簡単な誘いに引っ掛かるとは」
北條——と入れ替わったルスヴンが失笑する。
相手がルスヴンとも分からず、誘いがどういう意味なのかも分からずにラクシャサは離れようと藻掻く。
ルスヴンが口にした誘いというのは首元に巻いていた戦闘衣のことだ。
防弾としての性能もあることは吸血鬼も知っている。なんせ何度も戦闘衣を身に着けたレジスタンスと戦いを繰り広げているのだ。
性能も、
そんなものを人間が身に着けているのは少しでも死期を伸ばすためなのだろう。とラクシャサは考えていた。面倒くさく、意地悪く、物覚えの悪い馬鹿のすることだと思っていた。
だからこそ、その時点でルスヴンの策に嵌っていたことに気が付かなかった。
ルスヴンは北條に作戦の詳細は伝えていない。
ただ、戦闘衣を首に巻いて突撃しろ。後は任せろと端的に告げただけだ。
首に戦闘衣を巻いた理由は牙から守るためではない。ラクシャサの攻撃手段を限定するためのもの。
ラクシャサは人間を見下している。北條の首元を守るという行動はその自尊心を大きく煽った。自分より劣る相手がその程度の装備で牙から逃れられると思っている。ラクシャサは北條の行動をそう受け取ったのだ。
ルスヴンはその考えを読んでいた。更にその先——劣っている相手が向かってくることに苛立ち、その装備が意味のないものだと証明することで絶望を味わわせるだろうとも。
そして読み通り、ラクシャサは戦闘衣の上から牙を突き立てた。
薙ぎ払う。突き飛ばす。殴り殺す。瓦礫の投擲。北條の内部に接触しない殺害手段を取らせないために行った意識の誘導は成功した。
「宿主(マスター)がお主の肉体に傷を付ければ簡単だったのだが、流石に余の宿主にそこまでの実力はないからな」
打撃によって北條が殺される訳にはいかなかった。何としても北條の血肉に触れさせる必要があった。
当然、牙ではなく素手で北條の首を斬り落とすことも考えられていたのだが、ルスヴンにとっては問題ない。
ようは北條の体の内部に相手の体の一部が入れば良いのだ。そこから先は綱引きである。
「さて、そろそろ貴様を平らげるか」
徐に告げて腕をラクシャサに突き刺す。
牙と腕。1つでも手に負えなかったのに綱引きをする箇所が2つに増えたことでラクシャサが更に劣勢に立たされる。
藻掻く、藻掻く。何が起こっているかも分からずに生きようと藻掻く。
牙を抜こうとするが頭を抑えられて動かない。腕を切り飛ばそうとするが切傷1つ負わせられない。
「(何なのだ。お前は一体何なのだッ!?)」
急激に人が強くなるなどありえない。自分がミスをしたとも思えない。
当然だろう。ラクシャサは間違ってはいない。間違った行動を取ってはいない。全て当然のことだ。
人間は脆く、装備をしていてもその脆さに変わりはない。
怪我を簡単に治すこともできず、痛みに捉われ動けなくなる。だから殺す手段を間違ってはいないのだ。
ただ、殺す相手がジョーカーを持っていた。それだけである。
ラクシャサの疑問が解決されることはなかった。
容赦なくルスヴンは血の一滴も残さずに吸い上げ、自分の力へと変えていく。最後に残ったのは干上がった木乃伊。
ルスヴンは開けられた穴にそれを投げ捨てた。
味は最悪だ。だが、力が蓄えられたルスヴンは上機嫌になりながら穴の底に向けて手を合わす。
「ご馳走様でした♡」
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