第49話生き残った部隊

 1層の迷路を超え、2層へと足を踏み入れた北條達。2層は1層と同じような空間が広がっていた。違う所があるとすれば、2層では所々に檻が存在している所だろう。

 人間ではなくなった者が入っている檻を通り過ぎ、更に北條達は先へと進む。

 1層では先に突入していた部隊が吸血鬼の殆どを片付けていたため、楽に突破することは出来た。だが、2層からはそう上手くは行かない。

 北條達は、今それを身をもって体験していた。


「次来るぞ!! 左から6、後ろから2!!」


 迫ってくるのは下級の吸血鬼。

 1層の静かさが嘘だったかのように次から次へと2層に足を踏み入れた瞬間に襲って来る敵に応戦する。


「私が左をやる!! 後ろをやれ!!」

「——ッ分かった!!」


 左から迫る吸血鬼の数が多く北條では対処に時間が掛かると判断した結城が立ち位置を指示を飛ばす。

 素早く2人の位置が入れ替わり、北條は引き金を引き、結城は買ったばかりの投擲用ナイフを異能で飛ばす。

 銃弾が顔から突っ込んでくる吸血鬼の顔面を吹き飛ばし、刃が縦横無尽に宙を飛んで吸血鬼を細切れにする。


「おい、そんなことをしても——」

「大丈夫よ。あれも対吸血鬼用装備だから」


 意味がない。加賀がそう続けようとするが、結城は焦った様子を見せない。

 投擲武器で殺せるはずがないと思っていた加賀は怪訝な顔をするが、吸血鬼が活動を停止した所を目にして驚いた表情を作る。


「え、嘘だろ!?」

「本当——よ!!」


 そのまま投擲武器を異能で操り、跳躍して襲い掛かって来た2匹を細切れにして臓物の雨を降らす。

 その光景を見て北條も目を丸くした。


「それッ——一体どうやってるんだ!? 異能か!?」

「違う。対吸血鬼用装備って言ったでしょ」


 次々来る吸血鬼を倒しながら前に進む。

 軽口を言い合っているのはまだ2人に余裕がある証拠。

 投擲武器を乱回転させて10匹を纏めて微塵切りにしてから結城が答える。


「熱で刃を熱してるのよ。大体1000度ぐらいまでね。細胞を焼いて潰して再生を防いでるの」

「なるほど。そんな武器もあるんだな。ちなみに値段は?」

「1つ50万バルカン」

「なるほど。こっちを買った方がいいな!!」


 装備の値段を聞いた北條が自分には扱うのは無理だと判断する。

 刃を熱するのにヒーターも取り付けられており、通常の投擲武器より厚くなった対吸血鬼用の投擲武器。重量もそれなりにあるだろう。というかそもそも誰が何の目的で作り始めたのだろうか。あんなもの投げるのならば銃撃った方がかなり効率が良いように思ってしまう。

 北條の考えを察した結城が顔だけ振り返る。


「銃器の類はあんまり得意じゃないのよ」

「そ、そうだったな。うん、人にはそれぞれ戦い方があるよな」


 睨みつけられていると思った北條が苦笑いを浮かべる。結城が視線を戻すとほっと息を付く。

 微妙な空気を漂わせる2人に向けて加賀が忠告する。


「御2人さん。別に雑談を交わすのは良いんだけどさ。どこに目があるか分からない以上、自分の武器の性能は喋らない方が良いんじゃないの?」

「え、あ——」

「別にいいわよ」


 加賀の忠告に北條がしまったと焦りを強くするが、結城は構わないと肩を竦める。


「おいおい、良いのかよ。もしかしたら隠された第2第3の性能が」

「ある訳ないだろう。馬鹿め」


 加賀の言葉を切り捨てる。

 結城の首筋に喰らい付かんと後ろから迫った吸血鬼の脳幹を北條が狙撃する。


「良いのか? いや、尋ねた俺が言うのもなんだけどさ」

「あぁ、元々これは体力を温存するために買ったものだから」


 投擲武器を手元に引き寄せ、クルリと回転させる。

 それに——と続けて。


「私の本来の戦い方は物体じゃなくて対象そのものにかけるからな」

「(……あぁ、あのエグイ戦い方か)」

「(相変わらずエグイ。いや、返り血に浴びるサイコパス妹系と考えれば…………アリ、か!?)」


 北條と無人機ドローンを操作する地獄壺の外にいる加賀も結城の戦い方を思い出す。

 押し潰し、捻り斬り、引き裂く。言葉だけ聞けば巨大な大男の戦い方だ。それが160程度の少女の戦い方とは一体誰が思うか。

 北條達も見なければ信じていなかっただろう。


「だから別に気にしなくて良い」


 北條達が本来の戦い方に戦々恐々していることなど露にも思わず、淡々と告げる。

 何でもないように告げる結城をカメラ越しに見て苦笑いを浮かべる加賀だが、次に映った映像を見て表情を引き締めた。


「前から大量に来てるから直ぐに逃げろ!!」

「——確認した。移動するわよ!!」


 齎された情報に2人が素早く反応する。

 ルスヴンによって加賀よりも早く接近に気付いていた北條は壁に罠(ワイヤー)を仕掛けて走り出す。

 情報識別機で後方を確認すると顔を顰める。映ったのは夥しい程の吸血鬼の群れ。あの通路で起きた吸血鬼の波とまではいかないが、立ち向かおうと思う気が失せるのには十分な数だ。


 足を引っ掛けるような高さに取り付けたワイヤーに吸血鬼が引っ掛かり、前衛が転ぶ。その前衛に釣られて後続も足を取られて肉団子のようにもみくちゃに転がっていく。

 ほんの少しではあるが、距離は開けたことを確認すると視線を前へと戻して走ることに全力を費やした。


「クソッ!! せっかく進んでたのにッ」

「切り替えて。まだ別のルートがある」


 敵に襲われながらでも前へと進んでいたのに引き返すことになってしまったことを悔しく思う北條。結城が引き摺らないように指示を飛ばした。

 そんな2人の頭上を無人機が通り過ぎていく。


「先行する。ついて来い」


 音の反響の物体感知で別ルートを割り出した加賀が北條達を誘導する。

 また大量の吸血鬼に追いかけられることになった北條は内心でやけくそになって叫ぶ。


「(あんなのに2回も追いかけられるって俺達運がないのか!?)」

『2度あることは3度あると言われるからな。もしかしたら3度目もあるかもしれんぞ?』

「(最悪だ!!)」


 後ろから肉が潰れる音と歯が軋ませる音が大量に響いてくることはもう体験したくなかったというのに、3度目があるかもしれないと言われて本気で嫌がる。

 それでも状況が好転することはない。むしろ悪化した。


「おいおいマジか。右からも来てるぞ!!」

「加速するぞ!! ついて来い!!」

「分かった!!」


 北條達よりも早く先に進んでいる無人機を操作する加賀が音の反響による物体感知で捉えた情報を伝える。

 戦闘衣バトルスーツによる身体強化で北條と結城は更に速度を上げる。

 1層の部屋に入る前の通路とは違い、今は戦闘衣を身に着けていることが幸いだった。間一髪、挟み撃ちにされる前に2人は右から来る吸血鬼の前に飛び出す。

 後ろで吸血鬼同士がぶつかり合う。目の前の得物しか視界に無い彼らに仲間意識はない。

 速度を緩めずにいたおかげで後ろから来る吸血鬼と右から来る吸血鬼が衝突し、道を塞ぎ、距離を稼ぐ時間を作った。


「今の内に!!」

「あぁ!!」

「左だ。左に曲がって2つ目の角を左!!」


 既に音の出力は最大にしてある。

 この2層に入ってから引っ切り無しに敵が襲ってきている。更には軍勢まで現れた。あれとバッティングすることこそが最悪と考え、感知範囲を最大にして2人を誘導する。


「うげぇっ——急げ急げ、また別の所からさっきみたいに大量の吸血鬼が来てるぞ」

「な、大丈夫なのか道は!?」

「安心しろ。まだ道はある」


 感知範囲を最大にしたことで再び通路全体を埋め尽くす塊を感知する。

 それに2人が遭遇しないように道を選択し、敵の動きを予想、無人機を操作する。


「くっそ忙しいんですけど!? 何なの。俺援護だけだと思って楽かな~と思ってたのに超損してる気分!!」

「おいテメェコラ」


 頭、目、指を忙しく動かして叫ぶ加賀に結城ドスの利いた声を出した。

 横で聞いていた北條が思わず声を引き攣らせる程それは凶悪なものだった。


「すんませんでしたァ—―ん?」

「どうした。何かあったか?」


 怪訝な声を出した加賀に北條が問いかける。だが、追いかけて来る吸血鬼に遭遇させないようにすることで精一杯だった加賀には映った地面の割れ目まで気を向けることが出来なかった。

 その瞬間、地面が割れる。

 地に足を付けて走っていた北條は突如として足場が無くなったことに対応する術がなかった。

 眼下にあるのは1層の迷路。そして、一定の高さ以上の動く物体を撃ち落すために用意された銃口があった。

 足場を無くし、宙に投げ出されたのは北條達だけではない。

 北條達を追っていた吸血鬼もまた落ちている。北條達が走っていた


「ジッとして」

「!!——ッ」


 北條には空中で動くこともゲームで言う2段階ジャンプもできはしない。このまま真っ逆さまに落ちて蜂の巣にされるだけだ。

 だが、隣にいた結城がそれを救った。

 念力サイキックで北條の体と自分の体を浮かせ、床が閉まる前に2層へと戻る。

 北條達とは違い、自力で飛ぶ術も手を貸してくれる存在もいない下級の吸血鬼は真っ逆さまに落ちて行き、機関銃の格好の的となっている。


「危なかった。まさか、床が開閉式になってるなんて。助かったよ」

「えぇ、早くここから移動するわよ」

「頼む」


 吸血鬼が追いかけてきた通路とは真逆の方向へ行くと床に割れ目がないことを確認して足を付ける。

 未だに床は元には戻らない。そのおかげで追いかけて来る吸血鬼は下へと落ち続けていた。


「今の内に行こう」

「同感よ」


 今は自分達に有利に働いてくれているが、いつ元に戻るか分からない。下に落ちた吸血鬼もいつ上に戻って来るか分からない以上、数が減っている内に早く先に進むことは重要だった。

 吸血鬼が減ったことにより、襲撃の頻度は激減する。

 音による感知でも先程のような大群は捉えられず、加賀も安心して北條達を先導していく。

 襲撃が少なくなれば、余裕が生まれ、余裕が生まれれば、自然と会話が多くなる。それは当然のことだった。


「部隊を同士討ちにさせた奴ってここにいると思うか?」


 最も気になる疑問を口にしたのは加賀だ。

 北條達が2層に踏み入ってしばらく時間が経ったはずなのに姿を現す気配はない。

 懸念していることだけに結城もその問いを無視できなかった。


「いないって思いたいわね。私達が知っているのは人を操る力があることだけ。部隊の生き残りがいればどんな奴か情報が入るんだけど」

「生き残ってる奴がいると思ってる?」

「2つの部隊が壊滅したのは事実。だけど、まだ7番の部隊が残ってる」


 少なくともまだ壊滅したという情報はない。ならば生きていると考えておく。だが、当てにする訳ではない。あった方が攻略は楽になる。といった程度に考えは留めておく。

 そして、最悪の場合は、と結城は続ける。


「全員死んでいたら私が戦う。北條は手を出さないで」

「正気か? 安満地の時は死にかけてただろ」


 異能を持つようになる吸血鬼は決まって上位の吸血鬼。中級の中でも更に強いものが持っている。

 中級であっても異能を持っていなかった安満地に敗北した結城が1人で戦うことはどう考えても無謀だった。

 しかし、それでも結城は北條達の援護を断った。


「悪いけど足手纏いよ。人を操る異能を持っているなら私達でも同士討ちをしてしまう可能性がある。なら、1人を残して時間稼ぎをした方が良い」

「それなら俺が——」

「ダメ」


 時間稼ぎとして名乗りを上げる北條だが、結城にバッサリと切り捨てられる。

 北條が抗議をしようするが、その前に結城に言葉によって遮られる。


「人を操る異能は魔眼による可能性が高い。いえ、ほぼ確実って言っていい。人の目を見ずに戦える? 動きを読める? それが出来ないのなら時間稼ぎにもならないわよ」


 北條が言葉を詰まらせる。

 できる、と口にするのは簡単だ。ルスヴンのサポートがあれは十分戦えるだろう。しかし、その根拠を説明することは出来ない。

 どうすれば良いか考える北條を見て諦めたと勘違いした結城はそこで話を打ち切った。

 北條が説得を企みようとするが。それはルスヴンによって止められる。


「(ルスヴン……)」

『そんな顔をするな宿主マスター。そもそも中級だぞ? ストックのない状況で戦う相手ではない。どうしても納得できないのならば、生き残る可能性がある者を残すならば誰かを考えてみろ』


 そう言われてしまったら北條は何も言い返すことは出来ない。

 この中で強いのは誰だ。結城だ。

 口ぶりからして人を操る異能の力に詳しいようだし、対処法も心得ているのだろう。無人機で中級の相手が務まるとは思えない。

 よって総合的な評価をすると結城が一番生き残る可能性が高いと判明する。

 結城に向けようとしていた言葉を飲み込み、腹の奥にしまい込む。北條にできるのは無事を祈ることだけだ。

 特に気にしていないと緩んだ声を出していたルスヴンだが、次の瞬間には引き締まった声を出す。


『宿主。急げ、生き残りが襲われている』


 それから遅れて間の抜けた声が無線から響く。


「おっと、生き残り発見。でも、何だか状況が変だな。配置的に襲われてるっぽいぞ。急げ2人共」


 驚いた表情を浮かべ、合流を急ぐ。

 暫く無人機の先導に従って迷路の中を走ると耳に届いたのは銃撃の音。戦闘をしているのは間違いなかった。

 そして、目を見開く。

 一方は盾を掲げ、銃弾を防ぎ、もう一方は迷路の壁の上に立ち、一方的に銃撃をしている。その光景は見たことがあった。1層で男に渡された情報の中にあった33番の部隊が12番の部隊を襲撃する映像。

 どちらが敵かを判断した2人は即座に動き出した。

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