第47話ツンデレ

 小さな無人機ドローンが迷路の中を音も立てずに飛行していく。そして、敵の姿を見つけると後ろにいる2人に連絡を送る。


「——次の角に吸血鬼がうろついてる。1体だ」

「データを送ってくれ。狙撃位置に移動する。変化があれば連絡を」

「了解」


 無人機を操作しているのは加賀。その連絡を受けたのは北條だ。

 無線でやり取りを行い、無人機から送信されたルートを辿り、発見した吸血鬼を視界に納める。

 吸血鬼の分類は下級。射程は十分。まだ気付かれていない。この状況ならば外すことはない。

 AAA突撃銃を構え、引き金を引く。

 銃弾は吸血鬼の頭を捉え、脳漿を飛び散らせる。使用したのは対吸血鬼用の銃弾。再生能力を阻害する機能によって傷を癒すことができなくなった吸血鬼はそのまま絶命した。


「片付けた」


 吸血鬼を倒したことに喜びも安堵も見せず、無線で連絡を取った後、周囲の警戒を行う。

 先程の射撃、北條はサプレッサーを付けていなかった。

 周囲には派手に発射音が響き渡り、敵がいることを知らしめたに違いない。なのに、敵が殺到する気配はなかった。


「これで3度目。なぁ、これってやっぱり泳がされてる、よな?」

「そうでしょうね」


 うすうす感づいていたことを横にいた結城に肯定されて確信が強まる。

 そう、3度目だ。先程見張りに立たされていた下級の吸血鬼をもう3度も倒している。


「もっと上から見れば全体のことが分かるんだけどな」

「仕方ないだろ。壁にあんなものが取り付けられてたら無人機も高く飛べやしない」


 溜息をつく加賀を北條は励ます。

 あんなもの、というのは壁に取り付けられた機関銃だ。壁の上を歩いて突破させないようにするためだろう。

 一定の間隔で配置され、近づくと全方位から蜂の巣にされること間違いなしだ。

 初めは無人機で上から案内をして貰おうと考えたのだが、近づいた瞬間に銃口が動き出したのを見て慌てて高度を下げたのだ。それ以降、上から迷路を見渡すことは諦めている。


「まぁ、それでも迷路の状況を把握する術はあるけどな」


 自慢気に加賀が胸を逸らす。尤も無線ではその様子を見ることは出来ないので2人が反応することはなかったが。

 上空で無人機が迷路を把握することは出来なくなった。

 だが、それで無人機の出番が終わった訳ではない。元より潜入専用に改造された無人機。視界のない場所でも動けるように音の反響による物体感知を可能としているのだ。

 それにしても、と画面に映る迷宮を見て呆れた態度を取る。


「はぁ、何でこんなRPGみたいなことをしてるのかね」

「奴らが楽しんでるんじゃないのか? 多分この部屋に入る前から見てたと思うんだけど」


 下級の吸血鬼の波に追いかけられていた時を思い出す。出口を俄然にして閉まり出した扉。誰かが見ていなければ操作あんなに都合が悪くなるはずがない。

 そして、何より北條達が進んでいるこの迷路。まるで誰かを楽しませるためにあるように思えてしまう。

 北條の言葉に結城が同意する。


「確かに、そうね。でも監視カメラはなかったと思ってる。そっちは?」

「俺もなかった……と思う。上を向いてる暇なんて殆どなかったから断言はできないけど」

「そう」


 対して期待はしていなかった結城はそれだけ言って歩き出す。

 今、自分達は相手の掌の上にいる。

 本当ならば相手の思惑の外で行動したかった。捕まったと思わせ、密かに脱獄し、隠れながら上に進む。そのつもりだった。

 だが、その認識は甘かったと言わざる負えない。

 吸血鬼は囚人を収容するつもりもなかった。

 壺の中に人を詰め込み、後はほったらかし。あの運転手の言っていた通り、ゲームに参加させるためだろう。


「あの人は餌かッ」


 レジスタンスが情報を手に入れたのではなく、吸血鬼達が情報を出回らせた可能性が高い。異能持ちが特別なことは吸血鬼だって知っているはず。異能持ちが危機に陥る度に犠牲を払って救ってきたのだ。誰もが知っているだろう。

 今回のことも捉えた人物が異能持ちだと分かって仕掛けて来たに違いない。でなければゲーム何てするはずがないのだ。

 思わず舌を打ち、言葉を漏らす。

 それは後ろを進む北條の耳にも届いた。


「(荒れてるなぁ)」

『うっとおしい小娘だ。さっきから苛々しおって』


 珍しく何もしていないのに起こっている結城。先程言葉に出てきたあの人。それが関係していることは間違いない。親しい間柄なのかと予想する北條を余所にルスヴンは結城に対して不機嫌を隠そうとしなかった。

 結城がルスヴンを認識できなくて良かったと胸を撫で下ろし、結城の横に並ぶ。そして、苛立つ結城を宥めようと口を開いた。


「そんなに苛々するなよ。何かあったらどうするんだ」

「分かってる」

「それに少し早く歩きすぎだ。もう少しペースを落とそう」

「分かってるッ」


 正しいことを北條は言っている。それは結城も理解している。罠がいつあるか分からない。だから、周囲を警戒するのも分かる。体力を十分に残しておくためにペースを落とす必要がある。それも分かる。

 だが、焦りがあった。自分達は相手の掌の上、敷かれたレールの上を走っている感覚があった。

 相手が飽きれば直ぐに命を刈り取られる。そんな予感がするのだ。

 そうさせないためにも相手の予想から外れる必要がある。でも、何処から何処までが予想の範囲内だ。そんな妄想に取り付かれる。

 焦りから思考は狭まり、答えが出ず、答えが出ないことに更に焦る。悪循環だ。

 倒すだけならば、自分の命を懸けるだけならばここまで焦らない。恩人の、憧憬の命が掛かっているからこそ結城はこれまでとは比べ物にならない程に焦っていた。


 分かっていると言ったものの焦りから再び進行速度が速まる結城。焦っている時に限り、人は無意識にも前に進みたがるもの。北條が説得を企みても結城には届かない。

 だがそれは、北條が無意識に落とした爆弾によって吹き飛ぶことになる。


「好きな相手が捕まって焦るのは分かるけど、死んだら感動の再開もできないぞ?」

「ブホッ——ッ!?」


 北條の言葉に思わず結城が噴き出した。

 無線先からは加賀の笑いを耐える声が僅かに聞こえた。


「な、ななななななななにを言っている!!」


 振り返った結城の顔は真っ赤に茹で上がっている。

 こんな表情もできるのか、と意外に思いながら北條は口を開く。


「隠すようなことか? 仕事でもないのに飛び出して、ここまで潜入してきてるんだ。もう答えは言ってるようなものだろ?」

「な————!!?」


 結城の顔が更に真っ赤になる。本人に鏡を見せてやれば更に面白いことになるだろう。ここに加賀も呼べば——とそこまで考えて否定する。もし、加賀を呼べば揶揄い過ぎて結城の怒りを買うことになるだろう。と自分のやり取りを揶揄いと捉えずに北條は続ける。


「お前が焦ってるのは見れば分かるし、名前聞いた時も男だなって予感はしたからな。早く助けたいってのは理解できる」

「な、なば——」

「おい、大丈夫か? さっきからずっと同じことを言ってるぞ。もしかして自覚がなかったとか?」


 あれだけ態度に出しておいてそれはないだろと思いながらも北條は問いかける。北條に悪意はない。揶揄っているつもりはこれっぽっちもない。純粋に疑問に思ったことを口にしているだけだ。

 しかし、結城からして見れば北條の行動は揶揄うことよりも質が悪かった。


「こんな場所でなんてことを言うんだこのアホォ!!!!?」

「イッテェ!!!!?」


 右のハイキックが北條に放たれる。

 綺麗な弧を描き、遠心力によって威力を増した蹴りは北條の頬を捉えた。

 暴力が返って来るとは思わなかった北條は防御姿勢もないままもろに喰らい、2回転しながら吹っ飛んでいく。


「な、なにを言ってるんだ!? 確かにあの人は良い人だけど、私は憧れてるだけでそういう関係ではない!! 失礼だぞ!!」

「お、おう……」


 あまりの剣幕に蹴られたことへの文句も忘れ、首を縦に振るしかない。

 頬を抑える北條の無線に声が響く。繋げたのは加賀だ。


「クックック。分かったか北條。これが余の男共の心を擽るツンデレだ」

「…………そうか」


 動揺しまくっている結城。面白がる加賀。

 揶揄ったという認識がなかった北條は一言呟くのがやっとだった。


『青春してるな。お主達……』


 北條達のやり取りを見ていたルスヴンが呆れて呟く。

 周囲の索敵をしているのは自分であるため、万が一の襲撃も見逃すことはない。だが、敵地でこんな騒ぎを起こすのはどうなのか。

 後でこの分は財布から払って貰おう。等と北條の財布の中身を更に薄くすることを決意した。

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