第46話秘密は誰にだってある

 目の前の人物を目にして様々な疑問が浮かび上がる。

 一体どうやってここに来たのか。これは敵の罠か。それとも自分達は本当は吸血鬼に飲み込まれ、死に際に都合の良い夢でも見ているのだろうか。

 答えの出ない疑問を晴らすために北條は相棒を頼る。


「(ルスヴン。目の前のコイツって……本物か?)」

『本物か偽物かで答えるのならば、偽物だな』


 ルスヴンの言葉に北條が警戒を強める。結城も元々この場所に来られるはずがないと考えていたことから戦闘態勢に入っていた。

 それを見て慌てたのは加賀だ。今にも襲い掛かって来そうな2人を見て慌てて止めに入る。


「待て待て待て待て!! 罠でも何でもないって!? お前等の装備を持ってきてやっただけだって!!」

「お前が敵じゃないかどうかは私が判断すること。外にいたはずの奴が敵地に姿を現して味方ですって言ってもそっちも信用しないでしょ」

「まぁ、確かにそうだな」


 両手を前に出して敵意がないことを伝える加賀。しかし、2人は油断なく加賀を睨み付けている。

 立場が違えば加賀も北條達を疑う。結城の言葉に納得した加賀が溜息をついた。


「それじゃあどうする? 本物だって示すために今日の朝の出来事でも語ってやろうか?」

「……いや、本物だったとしても前みたいに操られていたら、それすら信用できなくなる」

「——あぁ~。そっかぁ~」


 支部にいた出来事は本人達以外には知ることは出来ない。それで自分は本物だと示そうとするが、北條によってそれすら否定される。

 例え本物だとしても、工場の時のように加賀自身を操って近づいてくることも考えられる。油断などできるはずがない。

 北條に案を否定されて再び頭を捻り出す。

 時間を掛けるだけ北條と結城の身に降りかかる危険は大きくなる。かと言ってこれを無視して進んで良いのか。

 悩む北條にルスヴンが声を掛ける。


宿主マスター。この小僧の言っていることは信用していいぞ』

「(——え?)」


 何を言っているのか一瞬分からなくなり、呆けてしまう。

 ルスヴンは目の前にいる加賀は偽物だと口にした。なのに、今は信用していいと言っている。ルスヴンを信用しているからこそ、その矛盾に捉われる。

 空気の緩みを感じ取った結城は北條に視線を移すが、北條はそれどころではない。どういうことなのかを分からずにルスヴンに説明を求める。


「(ど、どういうことだ? さっきお前はコイツのことを偽物だって)」

『あぁ、言ったな』

「(嘘だったのか? やっぱり吸血鬼に操られてたり)」

『いや、そうではない。あの小僧は本物だ。だが、この場にはいないというだけのこと。自分の姿を機材で投影しているだけにすぎん』

「(は、え? それって)——立体映像?」


 思わず言葉が漏れる。

 小さく、空気に溶けるだけの言葉だったが、神経を尖らせていた2人はそれをしっかりと耳で拾った。

 加賀がニカッと笑う。


「お、気付いたんだな。その通り。これは立体映像。だから別にここにいるって訳じゃないんだ。ほら、アレだよ。地獄壺にも通気口はあるからな、そこからアレで侵入したんだ」


 そう言って加賀は後ろを親指で指す。加賀の映像が指し示した方向には小さな無人機ドローンがあった。

 4つのプロペラを回しているにも拘らず、音を立てずに下面に付けられたプロジェクターから光を投射して加賀の虚像を映し出している。

 恐る恐る結城が近づき、加賀に手を伸ばす。

 伸ばされた手は加賀に触れることはできずに突き抜ける。それで本当に映像だと判断すると一歩離れて加賀を睨み付けた。


「何でさっさと教えなかった」

「え~。サプライズは用意した方が良いだろ?」

「何処でそんなものを手に入れた?」

「それは秘密。俺だけの特権って奴さ」

「ふざけるな!!」


 加賀ののらりくらりとした態度に結城が激昂する。

 無人機のこと、侵入した経路。聞きたいことが山ほどできた結城は北條へと問い詰めていく。それを尻目に北條は分かりにくい発言をしたルスヴンにも非難を向けた。


「(ルスヴン、もうちょっと言い方何とかならなかったのか?)」

『何だ。別に間違ってはいないのだろう?』

「(確かにそうだけどさぁ)」


 目の前の加賀は虚像。確かに偽物だ。間違ってはいない。

 けれど、あの状況では勘違いをしてしまっても可笑しくはない。


「(せめて、加賀が来たって言ってくれても良かったじゃんか)」

『余は別に視界で物も捉えている訳ではない。人間で言うシックスセンス。第六感か。それに似たもので全体を捉えているのだ。実態ならばまだしも幻影の形まで捉えることはできん。何より余は人間の機械には詳しくはないと言っただろう』

「(ん~。いや、それは……そうだけど)」


 ルスヴンの言葉に北條が言い淀む。

 しっかりと仕事をしてくれていたのは分かった。だが、それでも誤解で時間を喰ったのは確かだ。言い方一つで省けたことでもあるが、ちゃんと仕事をしてくれていたものを責めるのは道理に合わないのではと思ってしまう。


「(いや、そんなこと今はいい)」


 だが、まだ疑うべきことは残っている。今はそんなことではないと思考を打ち切り、別のことに集中する。

 言葉足らずで疑問が増えることがないように北條は尋ねた。


「(それよりも教えてくれるか? ルスヴンは吸血鬼に操られている人間の区別ってつくのか? 区別がつくのなら今の加賀は吸血鬼に操られているかどうか判断して欲しいんだけど?)」

『傍にいるのならば分かるが、機械越しで操られているかどうかは分からんな』

「(そっか……なら)」

『だが、今の小僧は吸血鬼に操られていることはないと断言できるぞ』

「それは、どうしてだ?)」

『簡単な話だ。そこまでする理由がないからだ』


 ルスヴンが北條に説明する。

 ここは既に地獄壺の中。街の中でも危険な場所であり、攻略しない方が良いとまで言われている場所だ。

 吸血鬼の戦力もバッチリ揃っている。1つや2つの部隊を送り込んで簡単に制圧できる場所ではない。

 そして、吸血鬼は人間を下に見ており、吸血鬼同士ならば兎も角、人間相手に妙な駆け引きをすることはない。

 そんな吸血鬼が、万全に警備が揃っているこの場所で今更外の人間を操って内部にいる人間を騙すことは絶対にしない。

 手間も、時間もかかる手段は格上相手にやること。


「(でも、騙して殺される所を見たいって奴がいるんじゃないのか?)」

『いるにはいるが、こんな小さなことで殺そうとする奴はいないぞ。エンターテインメントを望むならばもっと派手にするだろうよ。例えば建物ごと破壊したり、とか』

「(そう、か…………分かった。ありがとう)」


 理解できたが納得は難しい。

 微妙な表情をして北條は頷く。そして、警戒を続ける結城を置いて加賀に話しかけた。


「加賀、ここに来たってことは装備を持って来たってことだよな。俺達の装備は何処だ?」

「アレ、もしかして俺を信じてくれるの。ありがとう!! 流石は僕のマイフレンド!!」

「はいはい。早くしてくれ」


 大袈裟に喜ぶ振りをした加賀に真面に取り合わずに装備の催促をする。

 その横では未だに警戒を続けていた結城が北條に厳しい視線を送っていた。頭を掻いて北條は先程ルスヴンから教えられたことを結城にも語る。


「確かに吸血鬼は傲慢だけど。それはあくまで可能性でしょ?」

「確かに可能性だ。だけど、ゼロになるまで疑い続けるか? どこからならオーケーだって線引きはしとかないと前には一向に進めない。今回は俺は十分安全だと判断した。お前はどうする?」


 証拠はないと告げる結城に北條は言い返す。

 現実では絶対に危険が起きる。

 疑い続ければ何処までも疑い続けるのが人間だ。ならば何処かで決断するべきか線を引いておくしかない。

 北條はルスヴンを信じている。その言葉で何度も命を救われたから。それを話す訳にはいかないので自分の考え、ということにしているが、滲み出る自信は本物だ。

 それを感じ取り、結城も決断する。


「分かった。信じることにする」

「ん~~!! ようやく信じてくれたか。良かった良かった。という訳ではいこれ」


 結城も納得したことでようやく2人は装備を加賀から受け取る。

 AAA突撃銃、情報識別機、戦闘衣バトルスーツ。その他諸々。受け取った瞬間に装備を素早く身に着けていく。勿論男女別だ。見張りは加賀がしている。

 その最中、戦闘衣を身に着けるために、着ていた服を全て脱ぎ捨て下着姿になった結城は先程の北條の発言について考えていた。

 今回のように時々、妙に感付くことがあったり、鋭いことを口にしたりする北條。その時に限って自信があることも妙だった。


「(そう言えば、あの通路の時も)」


 まるで、扉の向こうに何かがいると分かっていたようだった。

 そこまで考えて結城は何を考えているんだと自分でも馬鹿馬鹿しくなる。

 戦場では感覚が研ぎ澄まされ、いつもより能力が出やすい者がいることもあるのだ。北條がそれに当てはまった。その可能性もある。

 何より、隠し事があったとしてもそれを掘り返そうとは思わない。

 誰にだって打ち明けたくないことはあるのだから。


 あの加賀にだって、結局は無人機の入手経路をはぐらかすばかりで口を割ることはなかった。あんなもの、別れる前は持っていなかったというのに。

 余程の相手なのか。どうやって手に入れたのか。正直言って疑問は尽きない。

 だが、結城は思考を振り払う。

 疑問は放っておけ。秘密を暴いたとしても面倒事しかない。それに、そんなことを考える余裕などないのだ。

 今考えるべきはいかにして早く前に進むか。それだけだ。

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