第45話予想外の……出会い?

 1人が犠牲になる度に囚人と吸血鬼の距離が開く。

 下級の吸血鬼は理性がなく、最も近い獲物に飛びつく。だからこそ囚人を1人捕まえると全員がその囚人に殺到して他の者を追いかけるのを止めてしまう。

 1人の人間に数十匹の吸血鬼が殺到すれば大きな塊になる。後続を邪魔する障壁になるため、遅れてやってくる吸血鬼達の妨害にもなった。

 囚人達はそれに気づき、自分以外の者を犠牲にしようと考え始めるのは当然だった。

 距離が詰められてくると最も後ろにいる者を妨害して餌にして逃走。時には返り討ちに遭う者もいたが、そうやって囚人達は10分近くも生き残っていた。


 悲鳴が通路に響き渡ったと思えば、直ぐに消える。

 先頭を走る北條は歯を食いしばって悲鳴から意識を逸らした。

 北條の横では結城も必死に走っている。互いに会話はない。囚人達よりも速く走り出したこと。互いを妨害しないこともあり、囚人達とは距離があった。

 だが、それは余裕という意味ではない。むしろ余裕なんてない程に足を前に出して加速を促す。


宿主マスター。不味いぞ。どんどん扉の開く感覚が短くなっている』

「(分かってる!!)」


 扉は後ろから順に開いていっている。まるで奥へと誘い込むように。

 気分は追い込み漁を仕掛けられている魚だ。後ろから責め立てられる圧力と不気味な音。そして、悲鳴。前にこれ以上の恐怖が待っていても進むしかないと思わせられる。

 どうしようもない袋小路に自分がいることを自覚させられた。


「しゃれになってないッ。この潜入方法失敗だったんじゃないか!?」


 思わずやけくそになって叫ぶ。しかし、返って来た結城の声は冷静だった。


「いや、問題ない。むしろ、状況は良い方だ」

「何処が!?」

「鎖を嵌められて牢屋に入っていない。手足は自由。これが普通なのかは分からないけど、私が予想していたよりも最悪じゃないッ」

「そうですか!! なら頑張る!!」


 自分でも何を言っているのかと思いながらも足を動かす。

 扉のロックが解除される音がなり、また通路を走る吸血鬼が増える。

 もう既に後ろを走る囚人達は数人しか残っていない。扉が開く時間は更に早くなり、囚人達の走る速度に合わせて開いていっている。

 そして、ついに囚人達が全員波に飲まれることになった。

 囚人達の一歩前。

 たった一歩前の扉が開く。中には隙間がない程に押し込められた吸血鬼の群れ。

 飛び出た群れに囚人の先頭集団が捕まり、後続の道を塞ぐ。それからはもう、言うまでもなかった。

 悲鳴がこれまでと同じく波に飲まれる。これで生き残ったのは北條と結城のみになった。


「——クソッ」


 後ろで飲み込まれた囚人達にもっと早く警告を出すべきだったと後悔する。

 扉の向こうに吸血鬼がいることはルスヴンが教えてくれたことで分かっていた。けれど、自分にできたのは根拠の言えない警告だけ。

 嫌な予感がしたから。運転手達が不吉なことを言っていたから警告を飛ばした。だが、それだけでは彼らは動かなかった。

 彼らを動かす根拠がなかった。自分の言葉には影響力はなかった。

 もし、確固たる確証があったら動いてくれていたかもしれない。

 その可能性が北條の心に傷を付ける。

 例え、そんなことは北條自身ができないと分かっていてもやれなかったことに後悔を覚えてしまう。


「クソッ……」

「…………」


 歯を食いしばり、悲痛な表情を浮かべる北條。それを横目で見た結城は何も言わずに視線を元に戻す。

 結城は北條のように囚人達の死を悲しむことはない。

 むしろ何故彼らの死を悲しむのか分からない。あの時の工場での行動。あれは犠牲者が子供であったから何か思うことはあったのだろう。だが、彼らは犯罪者。レジスタンスとは全く関係ない人物だ。

 そんな者達が死んで感情が揺さぶられる等と考え、これからがどうなるのかを心配する。

 勿論その心配は北條に向けてではない。

 この仕事が失敗するかどうかである。戦力が多いことに越したことはない。自分1人では荷が重いと分かりきっている。

 仕事に支障がないのならば何も言うことはない。つまり、何かがあった場合は切り捨てることも考えるということ。

 悲痛な表情を浮かべる北條の横で結城は何処までも冷徹に思考を回していた。


「——灯りよ」


 暫く走り続けていくと終わりの見えなかった出口が見え始める。

 灯り、目の前から感じる風。

 肌と直感でこの一本道の終わりを感じると2人は更に加速した。

 既に左右の扉が開くインターバルは北條達に追いつきつつあった。そのままの速度であればいずれ吸血鬼の食事になってしまう。

 全力を超えて更に全力。がむしゃらになって北條達は出口を目指した。

 そして、扉の開く間隔が更に——北條達が通り過ぎると同時にまで短くなった時には、北條達は出口まで後10メートルの所まで来ていた。


「——嘘だろでしょッ」

「クソッたれめ」


 2人が息を飲む。

 残り10メートルまで差し掛かった北條達の目の前で出口の扉がゆっくりと閉ざされていく。

 このまま全力で走ったとしても1人が滑り込めるかどうか。

 完全に閉じれば正しく袋小路。後ろから来る下級の吸血鬼に喰われる前に踏み潰されるだろう。

 最悪な結果を想像したのは北條だけではない。結城もその未来を容易に想像した。

 悪辣すぎる。どうあがいても人間には無理だ。ゲームと言っていたが、本当は参加させるつもりもないのではないかと悪態尽く。

 それとも、この程度で脱落するような奴はいらないという意味なのか。上等だ——とこの胸糞悪い仕掛けを施したクソ野郎に向けて結城は唾を吐いた。

 ここで死ぬ気など毛頭ない結城は北條の襟を掴み、異能を発動させる。


「舌を噛むなよ!!」


 自身に念力サイキックを掛けて浮かせてこれまでとは比べ物にならない速度で出口へと進む。

 いきなり襟を掴まれた北條は窒息しかけるが、急なことなので文句も言えなかった。

 10メートルの距離が一瞬で詰まり、後ろの吸血鬼達を引き離す。体を捩じり、閉じていく扉の隙間に体を捻じ込ませた。


「危なかった」


 扉が完全に閉じ、後ろの吸血鬼達が来ないことを確認して息を付く。その後ろでは北條が顔を抑えて悲鳴を押し殺していた。

 出口を出た際、結城に投げ出されて着地に失敗したせいで硬い石畳に顔から突っ込んだのだ。

 額は擦り向け、鼻からは鼻血を流して結城に非難の視線を送る。


「お前、もうちょっと丁寧に放り投げてくれよ——いや、放り投げてってのも可笑しいんだろうけどよ」

「命を助けた恩人に何を言ってるのよ。礼はないの?」

「それについては感謝してる。ありがとう」


 放り投げたことと助けてくれたことは別。とでも言うように心からの感謝の言葉を告げる北條。

 その後に放り投げるのは止めてくれと視線で訴えかけるが結城はそれを無視して先へと進んだ。

 特に相手にされないと分かっていた気にせずに結城の後を追う。


「ここ、何処だか分かるか?」

「知らない。地図でもあれば別だけどね」

「確かに」


 そんなものはないだろうと思いながらも同意を示す。

 通路を抜けて辿り着いたのは巨大な空間。何もない訳ではない。目の前には高さ10メートルの隙間のある壁。迷路があった。

 外から見た建物と中から見る広さに違いを感じ、北條は首を傾げる。


「どうなってんだ。さっきの通路と言い、こんなに広さってあったか?」

「分からないわよ。それよりも、これからのことを考えて。今そんなことを考えても仕方ないでしょ」

「確かにそうだな」


 建物の広さについては謎しかないが、まずはここが何処なのか、そして、これからどうするべきなのか考えるのが第一。

 戦闘衣や銃もないのだ。これで吸血鬼と会ったら戦えるのは結城のみ。北條は足手纏い確定である。

 意識を切り替える。少なくとも何か武器が手に入るまではいつも以上に気を引き締めなければならない。

 そう考えて北條はルスヴンへと頼み込む。


「(ルスヴン。索敵を頼んで良いか?)」

『構わん。そして、早速だが後ろに何かいるぞ』

「な——」

「何なの——って嘘!?」


 ルスヴンの言葉に敵が来たのかと驚き、焦った表情で振り向く。それに釣られて結城も後ろへと視線を向けると目を見開いた。

 初めは後ろから吸血鬼達が追ってきたのかと北條は思っていた。

 だが違う。それならばルスヴンは敵とハッキリと告げる。結城だって後ろにいたのが敵ならばわざわざ目を見開いて固まったりはしない。

 敵地で2人が目を見開いたのはそこにいたのが自分達の予想していなかった人物だからだ。


「よう御2人さん。無事に潜入できたらしいな」


 そこには地獄壺の外にいるはずの加賀信也の姿があった。

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