第30話不快な視線

 目を覚ましてまず感じたのが頭部の痛み。

 鈍痛が酷く、痛みで顔を顰める。


「くっそ——イテェ」


 体を動かそうとして気付く。両腕と両足はきつく縛られ、簡単には抜け出せないようになっている。銃も戦闘衣バトルスーツも取り外されており、今の北條は下着しか身に着けていない状況だ。

 冷たい床の感触に寒気を感じつつ、状況の把握のために何とか仰向けになる。


「ここは——どこだ?」

『起きたか宿主マスター

「……ルスヴン。ごめん」


 北條が目を覚ましたことに気付いたルスヴンが声を掛ける。

 何故自分がここにいるのか。問うまでもなく想像ができてしまった北條はルスヴンへと謝罪する。


『別に構わん。余の指示が的確ではなかったのも事実だからな』


 謝罪を受けたルスヴンは気にしていないと言葉を掛ける。しかし、言葉の中に不機嫌さを感じ取った北條は苦笑いを浮かべた。


「今度からはちゃんと動くよ。でも、理由もなく殺せはやめてくれよ?」

『ふん——善処しよう』


 ルスヴンの言葉に再び苦笑いを浮かべた後、周囲の状況を探る。

 情報識別機を取り上げられ、視界が闇で狭まったとしてもやれることは色々ある。縛られた動けなくなった体を芋虫のように這って動かし、手探りで周囲に何があるのかを探る。

 幸いなことに自分は狭い空間にいることは直ぐに分かった。


「ここは一体どこだ? 下水道じゃないよな?」


 アスファルトとは違う滑らかな表面の感触と気絶する前までいた下水道を比べて思考する。

 感触からしてアスファルトや金属ではない。プラスチックに近いと予想を立てる。しかし——と疑問を浮かべる。


「(こんなもの、下水道にあったか?)」


 プラスチックの壁に覆われた小部屋のような場所。侵入する前に下水道の情報を洗っていた北條は事前に確認できなかった小部屋に戸惑う。

 ここは下水道ではないのか。自分はどこか別の場所に運ばれたのか。では、それは何故か。様々な疑問が頭の中を駆け巡る。

 しかし、答えは出てこない。

 男達が自分を襲ったことも。辻斬り犯の目的も。

 疑問が次々と出てきて頭の中を埋め尽くしていき、状況が何一つとして好転しないことに歯を食いしばる北條。そんな北條にあっさりとルスヴンが答えを出した。


『安心しろ。お主が気を失ってからそれ程時間は経っていない』

「——え? 本当か?」

『あぁ、この部屋は男共が用意した食料保存用カプセルの中だ。下水道とは全く違う場所という訳ではない』

「え、あ——ちょ」

『それにあの男共、どうやら辻斬り犯に脅されておったらしいぞ。尤も、それで許そうとは思わんがな』

「待て待て待てって!?」

『ん? どうした?』


 何か質問があるのならば言うがいい。と付け加え、ルスヴンは北條の言葉を待つ。その余裕に北條は戸惑いながら、口を開いた。


「……もしかして、俺が気を失っていた時もルスヴンは起きていたのか?」

『当たり前だろう。感覚を共有することはできるが、意図的に切っておけば一方が気を失っていても片方は問題ない。余が寝ている時、お主が眠気を感じたことはこれまであったか?』

「あぁ~。そういえば、なかったな」


 これまでのことを思い出し、今更ながら納得する。

 ルスヴンが眠っている時も自分は変わらずに生活をしていた。少し考えれば気付きそうなことに気付けなかった北條はがっくりと肩を落とす。


「……もしかしなくても、俺が体張って情報探ることってなかったんじゃない?」

『そうだな』

「じゃあ何で言ってくれなかったの!?」

『ハハハハハ!! いや済まんな。少し楽しかったから』


 心底楽しいそうに笑うルスヴンに流石の北條も青筋を立てる。

 何もわからずとも動いていたこちらを高みから見物しているのと同じことだ。殴ることはできないため、恨み言を言っても大丈夫だろうと口を開こうとした時だった。


 ——ガチン。と外で音が鳴った。


『宿主——』

「……あぁ、分かってる。というか、さっきのことは後で本気で問い詰めるからな」

『クククッ。覚悟しておこう』


 北條の怒りもルスヴンにとっては可愛いもの。喉を鳴らし、あっさりと受け流されたことに不満を覚えるが、今はそれどころではないと光が漏れ始めた壁の一面に目を向ける。


「——ッ」


 扉が開かれ、入って来たのは先程北條にパイプを振り下ろした男だ。それから数人。見覚えのない顔が続々と入って来る。そして北條を担ぎ、外へと運び始める。嫌がらせに抵抗をするが戦闘衣もなく人数はあちらが上。北條に勝ち目はなかった。

 北條が入っていた小部屋——保存用カプセルから出るとそこは狭い通路ではなく、数十人が生活できるようなスペースのある場所だった。

 いくつかの照明が壁に取り付けられ、辺りを照らし、隅には物資が入っている箱が転がっている。


「(あれ、全部奪ってきたのか? 一体幾つの倉庫を襲ったんだ)」

『さぁな。恐らくだが、今日貰った情報も古いものだった可能性が高いな。お主が気を失っている間に男達がここのボスが仕事を終えて帰ってきたと言っていたぞ』

「(仕事って……)」

『襲うのが人か倉庫かは分からん。まぁ、物資の減りようからして調達に行った可能性が高いがな』


 明かに一つの倉庫を襲っただけではありえない数の物資。それを目にして被害を想像し、北條は絶句する。


「これは——」

「へへっ。すげぇだろう? 俺達のボスは。ここにあるもんは全部あの人が奪って来たんだぜ?」

「おい、余計な口を開くんじゃねぇよ」

「別に良いじゃねぇか。今のコイツに何ができるってんだ?」


 目を見開く北條に面白そうに語り掛けてきたのは金髪の若い男——初めに出会った4人組の中にはいなかった男だ。

 当たりを見渡すと他にも人がいた。作業服の者、私服姿の者。20代前半の若者が多くニヤニヤと北條を見ている者が多かった。

 最初に出会った4人組はどこか。首を反対側に回して探すと直ぐに見つかった。他の者とは違い、身を縮め、後悔と恐怖を表情に出して4人で固まっている。


「(ルスヴン。コイツ等って)」

『想像通りだ。この阿呆共は辻斬り犯の一味だ』

「(辻斬り犯は1人じゃなかったのか!?)」

『実行しているのは1人だ。此奴等は辻斬り犯が集めた物資が欲しくて集まってきた烏合の衆にすぎん』


 辻斬り犯であるジャックの目撃情報が何故少なかったのか。

 ジャックが逃げ上手だったから?誰もが報復を恐れて口を閉ざしたから?

 そう考えた者もいるだろう。確かにその通りでもある。だが、目撃情報が少なかった本当の理由は別にある。

 ジャックが倉庫を襲って手に入れた物資を人に流していたことが大きな理由だ。


 若者には増長するものが多い。

 運よく危険を回避できて生き延びてきた彼らはそれを当たり前のものとして受け取ってしまう。現状に不満を持ち、自分には何かができるのだと何も成したことがないのに本気で思ってしまう。誰かの失敗談を軽く笑い、それに自分を当て嵌めない。

 そんな人物をジャックは上手く利用した。

 ここにいる者達は短い人生で運よく吸血鬼には関わらずに生きてこられた者達であり、非日常に憧れてしまった者達だ。


 見たこともない銃。特区でも食べられる料理。それを覚えてしまった彼らはジャックのいい人形だった。


「お前等、自分が置かれている状況が分かっているのか」

「うるせえ。餓鬼は黙ってろ」


 怒りを込めて鋭い視線を男達向けるが、男達はそれに取り合わない。

 笑みを浮かべ、被害何てどうでもよさそうな男達の態度に北條は怒りを募らせる。手足が縛られていようと知ったことかと暴れようとするがルスヴンに止められてしまう。


『宿主。少し落ち着け』

「(——このまま、無様に捕まってろって言いたいのか?)」

『違う。利用しろと言っているのだ。余の感知範囲に反応があった。此奴等、恐らくだが徒党のボスの所に向かっているぞ』

「(頭の可笑しい奴の所に!? 何でだ!?)」

『知らん。情報を引き出すためなのかもな』

「(だったら不味いじゃん!? 手足縛られた状態でどうしろと!!)」


 何とか縄から抜け出せないかと力を籠めるがかなりきつく縛られており、びくともしない。


『落ち着け宿主。安心しろ。抜け出す方法ならばある』

「——本当か!? なら今すぐにでも!!」

『簡単にできるが、駄目だ』

「(……何でだ?)」


 このままでは何もできず、仲間の足を引っ張るだけだと焦る北條にルスヴンは静かに語りかける。


『逆に聞くが、良いと思っているのか? 今のお主は下着だけ。武器も何も持っておらん。対して奴らはどうだ? 数十名程度だが、全員が武装している。こんな場所で抜け出したら蜂の巣だぞ?』

「(ルスヴンの力でもどうにかできないのか?)」

『できるが、後から駆けつけてくる者達にどう説明する? さっきの場所に閉じ込めれていたのならば分からないで済むが、出てきた以上力を使った者についてかなり根掘り葉掘り聞かれるぞ? 宿主は上手く誤魔化せるのか?』

「(そ、それは——)」


 これまでは上手く最初に現場から逃げていたという言い訳を付けて逃れていたが、今回はそうはいかない。そうなると色々と調べられることになるだろう。

 謎の氷使いは敵とは見なされてはいないが、味方ともされていない。区別をつけるためにも調べようとする人物はいるのだ。

 本気で調査をされれば北條も上手く誤魔化せるか自信はない。言葉に詰まり、勢いを失ってしまう。


「(な、なら——コイツ等を片付けた後、あそこに戻るってのは?)」

『アレは外からしか鍵を掛けられんぞ。鍵の掛けられていない檻に入っている囚人などいると思うか?』

「(…………)」


 苦し紛れに出した案もルスヴンにはバッサリと切り捨てられる。

 完全に勢いを失い、冷静さが戻った北條にルスヴンは問いかける。


『それで、ここでやるか? それとも余の考えに乗るか?』

「(…………ルスヴン様がお考えになった作戦でいきとうございます)」

『よろしい』


 項垂れている北條を見てルスヴンは満足げな声を出す。

 だが、いつまでも下着姿でいたくない北條はルスヴンに頼み込むように問いかける。


「(なぁ、俺の装備ってどうなった? それだけは知っておきたいんだけど?)」


 知っていると言ってください。と願望が混じっていた問いかけにルスヴンは軽く笑い、笑顔で答える。


『それも含めて安心せよ。装備ならば真っ先に此奴等がボスに見せると言って持って行ったわ。献上品であるならば、頭目の近くに置いてあるはずだ』

「(そっか——で、このまま辻斬り犯の所に行っても大丈夫なのか?)」

『無論だ。むしろ、もっとハンデがあってもいいぐらいだぞ?』


 装備もない以上、北條が頼りにできるのはルスヴンの力のみ。だが、最近は力を補充することもなかったため、力を使って良いのかを問いかけた北條にルスヴンは迷いなく答えた。


「(——分かった)」


 ならば北條が何も言うことはない。

 装備も何処にあるかは分かった。考えもある。力も問題なく使うことができる。それら全てはルスヴンによるもので北條の考えなど一切ない。

 他人の考えに全てを預けるのは難しい。それが命もというのならばば猶更だ。だが、北條にはそれで十分だった。


 やがて北條は探していた人物の前に引きずり出される。

 自身の2倍はありそうな体格、一目で分かる周囲の者とは一線を超す風格。強者の笑みを浮かべた男——ジャック・レイバーは芋虫状態の北條を見下ろし、笑みを浮かべて問いかける。


「よく来たな。お前は何処の組織のもんだ?」


 その視線は酷く、不快に感じられた。

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