第29話思いもよらない罠
「それで、本当にそっちにいる可能性が高いんだな?」
「あぁ、そうだ。今もまた
個人端末で連絡を取りつつ、北條は下水道の奥へと進んで行く。
警戒音、爆弾、待ち伏せの
「加賀、一応聞いておきたいんだけどそっちはどうだ?」
「特に何も。時々ガラの悪い奴らが部屋を睨み付けてるけど行動には移してないから大丈夫だろ。これ以上、俺がここにいても仕方がないからそっちに向かうわ」
「……分かった」
「程々にしておけよ。姿を確認してもやるのは2人でだ」
「分かってるよ」
その言葉を最後にブツリと端末が音を立てて切れる。端末をポケットの中へと戻し、視線を元に戻す。
光源すらない下水道でも情報識別機が視界をサポートしているため、臆することなく前に進んで行く。
すると再び状識別機に反応が出る。
「——っと。またワイヤーか」
反応に気付いた北條が踏み出そうとしていた足を引っ込める。内部に進むにつれて罠の迷彩に力が入っており、情報端末機の識別反応速度が遅くなっていた。
ワイヤーが繋がっている先——視界を端にすると北條は顔を歪める。そこにはビルを簡単に倒壊させられる火薬の量の爆弾があったからだ。
もし反応が僅かでも遅く、北條が足を踏み出していたら——悲惨な結果になっていたことは間違いないだろう。
「こんな所にこんなもの仕掛ける何て馬鹿げてやがる。正気か?」
『正気な人間であれば街を敵に回すようなことはせんだろう』
「……そうだった。そういう相手だったな」
改めて、相手の異常性を思い出し納得する。そして、ワイヤーを跨ごうとした時、ルスヴンが北條へと忠告を飛ばした。
『
「——え?」
ピタリ——と北條の体が停止する。
急いで情報識別機の反応を窺うがそれらしきものは一向に出てこない。思わず北條はルスヴンに尋ねる。
「ルスヴン。本当にあるのか?」
『あぁ、勿論だ。ナノマシンとやらによる迷彩だな。それに今の位置で足を踏み出すのもやめた方が良い。丁度足を降ろす地点に地雷が隠されておる。横に逸れろ』
『……俺の目にも情報識別機にそんな反応ないんだけど』
反応が出るのか色々と設定を弄ったり、肉眼で確認したりする北條だが、間近で見てもルスヴンの危惧する罠は捉えられない。
信じていない訳ではない。信用も信頼もしている。だけど、どうやって判断したのかが分からない。そんな北條の思考を読み取ったルスヴンが溜息をつき、北條に指示を出す。
『別に特別なことはしていない。吸血鬼の目が人間の兵器よりも優秀なだけだ。装置を外して少し待っていろ』
そう言われて北條は素直に情報識別機を外す。すると目の奥が熱くなったと感じた瞬間に視界がぐらり、と揺れた。
「————っ」
思わず膝を着きかけるが、腹に地下を入れて耐える。
グラグラと頭まで揺れ始めた北條が一体何なのかルスヴンに尋ねようとした時、北條の視界に変化が訪れる。
視界が痛くなる程の光。思わず目を覆い、視界を閉ざす。
『すまんな。やはり吸血鬼の目は人間には強すぎる。もう調整したから大丈夫だ。ただし、ゆっくりと瞼を開けよ』
その言葉から北條はルスヴンがかつて自分の体を強化した時のように自分の目を強化したのだと分かる。
ゆっくりと瞼を開いていく。そこにはルスヴンの言葉通り、情報識別機で分からなかったワイヤーと地雷があった。
「……マジか。これ、俺だけで進んでたらここで死んでたな」
『だが、お主には余がいる。つまり、死ぬ訳がないということだ。感謝しろよ?』
「あぁ、勿論だ。ありがとう」
笑顔を作り、感謝の言葉を口にする。そして、自分の手の中にある情報識別機へと視線を落とした。
「情報識別機よりも相手の迷彩機能の方が上か。これ、ルスヴンの力で進んで行った方が良いんじゃないか?」
情報識別機で分からないのであればルスヴンの力を借りた方がより安全に進める。思いついたことを北條が口にする。だが、ルスヴンがそれを否定した。
『いや、止めておけ。肉眼でここを突破できるような作りではないからそれを身に着けていなければ怪しまれるぞ。それに後からあのやかましい小僧が来るのだろう? 情報を追加して送っておいた方が良いのではないのか?』
「あ~……端末同士での情報送信か。確かに」
情報識別機の反応が悪い際、手入力で情報を入力し、新たに情報を追加することができるようになっている。そして、それを別の端末に送ることも。
北條と加賀は同じ性能の情報識別機を使っている。北條の使っている情報識別機がこの罠を看破できなかったのだ。加賀がこの罠に引っ掛かってしまうことも十分にある。
「なら、着けていくか。危なかったら言ってくれよ?」
『無論だ。安心するが良い』
力強い言葉に北條は頬を緩めて、次の瞬間には表情を引き締めると横にずれて罠を飛び越える。
素早く手入力で情報を入力するとこれまで反応がなかった場所に反応が出るようになると満足げな顔をして先に進む。
これまで以上に視界に気を配り、ルスヴンからの助言を聞いては反応がない場所の情報を入力していく。
その影響もあり、進行速度は格段に落ちてしまっている。
このままでは辻斬り犯に逃げられてしまうのではないのか。そう考えた北條は進行速度を上げるようにルスヴンに提案をするがルスヴンは首を縦に振らなかった。
『これ以上の速度は危険だぞ。お主の力量を超えている』
「そっか…………本当に?」
『そうだ。罠の見落としをするかしないかでないぞ。体力の配分、集中力の維持も考えて言っているんだ。ハッキリと分かるぞ。お主の体は休息を求めている』
「いや、そんなはずは——」
『ないと言い切れるのか? もうこの際、余の発言は気にするな。だが、自ら分かっていることも信じられぬようでは救いようがないぞ』
「…………」
全てを見透かしているような発言に北條は固まる。
犯人を逃げる前に追い詰めなければという焦り。何処にあるか分からない罠の恐怖。それらによって精神は消耗し、体力にも影響が出ていることは北條も分かっていた。
隠していたと思っていたことを指摘され、表情は暗くなる。
『少し息を吸え。その状態では戦いになった際には危険だぞ』
「……分かった」
力量不足。そう言われたことを悔しく思いながら北條は息を整える。
暫くして、息は整えられたが、逆に北條は焦燥感に駆られていた。
工場での一件から1週間。休まずに鍛練は続けてきた。加賀と結城にも手を貸して貰った。劇的に強くなることはない。まだまだ力不足だと自分で考えている。
だが、人の命が掛かっている時にこうして実感させられるのと訓練で自分が感じるのでは大きな違いがある。
今、ここで自分の力不足で取りこぼされるのは命だ。だからこそ、北條は前に進みたい衝動に駆られていた。
北條の状態を見透かしたルスヴンが溜息をつき口を開く。
『宿主。何度も言っているが、それではお主が死ぬことになるぞ? そうなれば犯人は増々増長する。なんせ吸血鬼に真っ向から歯向かっているレジスタンスに勝利したのだからな。そうすればどうなるか分かるか? 相手の行動も大胆になり、被害者も路地裏ではなく表通りで発見されるようになるぞ』
自分のために。ではなく。他人のために。自分の行動が誰かの命を守ることに繋がるのだと思わせる。
そこでようやく北條は焦る気持ちを完全に殺した。
「————そうだな。あぁ、気を付けるよ」
『それで良い』
大きく息を吐き、顔を上げた北條の顔には曇りはない。息を整えたことで肉体的にも、精神的にも余裕が生まれたことが分かった。
そんな表情を見ながら焦って突っ走ろうとする癖も何とかしなくてはならないと考えを巡らせる。
説教をしても分からないのならば体験させることが一番なのだが、それで北條に消えない傷を与えるのはルスヴンも望んではいない。
子育ての大変さに頭を抱えるも、それに楽しさを感じ、ルスヴンは頬を緩ませる。
——その瞬間だった。
『——止まれ!! 人間がこちらに向かっている!!』
情報識別機では感知できない罠を見破るために感知能力を上げていたルスヴンが人の接近を感じ取る。
遅れて北條も情報識別機でそれを捉えた。
「(——3人。何でこんな所に!?)」
『いや、4人だ。頻りに後ろを見ているな。何かに追われているのか?』
こんな場所に人がいることに驚きを隠せない北條は目を見開き、足が止まってしまう。
「あっ——た、助けてくれ!!」
一番前を走っていた男が北條を見て助けを乞う。薄汚い作業服に身を包み、手には何処で拾ってきたのかパイプが握られていた。
男の声に北條がいることに気付いた後列の男達も嬉しそうな表情を浮かべて駆けよって来る。
「良かった。良かった!!」
「お、おい。アンタ達は一体……」
心の底から助かったと表情を浮かべる男達に戸惑う北條。すると、遅れてきた最後の1人が慌てて口を開く。
「お、お前等何してるんだよ!! 早くしろよ!!」
「で、でもよ。この人に助けて貰えば」
「ふざけんじゃねぇ!! アイツに勝てると思ってんのか!!」
北條に希望を見出した男が後から遅れてきた男を説得しようとするが、大声で否定される。
誰もが怯えた表情を顔に出し、中には俯いて涙を流す者もいた。
男達の正体が分からないが、何に追われているのかの想像はできた。辻斬り犯が潜伏している可能性のある場所にいた作業員達。
何より恐怖に怯えた顔が物語っていた。あんなこと、もう体験したくないと。それだけ分かれば北條には十分だった。
「下がっていろ!!」
後ろを見ずに忠告だけ飛ばして前へと出て銃を構える。
情報識別機の反応を伺い、何もないことを確認すると情報識別機では感知できなかった迷彩機能が付いた罠を思い出し、ルスヴンへと問いかける。
「(ルスヴン。相手が迷彩機能で近づいていたら教えてくれ。こっちじゃ感知できない可能性がある)」
『…………』
「(……ルスヴン?)」
迷彩機能が付いた罠があるのならば、本人だってその迷彩機能を使っていても可笑しくはない。そう考えてルスヴンに力を借りようと声を掛けたのだが、直ぐに返事が返ってこなかったため、思わずもう一度問いかける。
「(おい、どうしたんだよ。まさか、お前の力でも見破れないとか!?)」
『違うわ阿保。そんなものを人間が作るのは不可能だ。だからこそ——いや、そういうことか。宿主!! 今すぐ彼奴等を始末しろ!!』
「(はぁ!? お前、何を言って——)」
北條の身の安全を確保するために広げていた感知領域で捉えた男達の動き。動きで何をするつもりなのか理解したルスヴンが声を荒げて忠告するが、北條には到底それを実行することはできなかった。
もし、北條が前に気を取られず、後ろを見ていればルスヴンの指示の意味も分かっただろう。しかし、今の北條は男達を追って辻斬り犯が来ると思い込んでいる。
「——ガッ」
強い衝撃が後ろから加えられる。
思考が空白を生み出し、何が起こったのかを確認するために肩越しに後ろを向く。
そこには、歪んだ笑みを浮かべてパイプを振り下ろす男がいた。
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