第28話顔見知り以外には強く出られない

 1メートル先も見通せない真っ黒な地下通路を疾走する吸血鬼。

 その後ろから追いかけるのは周囲に溶け込みそうなほどの黒い戦闘衣バトルスーツに身を包んだ結城だ。

 一歩で時速60キロまで到達する吸血鬼に対し、結城は念力サイキックで自分を浮かせることで追い詰めていく。


 ギシィッ——と切れ味の悪い刃物がぶつかり合ったような音が響く。酷く耳障りな音に結城も顔を顰めた。


「イつまでも、つイてくるな!!」


 声を発する器官が未発達なのか、片言のような言葉で唾を飛ばす吸血鬼。結城は構わずに対吸血鬼用の弾丸を念力で相手に叩き込む。

 計3発の弾丸は有り得ない弾道で吸血鬼の背中に突き刺さった。


「——がァ!? さイせイしなイだと!?」


 背中に突き刺さった痛みと流れる血に吸血鬼が驚愕する。

 只の断案で撃たれても痛くもかゆくもない。痛覚が発生する前に肉体は再生されるからだ。

 驚愕し、速度が落ちた吸血鬼に結城が畳みかける。更に弾丸を取り出し、同様に念力で撃ち出す。 下級から変異し、知能を得た吸血鬼でもそれを防ぐ手段はなかった。

 腕、脚、心臓、喉————そして、頭。機関銃にも匹敵する弾幕が吸血鬼を襲い、苦しめ、命を削っていく。

 戦意は背中を見せた時点で既に折れていた。力もない。運もない。

 に殺されることに怒りを覚えて、吸血鬼は絶命した。


 死体になった吸血鬼の体を念入りに償却する。

 ここは地下通路。レジスタンスが利用する秘密経路だ。そんな場所に死体を残して良い訳がない。

 念入りに、それこそ炭になった体を砕いて原型を無くす所まで徹底する。一通り終わった所で結城は息を吐き、気を緩める。そんな結城に声を掛ける者がいた。


「終わった?」

「————ッ!! は、はい!! たった今。終わりました」


 気を緩めていた結城はその声に驚き、ビクリと体を振るわせた後、声の主へと体を向ける。

 そこにいたのは朝霧友梨だ。

 結城とは違い、戦闘衣も身に着けておらず対吸血鬼用の武装をしている様子もない。身に着けている衣服も特殊なものではなく、吸血鬼と戦えるようには見えない。

 だが、そう考えるのは彼女の力を知らない者だけだろう。

 結城が朝霧に向かって頭を下げる。


「申し訳ございません。たった1体に時間がかかってしまい……」

「構わない。それに足を引っ張られた何て思ってないわ」


 特に気にしていない様子で朝霧は言い放ち、それ以上何も言わずに結城の隣を通り抜けて先に進んでしまう。

 結城はその後を慌てて追いかける。その表情には僅かに悔しさがあった。

 朝霧は結城を責めたつもりはない。むしろ、優秀な方だと思っている。体力面に不安は残るが、異能を使った戦闘技術は評価に値する。だからこそ、何の援護もない状態で1体の吸血鬼の討伐を任せたのだ。

 しかし、結城はそう捉えなかった。

 なんせ自分が1体倒す間に朝霧は10体もの吸血鬼を討伐しているのだ。逃げに徹されたとはいえ、その数の差は大きかった。


 拳を強く握り締める。

 自分の憧れる強さが程遠くてもいつかそこへと辿り着くために、この思いは糧にしよう。

 ひっそりと胸の中で少女は決意し、顔を上げた。





「はいよ。報酬だ」

「あぁ、礼を言う。ガルド」


 吸血鬼を討伐した場所よりも深く潜った場所で朝霧と結城は——ガルドと呼ばれた50代半ばの男が営む万屋で報酬を受け取っていた。

 ガルドはミズキと同じく地上の揉め事には参加せず、地下にひっそりと暮らしている者達の1人だ。

 ここはガルドが持つ秘密部屋の1つ。長い棚の中には商品が陳列しており、部屋の壁には市場には出回らない珍しいものも飾ってある。

 本来ならばガルドは地上の人間をここに連れて来ることはない。しかし、長い付き合いである朝霧は信用しているため、この部屋に何度も招き入れていた。

 朝霧は突き出されたトランクケースを受け取ると直ぐに後ろにいる結城へと手渡す。わざわざ中身を空けて確認はしない。それだけそちらを信用していると暗に示しているのだ。


「それにしても助かったぜ。俺達には武装はあっても戦いはからっきしだからな」

「死者が出る前に止められて良かったわ。相手は変異種だったからね。あんなものがここで力を蓄えられたらこちらも危ない所だったもの」

「ほう、変異種か。それは厄介なもんが出て来たんだな。怪我人はいるか? そっちの嬢ちゃんとか大丈夫か?」


 変異種。下級から中級へと力を付けている途中の個体のことだ。下級の吸血鬼より知能は高く、放っておくと力を付けるために人間を襲う危険な存在だ。

 下級の吸血鬼は上位の吸血鬼の命令系統にあるため、不用意に人を襲わないが、変異種は違う。

 意識が芽生えたことが命令系統から外れるのか。レジスタンスに襲われても大丈夫なように集団で行動したり、人間の家の中に隠れ潜んだりと命令にはない行動を取り始める。街中で起こる事件で最も被害を齎しているのが変異種だ。


 変異種の恐ろしさを知っている男は怪我人について尋ねる。純粋に心配しているように繕っているが、勿論それは嘘で店の利益を上げるための芝居だ。

 ガルドの本心を長い付き合いで理解している朝霧は特に気にせずに答える。


「残念だけど貴方の思っているようなことはなかったよ」

「何だ。そいつは本当に残念だ」


 ガルドが笑い、朝霧が薄く笑う。

 分かり合った者達だけが共有できる空気がそこにあった。当然結城はそこに入ることはできないので朝霧の後ろで待機している。

 従順な部下を演じる結城の武装を目にし、武装があまり使い込まれていないことからレジスタンスに入ったばかりの新人であると判断すると朝霧に問いかける。


「お前が仕事についてこさせるなんて珍しいな。優秀なのか?」

「今年入って来た奴らの中では優秀ね。伸びしろもある。上手く生き延びれば本部からも声を掛けられるんじゃない?」


 朝霧の答えにガルドは品定めをするような視線を結城に送る。一方結城は褒められたにも関わらず、納得がいっていなかった。先程自分の不甲斐なさを痛感したばかりで素直に喜べなかったのだ。

 上司の手前それを表情に出すことはなかったが、様々な顧客を相手にし、表情の裏を見抜いてきたガルドは僅かな仕草でそれを感じ取る。


「(朝霧はお世辞を言うタイプじゃねぇ。つまり、この嬢ちゃんはそれだけ優秀なんだろう。嬢ちゃんの方も今の実力に慢心どころか不満を抱いてる。いいねぇ、上昇志向の若者は嫌いじゃねぇ)」


 レジスタンスで装備が支給されているのは知っている。優秀であれば更に優れた装備が支給されることも。だが、支部に配属されているということは何らかの問題を起こしたことも考えられる。

 問題を帳消しにできる功績を出す前に囲んでおくべきか。それとも裏を取って調べるか。メリット、デメリットを上げて頭の中で算盤を弾く。

 更なる情報を得るためにガルドは結城に声を掛ける。


「よう嬢ちゃん。名前は何て言うんだ? 俺はガルド。朝霧とは長い付き合いでなぁ。他では作れねぇコイツ専用の装備を作ってやったこともあるんだぜ?」

「あ、はい。私は結城えりと申します」


 朝霧との関係、オーダーメイドの装備を作れ、信用できる人間であることを暗に仄めかす。

 親指を立て、歯を大きく見せて豪快に笑う様子が更にその裏にある意図を覆い隠していた。

 それに気づかず、結城は頭を下げて自己紹介をする。

 朝霧はガルドの意図に気付いていたが、敢えてどちらにも何も言わなかった。度が過ぎればガルドに注意はするつもりであるし、結城にとっても彼らとの経験は無駄にはならないと判断したからだ。


「ハッハッハ!! そんなに畏まらなくて構わねぇ。結城の嬢ちゃんは顧客だからな」

「は、はぁ……」

「どうだ? 弾丸やら何やら消耗してないか? 安くしとくぜ?」

「……いえ、今回私は吸血鬼を1体倒しただけですので結構です、またの機会にさせて頂きます」

「ほう。結城の嬢ちゃんだけで倒したのか?」

「えぇ、はい……」


 出てきた新たな情報にガルドが目を光らせる。

 てっきり朝霧の後ろで援護に回っていただけかと思ったが、既に1人で仕事を任せられるレベルのようだ。

 入隊したての新入りが吸血鬼を相手にすることがどれだけ難しいかを知っているガルドは結城の価値を1段階上げる。


「(実力に不満を持っているようだし、ここで下手に褒めるのは得策じゃねぇ。より強くなるためにって感じで装備を進めるか)」


 探った際の様子を思い出し、取り扱っている装備から結城に合うものを厳選し、さりげなく結城に進めてみる。

 戸惑った結城が朝霧へと視線を向けるが朝霧は何の反応も示さない。商品のカタログに目を通している。こちらの話が聞こえていない訳ではないだろう。

 つまりこれは自分で対処してみせろということだろうと考え、真面目な顔で商談に取り組み始める。

 現在の結城には戦闘衣意外に目立った装備はない。今回万屋を利用するのも初めてだ。

 レジスタンスでは末端に配給されない装備を珍しそうに、しかし真剣に説明を聞きながら話を聞いていく。


「では、この情報識別機を1つ。あ——後、小型の刃物、出来れば投擲のように空気抵抗を受けないものが欲しいのですが」

「いやいや、刃物を買うぐらいなら銃を買った方がいいぞ? このF99何かどうだ? 性能はさっき言った通り、料金は初回ってことで——」

「いえ、結構です。刃物をお願いします」


 その言葉にガルドは考え込む。

 何度も銃を進めているが、頑として買おうとしない。

 単に近距離戦闘が好みなのか。銃の扱いが下手なだけか。だが、この街でそんなことはあるのだろうか。と疑問が頭に浮かぶ。


「(今時吸血鬼に近距離戦挑む何てどういう神経してんだ。いや、投擲武器を望んでるんだから近距離戦をしたい訳じゃないのか。分からねぇなもう少し探るか)」


「もしかして銃が苦手なのか? なら安心してくれ。コイツを見ろ。VC56式突撃銃だ。かなり古い型だが、俺が改造して反動も抑えてスコープも付けた。威力だって上がってるし、反動も抑えてる。素人でも扱えるぜ?」

「いえ、別に私は——」

「安心しろ安心しろ。この下には防音の狙撃場だってあるんだ。一度試してみてからでもいいだろう?」


 改造に熱を上げる商人を演じて何故銃を買わないのかを探るガルド。その勢いに負けかけている結城は思わず後ろに下がってしまう。


「(どうしよう。明らかにこちらを探ってる。異能を持ってることは。けど、私の出自まで知られたら)」


 そうなると色々と面倒なことが起きる。何とか状況を好転させようと咄嗟に口を開く。


「い、いえ。私はこの通り華奢でして重いものは」

「おおっと、済まねえ。それなら試しでいいから今着てる戦闘衣よりも性能が良いやつを用意するよ。それで重いものは持てるぜ」

「——………えっと」


 理由を付けて断ろうとするが更に商品を進められてしまう結城。遠慮がいらないと分かれば強く出られるのだが、相手は朝霧が信用している商人。機嫌を損ねては不味いと考えを巡らせるが、上手く回避する方法は出てこない。

 もう射撃でもして失敗を演じるかと考えていたその時にようやく朝霧が助け舟を出した。


「ガルド、あんまり新人を虐めないでくれる?」

「別に虐めてる訳じゃねぇんだがな……でも、銃を買わない理由ぐらいは教えて貰ってもいいんじゃないか?」

「この娘は暗殺主体なのよ。戦闘スタイルも装備もそれで合わせてるの。急にスタイルを変えたら慣れるのにも時間が掛かるし、吸血鬼と真正面から戦うよりも生き残る確率はあるからね」

「…………ふぅん。そうなのか」


 そう言われてガルドは引いた。

 隠していることがあるのは分かった。しかし、相手の信用を落とす訳にもいかないと考えたのだ。

 これ以上は踏み込めないと判断したガルドは直ぐ望みの商品を用意し始める。勿論、結城へのごますりも忘れない。

 その商魂逞しさに呆れつつも、朝霧は薄く笑い、結城は頷く事しか出来なかった。

 暫くして朝霧がガルドに尋ねる。


「今回侵入してきた吸血鬼達がどこから来たのか分かっているの? 出入口を抑えられたらそこから大量に入り込んでくるわよ?」

「ぬかりはねぇよ。俺達の本業は穴掘りだぜ? 埋めるのも容易いさ。キッチリ穴は防いで補強も終了。見張りからの情報で侵入から24時間たった今でも誰も入ってきてないことは分かってる」

「そう。穴埋めがまだなら手を貸そうと思ったんだけど」

「ハッハッハ!! 安心しろや。素人に手を借りる程落ちぶれちゃいねぇさ!!」


 親指をグッと立てるガルドを見て朝霧は肩を竦める。

 しかし、その後表情を真面目に戻したガルドを目にして表情を元に戻す。


「何かあったの?」

「いや、まぁな。依頼にできる程の証拠もねぇんだが、それでも聞くか?」

「えぇ、取引先が潰れて良いことはないからね。確かめられることなら確かめておくわよ」


 朝霧の言葉にガルドは内心ホッとする。断られたらどうしようかと考えていたのだ。言葉だけの約束だが、朝霧とは長い付き合い。そこは信用することができた。

 確認を取ったガルドが口を開く。


「少しばかりな。きな臭いことが起きてんだ」

「きな臭い。一体何が?」

「それは分からねぇ。ただ、少しばかり食料が減ってたり、妙な音が聞こえたりする時があったんだ。今はもうねぇがな」

「怪談話か?」

「いいや、真面目な話だ」


 よくあるような怪談話の始まりに呆れかけた朝霧だが、ガルドは真面目な表情で詰め寄る。


「食料の方も最初は誰かがちょろまかしてるのかと思って調べたし、見張りも立てた。だけど、知らねえうちに消えてたりするんだ」

「それなら貴方達の内部の人が原因じゃないの?」

「俺だってそう思ったさ。だけど、どうも違うんだよな。一度だけ目撃情報があるんだよ」

「目撃情報?」

「あぁ、色々調べてた時にな。見たこともない金髪の嬢ちゃんを見たって子供がいるんだ」

「それは……その少女を調べれば良いのでは?」


 犯人らしき目撃情報があるのならば、その少女を見つけて尋問すれば良い。それを何故しないのか疑問に思った結城が尋ねる。

 するとガルドが結城に視線を向けて首を横に振り、理由を口にした。


「残念だけど。それが出来ねぇんだよ。なんせ俺らが地下通路中を探してもその嬢ちゃんが見つからなかったんだ」

「貴方達が? 本当に?」


 その情報に俄かには信じられないと疑うような発言を朝霧はしてしまう。

 地下を網羅し、複雑な経路すら目を閉じて歩ける彼らからすればここは庭同然。ガルドの態度から誰にも明かしていない経路や秘密部屋も勿論探しただろう。それでも見つからなかったのかと朝霧は驚く。


「あぁ、ここを熟知している俺達が捕まえられないなんて可笑し過ぎる。みんな幽霊でも見たのかと思っちまったぐらいだ。目撃情報もその一度だけだしな。誰かがカツラでも被っていたのかもしれねぇ」


 ——でも。そう続けて口を開くガルドの表情は真剣そのもので何かに怯えているようにも見えた。


「少しばかり嫌な予感がするのさ。それこそ俺達全員が巻き込まれかねないぐらいのな」


 例えるならば足元に毒蛇がいる様な感覚。放っておけば足に噛み付き、こちらを殺してくる予感が収まらない。

 杞憂であれば良い。しかし、この閉鎖空間の中で後手に回ることはしたくなかった。

 朝霧も俺達というのがレジスタンスではなく、地下に潜む者達を指しているのだと察すると安心させるように頷く。


「分かった。音が聞こえたり、目撃情報があった場所を教えて。軽く調べてみるわ」

「おう、悪いな。助かったよ」


 そう言って、ガルドは情報を朝霧に伝えていく。

 それを横で聞いていた結城は少し驚くことになる。何故なら、その目撃情報は救出任務として赴いた焼却工場の近くだったからだ。

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