第31話嘘と嘘

 手足を縛られ、地面に放り出された北條は目の前でどっしりと構えるジャックを睨み付ける。不快感も相まって威圧は鋭くなり、ジャックを射抜く。だが、ジャックはたじろ気もせずに笑みを深くした。

 北條の姿は脱出する術も装備もない者が生殺与奪を握られているにも関わらず、反骨心を衰えさせない者に見えたからだ。

 怯える処か敵意を隠そうとしない北條にジャックが語り掛ける。


「よく来たな。お前はどこの組織のもんだ?」


 ガツン、と北條の隣に立つジャックの部下がパイプを鳴らす。

 答えなければどうなるか。無言の脅しがそこにあった。

 ルスヴンが北條へと耳打ちする。


宿主マスター。時間を稼げ』

「(了解)」

「おい、聞いてんのか?」


 問いかけ、脅しにも何の反応を示さない北條を怪訝に思い、今度はドスの利いた声でジャックは問いかけてくる。

 ルスヴンの指示を受けた北條はようやく動き出した。


「何処の組織って……正気かよ? こんな子供を雇う所があると思ってるのか?」

「オイオイ、本気で言ってんのか?」


 馬鹿にしたように笑って問いを返す北條をジャックは苦し紛れの反撃と捉える。

 全部こちらは分かっている。そんな雰囲気を出して背凭れから背を離し、北條が身に着けていた装備を部下に持ってこさせる。


「見ろ。これが何なのか分かるよな? これは対吸血鬼用の装備だ。餓鬼が簡単に手に入れられるものじゃねぇ。銃、戦闘衣、情報識別機。これだけの装備をまさか盗んだ何て言うのか?」

「(おぉ!! 俺の装備!! 良かった。捨てられてたりしなかった)」

『当然だろう。相手にとって敵の装備は戦利品だ。わざわざ捨てる理由などない。しかし、手間が省けたな。わざわざ装備を持ってきてくれるとは』

「(時間稼ぎは終了か?)」

『いいや、まだまだだ。全員を逃がす訳にはいかんからな。奥にいる者達も引き付けなければならない』

「(引き付けるって、それってどうすれば良いんだよ)」

『それを考えるのは宿主の仕事だぞ?』

「(はぁ!? ちょっと待ってくれよ!!)」

『待たん。ただでさえ残り少ない力を使って助けてやるのだ。少しはそちらも負担して貰うぞ』


 ルスヴンの言葉に北條は表情を硬くする。

 それを見て痛い所突かれたと勘違いしたジャックが笑みを深くした。


「まぁ、安心しろよ。別に命まで取ろうって訳じゃないんだ。俺も子供には優しいんだぜ?」


 周りにいたジャックの部下から笑い声が漏れる。北條も内心呆れるが、それを表情には出さずに耐えきった。

 辻斬り犯が一般人を斬り殺していることなんて余程の引き籠り以外は知っていることだ。それなのに、命は取らない?子供には優しい?そんな言葉を信じられる北條も馬鹿ではない。


「その言葉を信じると思ってるのか?」

「…………お前が俺について何を知っているかは知らねぇが、ハッキリ言っておこう。その情報は真っ赤な嘘だ」

「——はぁ?」


 新たな情報が出たことについて驚いたのではない。かつての仲間を、一般人を斬り殺しておいて今更何を言っているのかと呆れが北條の限界を超えて声になって出てしまう。

 ジャックは両手を上げて敵意のないことを示す。


「落ち着けよ。俺だって被害者なんだぜ? 真面目に訓練に取り組んで真面目に仕事を熟してた。だけど、ある時知っちまったんだよ。組織の汚職をな」

「…………」

「悲しかったぜぇ。本気で街に尽くして来たのに裏切られた気分になった。だから、内から正そうとしたのに、うちの会社の奴等は俺をどさくさに紛れて殺そうとしてきやがったのさ」

「それで逃げて来たとでも?」

「その通りだ!! 今流れている俺に関する情報は全てまやかし!! 俺はただ会社の過ちを正したかっただけなんだっ」


 わざとらしく目元を抑えるジャック。

 それを見て北條は常日頃から表情金を鍛えていて良かったと心底は思った。そうでもなければ今頃自分の表情は呆れと怒りで大変なことになっていただろう。


「だから安心して欲しい。誤解が解けるのならば俺もお前を傷つけやしない」


 訴えかけてくるジャックに唾でも履いてやろうかと考え始める北條。

 しかし、そんなことをすれば周りの部下達が黙ってはいないだろう。視線を周りに向ければ話を正直に信じている者もいた。

 話を全て斬り捨てる様な行為をすれば、その者達が動き出す。最悪殺されてしまうだろう。

 安易に話を否定してはならないと考え、その話を真実と仮定した上で話をしていくことを決める。


「お前が俺を傷つけないのなら俺も無駄にことを荒立てるつもりはないな」

「そうか。分かってくれたか。良かったよ」

「あぁ、で? 俺はこれからどうなるんだ? お前が善人ならここは解放してくれる所じゃないのか?」

「残念だがそれはできない。こっちも命を狙われてるんでな。お前の身元ぐらいは知らなきゃならねぇ」

「…………」


 再び北條は黙り込む。

 北條とジャック。互いの視線がぶつかり合う。ジャックは北條の表情から思考を読み取ろうとする。


「(疑ってるな。周りの馬鹿どもとは違って簡単には騙せないか。コイツを殺すことは確定として……どこの所属かははっきりとしておきてぇな。コイツの装備は警備会社のものじゃねぇ。他の会社か? それとも中央部が動き出したか?)」


 バレない様に自然を装って北條を監視する。

 先程の話は勿論嘘、方便だ。いくら自分が物資を渡したとしても得体のしれない相手から素直に受け取る者は少ない。

 だからこそ、初めは親し気に接して警戒を解いていき、偽りの情報を信じ込ませ、信頼を勝ち取っていったのだ。

 ここで今更バレたとしても問題はない。もうお前はこちらの仲間だと思われている。死にたくなければ協力するしかないと脅しをかけるつもりだ。

 尤も、最終的には切り捨てるつもりではいる。企業が追ってきているのならばともかく、街そのものが重い腰を上げるのならば、いくら徒党を組んでも意味がないからだ。それは3度の大規模攻勢を仕掛けたレジスタンスが証明している。

 ジャックは街に立てつくつもりはない。かと言って捕まるつもりもなかった。

 ジャックが思考を北條の思考を読もうとしている最中、北條はルスヴンとどう動くべきかを話し合っていた。


「(さて、どこまで明らかにするか。レジスタンスであることを明かしてもいいか?)」

『それも手ではあるな。この街の人間の武力集団であれば一番強く、真っ向から吸血鬼とやり合う頭の可笑しい連中だと思われているからな。牽制にはなるだろう』

「(……やっぱりみんなそんなこと思ってんのか。明かすことのデメリットはあるか?)」

『デメリット言えば、顔が割れることだな。街に潜伏する者にとっては致命的だろう。まぁ、誰か1人でも逃げきればという前提の話だが』

「(全員を殺すしかないのか?)」

『無論。しなければ最悪街とレジスタンスの2つを敵に回すことになるぞ』


 顔が割れれば、街からレジスタンスの一味だと狙われ、レジスタンスからは組織の情報が漏れることを危険視されて命を狙われる可能性がある。

 そうなればもうこの街には居場所はない。どちらからも逃げられる場所など街にはない。

 ジャックだけであれば良かった。しかし、ここには他の者もいる。

 ジャックから物資を受け取り、何をしているのか分かっているのならば共犯と捉えても良いだろう。現状に不満を持ち、非日常に多少憧れてここにいる者を馬鹿だなと言って殺すのは簡単かもしれない。

 ——でも、一度の間違いだけで簡単に命を摘み取ることを許すのは正しいことなのか。

 そう、自分自身に向けて問いかける。

 答えは否、だ。

 間違いを起こすのは当然。それを許すか許さないかは当人次第。世界が残酷になるか優しくなるかも当人次第だ。

 自分の正体がバレるからと言って、簡単に人の命を奪うことはしたくはなかった。


「(ルスヴン。悪いけど、殺しは最後の手段だ)」

『……………………まぁ、良いだろう。やりたくないと言われれば頭を抱えるが、最後はキッチリ片付けるのならば余も文句は言わん』



 目を伏せ、相棒へと感謝を告げる。

 そして、頭を上げてジャックへと向き直った。互いの視線が再びぶつかる。ジャックは北條の言葉を待ち、北條は覚悟を決めて口を開いた。


「俺は、レジスタンスの一員だ。街の治安が脅かされえていると言われて任務をこなしていただけだ」


 街に反旗を翻している組織であるレジスタンスを知らない者はいない。

 ザワリと周りが騒がしくなる。その騒めきは波となって大きくなり、人を周囲に集めさせた。

 何故街の支配者を殺そうとしている者が動いているのか疑問に思う者。何度も街にこっぴどく巻けている奴等が何のつもりだと嘲笑する者。

 大きな反応はこの2つだ。そして、ジャックは前者であった。


「レジスタンスゥ? 何で街のためにお前らが動いてるんだ?」

「別に、俺達の敵は吸血鬼であって街じゃないんだ。一般人が被害に遭っているのなら動くさ」


 軽く肩を竦めて告げる北條をジッとジャックは見詰める。

 ようはご機嫌取り。そう解釈した。

 街を解放できるかは別として開放した後にも、潜伏を続けるにも良い関係を続けていくには自分達には守る力があることを示さなければならない。そんな所だろうと考える。


「ほら、俺が所属している組織は正直に答えたぞ。早く解放してくれ。定期的に連絡を入れなきゃいけないんだ」

「へぇ、脅してるのか?」

「まさか。ただ、勘違いをされるから気を付けろと言ってんだよ。それに、勘違いなら早く正さないとな。アンタだって対吸血鬼用の装備で全身をガチガチで固めた戦闘集団を相手にしたらどうなるかぐらいは分かるだろ? 俺も殺し合い何て望んでないんだよ」


 言葉だけ見れば完全なる脅しだ。しかし、そこに含まれる感情は本物だった。

 殺し合いを望まないことが嘘ではないと見破ったジャックは少しばかり考え、周囲を見渡す。

 ザワザワといつの間にか部下が集まり、戦闘が始まることを予感している者達がいた。それを目にし、ニヤリと笑う。その笑みは粘つき、自分の事しか考えていない者が浮かべる笑みそのものだった。


『宿主、こちらの準備は整った』

「(了解、いつでも合図を出してくれ)」


 ルスヴンの準備が完了する報告を耳にし、北條はいつでも動けるように僅かに体を動かす。丁度その時、ジャックがソファから立ち上がり、近づいてきた。


「解放してくれるのか?」


 希望が見えた者の表情を前面に出し、北條はジャックを見上げる。

 倒れ込む北條の体を起こし、傍から見れば助けようとしている姿勢をしながら、ジャックは北條の耳へと顔を寄せた。


「いいや、お前を殺すことにした」


 北條が怪訝な顔をする。レジスタンスを甘く見ている様子もなかったジャックが何を考えているか分からなかったからだ。

 同時に怒り冴え湧いてくる。この男には人を巻き込むだけ巻き込んでおいて死なせるつもりなのだと理解したから。

 ジャックの言葉が続く。


「俺にとっちゃぁ争いは起こった方がいい。相手が中央の軍隊でも警備会社の奴等でも何でも良かったんだ。でも、吸血鬼と戦うお前らが相手になってくれるなら、大満足さ」

「——どういう意味だ?」


 言葉の意味が分からず、意味を尋ねるがジャックは北條を座らせて顔を引き剥がす。答えるつもりないということだけは北條でも分かった。


「一応聞いておく。止めるつもりはあるか?」


 周囲には聞こえない声量で、近くにいるジャックにのみに警告をする北條。対してジャックは言葉を出さずに口の動きのみで答えた。

 ——ない。短く理解が難しくない言葉に北條は目を閉じた。


「——おい!! 誰か縄を研いでやれ!! コイツを解放する!! おい、お前等、コイツを外まで送り届けろ!!」


 ジャックが指示をしたのは明らかに人相が悪い者達。スラムで殺しにも慣れている者達だ。

 ここでは殺さず、開放すると見せかけて外で殺すつもりなのだ。

 指示を受けた男達が北條へと近づいてくる。

 男達もジャックの言葉の裏を理解しているようだ。縄を解くつもりもあるのか怪しい。近づけば、逃げ切ることは難しくなるのは明白だった。

 だからこそ、その前にルスヴンが動く。


『宿主、待たせたな。思いっきり息を吐け』

「(——待ってました!!)」


 ルスヴンの指示通り、空気を思い切り吸い込み、そのまま勢いよく吐き出す。

 空気と共に別のものが腹の底から込み上がるのを感じつつも、それを抑えることはしなかった。


「——な、なんだァ!?」


 北條の口から吐き出されたのは氷霧。

 視界を妨げる程濃い氷霧に場は一気に騒然となった。

 異能によって縄を氷漬けにして拘束を解いた北條が下着姿のまま立ち上がる。


『ふむ、予想以上に力を消費したな。暫くは余の力なしで戦って貰わなければならんな。宿主。余もサポートはするが、ここからはなるべくお主の力で突破しなければならないぞ? 命を懸ける覚悟は良いか?』

「あぁ、いつも通りだよ」


 ルスヴンの言葉に不安を覚えつつも、無理やり強気な笑みを浮かべ、北條は走り出した。

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