第17話原典にして最強

 一度だけ、安満地亮は赤城に住む吸血鬼を一目見たことがある。金色の髪に着物に身を包んだ女神にも等しい美貌を持つ吸血鬼。遠目からであり、面を向かい合わせた訳ではないが、それでもその力の大きさは分かった。

 太陽と見間違うほどの巨大な焔。

 確信した。あの存在の目の前に立つだけで自らの体は容赦なく焼き尽くされる。再生能力も追いつくことはないだろう。髪の毛1本残らず灰にされてしまう。そんな存在だ。

 こんな輩がこの街を支配している。それが分かると同時にレジスタンスの連中には同情と嘲笑を送った。


 街を開放するとは全ての吸血鬼を敵に回すと言うこと。万が一、中級吸血鬼を殺し、上級吸血鬼をできたとしても最後に待ち構えるのはあの吸血鬼だ。あの焔を相手にしなければならないことに同情を、そして、あの存在を知らずに戦いを挑んでいることに嘲笑を送った。


 だが、それは間違いだと知った。

 瞳の奥にいたのはあの時とは同じ圧倒的な存在感。しかし、全てを焼き尽くす力とは違い、全てを凍らせ、停止させる力。


『誰の許し得て我が宿主マスターに傷をつけている。過去に執着し、前に進まぬ愚物が』


 歯が震える。息が白くなる。瞳に見えたのは怒り。そして、怒りを増すごとに体温が低くなっているのを感じる。

 これは何だ。何故怒っている。何故、人間に味方をしている。

 疑問は多く、尽きることがない。けれどそれを口にすることはできない。口を開けば待っているのは死なのではないかと思うほどに圧倒される。


『今すぐ斬首。と行きたい所だが、残念ながら今の余に貴様を殺せるほどの力はないからな。だから、代理人に頼むとしよう。まぁ、丸焼きにならないように気を付けろ』


 パチン——とルスヴンが指を鳴らす。それだけで、安満地が感じていた圧迫、冷気が消え、ルスヴンの存在も感じられなくなった。


「うぉらっ!!」

「なっ――」


 死を覚悟した安満地だが、あっさりと死神の鎌が去ったことで呆気に取られる。時間にして数秒。その数秒を北條は無駄にしなかった。

 体に鞭を打ち、軋むのを無視して安満地の腹にタックルを決める。

 方角はルスヴンに教えて貰った。ならば、後は自分の覚悟の問題だ。


「このっ――雑魚が!!」


 その通りだろう。北條はルスヴンがいなければ戦いと言う土俵にすら立つことはできない。立ったとしても圧倒できるのは下級吸血鬼程度。中級の下で互角。中級の上には負ける。その程度の実力しかない。

 しかし、弱いのはルスヴンも同じだ。

 肉体がなく、北條の体を離れれば、直ぐに消えてしまう程度の存在。自分で戦うことはおろか生きることもできない。それにこの時代、吸血鬼をよく思う者ないない。協力してくれなどと口にすれば警戒されるし、逃げられる。もし、弱っていると分かれば確実に見殺しにされるだけだ。だが、北條は……北條だけは違う。彼はルスヴンを理解し、手を伸ばした。北條一馬はこの街で唯一吸血鬼にも手を伸ばせる人物なのだ。


 両者は2人で1人。互いに足りないものを足して生きている。北條は肉体を、ルスヴンは力を――。

 故に裏切らない。裏切れない。相棒ルスヴンが作った隙を無駄にすることなどしない。持ち上げた安満地が肘を背中に落としてくるが、関係ない。残った力を安満地を葬り去るために使う。


 コンクリートの壁をぶち抜いても止まらずに進み続ける。細かな方角はルスヴンが修正させ、狙い通りの場所へと導く。

 そして、最後の壁を破壊し、ようやくそこに辿り着く。

 北條達は知る由もないが、そこはある男達が動かなくなった焼却炉を前に悲鳴を上げていた場所だ。


 最後の壁を破ったことで2人は縺れ合い、地面に転がる。

 すぐさま起き上がった安満地に蹴りを放たれるが、北條は加速しきる前に自ら蹴りを受けに行き、逆に片足でバランスを崩した安満地を突き飛ばす。


「はいぃれぇえ!!」

「この人間がァ!!」


 同時に安満地の体を冷気で覆い、肉体を凍らせていく。力は弱まっていてもそれはルスヴンの能力に他ならない。安満地が抵抗も虚しく肉体が凍り、動きを制限していく。


「閉じ込めるつもりか!?」

「いいや、お前を殺すつもりだ」


 最後の一押しとばかりにタックルをかまし、自分ごと安満地を焼却炉の中に叩き込む。


「何のつもりだ? 頭でも可笑しくなったのか」


 北條の行動を鼻で嗤う安満地。だが、それは仕方のないことだ。

 焼却炉の炎で殺そうとするのならばともかく、その焼却炉は今朝から使えなくなったものなのだから。

 この時間帯、全ての焼却炉は稼働している時間だ。だが、起動していないということは何か動かせない訳がある。そのことを安満地は即座に理解する。

 ——実際その考えは正しい。その焼却炉は固まった灰のせいで焼却炉が使えなくなっているのだ。起動したとしても機械は動かずエラーを起こすだけ。吸血鬼を閉じ込め、殺すことはできない。


 北條はそのことは知らない。彼に焼却炉に関する知識はない。即座に修理し、起動することなどできはしない。けれど————


「いいや、これで正しい。を俺は信じる」

「未来……だと?」


 意味の分からない言葉を残し、北條は体の周囲を氷で覆いつくす。安満地とは違い、肉体そのものを凍らせるのではなく、肉体を守る盾を展開するかのように……。


 本来、吸血鬼は単一の能力しか持っていない。再生能力、下級吸血鬼の統制などの種族特有の能力を省いて、だ。それは怪力であったり、念力であったりと色々だ。

 勿論ルスヴンもその能力は保有している。だが、彼女に限っては1つではない。

 氷結、強制誓約ギアス、呪詛、限定強化、そして、未來視。


 本来ならば固有能力は1つしかないはずなのに、5つもの能力を保有していた。それ故に、彼女は最強と呼ばれ、他に並ぶ者のいない存在だった。

 現在は弱体化し、数分先の未来を読み取れるか読み取れないかしか分からないが、今回は運が良かった。


『まぁ、丸焼きにならないように気を付けろ』


 ルスヴンが口にした一文が安満地の頭の中に蘇る。その瞬間、安満地はルスヴンと相対した時のように、明確に死を感じた。


「この焼却炉、壊れてるんだけど……今のお前を殺すにはこれで十分らしいんだよなぁ!!」


 焼却炉が使えないことには変わらない。だがそれは、焼却炉に危険が残っていないということではないのだ。

 この焼却炉——北條達の足元には大量のガスが溜まっているのだ。固まった灰がガスの排出口を塞ぎ、排出されずに溜まってしまったのだ。もし、ここで火花でも起こせば間違いなく引火する。

 そして、その破壊力は、一時的に脆くなった安満地の細胞を一つ残らず消し去るには十分だ。


「このっ――――人間がぁ!!!!」

「あばよ。生きてたらまた会ってやる」


 火花が散った。

 僅かな火がガスに引火し、大爆発を発生させる。万全な状態の吸血鬼ならば、ただの汚い花火程度のもの。しかし、今は、確実に命を奪う炎となって安満地を襲った。

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