第9話苦渋の選択
ボロボロになった子供の姿とそれを取り囲むようにして体を貪る吸血鬼。枯れ枝のような子供の体に残酷にも牙を突き立てていく。
子供は悲鳴を上げない。既に悲鳴を上げることもできないほど弱っているのだ。それ幸いとばかりに吸血鬼達は子供達の腕に、脚に、首に――朱く肉がむき出しになった体に嚙り付き、血を啜る。
ここは、街から出るゴミを焼却する場所だ。そして、そのゴミの中には奴隷同然である人間も入っている。
吸血鬼からすれば、人間などただの食糧。喉が渇いたから水道で水を飲もう、という感覚で通りを歩く人間の首筋に牙を立てて血を啜ることだってある。そして、要らなくなったら捨てられるのだ。
捨てられた人間はどうなるのか、目の前で起こっている通りだ。焼却炉の中に放り込まれるか、腹を空かした下級の吸血鬼に貪られるかだ。
怪物達の宴、そう呼んでも遜色のない光景を目にし、北條の頭に血が上る。こんなことを許してたまるかと、咆哮を上げて幼い子供の腕を取りながら薄い笑みを浮かべる化け物に殴り掛かりそうになる。
「落ち着け、この馬鹿っ」
拳を握りしめ、今にも殴り掛かりそうになる北條を止めたのは横にいた結城だ。腰を浮かしそうになる北條の肩を掴んで無理やり座らせる。
「お前に力なんてないだろうがっ。今ここで出て行ってもアイツらの飯になるだけだぞ!?」
その言葉に息が詰まる。
結城は北條がルスヴンの力を使えることを知らない。当然だ、この秘密は誰にも話していないのだから、知る者なんているはずがない。それに、ルスヴンの存在がバレてしまえば、吸血鬼を敵として見ているレジスタンスにどう捉えられるかは想像に難しくない。
だから、ルスヴンの存在を知っているのは北條一馬唯一人。その存在は誰にも知られず、その力を使えることは誰も知らない。
しかし、今――北條はその秘密を打ち明けそうになる。
自分には力がある。彼らを助けられる。そんな言葉が出そうになる。
北條が何を考えているのか分かったのか、結城が鋭く睨みつけ、強く抑え込もうとしてくるが、北條は意に介さなかった。
力づくで相手を押しのけ、鉄骨の鉄橋から飛び降りるために腰を上げようとする。
下にいる吸血鬼は全て下級。数は多く苦戦するだろうが、子供達を拾って逃げるくらいはできるはず――そう考え、行動に出る。
隣では結城が青い顔をして北條を見上げている。
彼女から見れば、力のない人間。しかもレジスタンスに入団して半年の新人が下級とはいえ吸血鬼がいる場所に行こうとしているのだ。ただ、死にに行くようなものだと考えているのだろう。
言葉には出さずに、ごめんと一言胸の中で謝罪をする。結城に一瞬だけ目を向けた北條はすぐに視線を下に向け、飛び降りようと手摺に手を掛ける。
その時だった。
「――――」
それまで燃え盛る程怒りに支配されていた思考は突然冷水でもかけられたように鎮火し、上げかけていた腰は鉄板へと降ろされる。
人が変わったように態度が急変した北條に結城が目を白黒させるが、吸血鬼に自分達の存在がバレていないと分かると肩から力を抜いた。
「ホントに、良かった…………」
「すまない。迷惑をかけた」
安心して息を吐く結城はまさに九死に一生を得たかのようだった。へたり込む結城に謝罪を述べる北條の顔は至って冷静だ。先程までの怒りが嘘のように見えるだろうが、あの怒りは本当だ。
何故なら、今も怒っているのだから……。
『ルスヴン!! 何してるんだよ!?』
邪魔をするように、強制的に入れ替わったルスヴンに北條が怒鳴りつける。北條の怒り、そして焦りが大きくなるにつれて、繋がっているルスヴンも怒りに染まりそうになるが、それを何とか踏み止まる。
「(落ち着け、あの数を見ろ。あの群れの中に飛び込むつもりだったんだぞ、お前は)」
『そんなの分かってる!! でも、あそこに子供達がいたんだぞ!!』
助けられた。助けられたはずだと北條が叫ぶ。歯を食いしばり、無慈悲にも奪われようとしている子供を思い、自分の無力を呪う。
『力を貸してくれルスヴン!! お前となら、俺は――』
「(駄目だ。力が足りない。入れ替わるだけで精一杯なんだぞ)」
力を貸して欲しいと北條の願いをルスヴンは間髪入れずに断る。あの時の工場の戦いによって力はもう殆ど残っていない。今こうして強制的に入れ替われたのも力の搾りかすを使っているだけに過ぎないのだ。子供全員を運んで逃げる。そんなことをすれば、吸血鬼共は騒ぎ出し、侵入者を探し出そうとするだろう。
敵地で足手まといの負傷者数名と能力に時間制限がある人間。無事に脱出地点まで辿り着けるのかも怪しい。
ルスヴンはそんな危険な橋を渡らせる訳にはいかなかった。
「(今出て行っても――いや、先程飛び出そうとした時も子供はもう手遅れだった)」
体から骨がむき出しになり、大量の血が流れ出てしまっているのだ。残念ながら、ルスヴンに治癒能力はない。北條も医療の知識がそうある訳でもない。
できるのは、傷口を抑えることぐらいだ。だが、そんなことをしても焼け石に水だ。ほんの少し、苦しむ時間が伸びるかもしれない。ただ、それだけだ。
『でも――』
「(それに、助けたとしたら任務はどうする? 今も助けを待っている連中を放って逃げるか? 隣の仲間を囮にして全員助け出すか?)」
『…………』
その言葉に、口を開こうとしていた北條が黙り込む。
ルスヴンの言葉に北條は何も言えなくなる。どれも北條にとっては取ることのできない手段だ。
目の前の子供を救って、仲間も救う。そんな都合の良い選択肢何てありはしない。できれば誰もがやっている。助けた先に全員が笑い合う未来があるなんて夢物語でしかないのだ。
「(お前の怒りは分かる。だが、私は言ったはずだぞ――生きろと、それがまずはお前の仕事だと)」
誰かの死を見て見ぬふりをして通り過ぎる。力がないものはそうやって逃げるしかない。そうすることしかできない現実に、北條は何も言えなかった。
ルスヴンはもう北條が無茶をしないと判断し、入れ替わる。入れ替わった北條は何もしない。ただ、掴んでいた手摺を強く握りしめる。
「北條……ここから離れるわよ。ついてきなさい」
横から聞こえたのは結城の声だ。低く姿勢を保ったまま、吸血鬼の様子を見つつ音を立てないように慎重に、尚且つ素早く行動する。そして、北條もそれに続いた。
ガコンッと大きく焼却炉が開く音が聞こえ、ベルトコンベアに載せられたゴミが放り込まれていく。同時に炎の勢いよく燃える音が北條達の所まで聞こえてきた。
血を啜る音何て小さく聞こえないはずなのに、北條の耳にはやけにその音がこびり付いていた。
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