第8話探索
「何でこうなったの?」
物陰に隠れながら、結城えりがぼそりと呟く。
結城が加賀に説得され、ペアを組んで対象者を探し出すことになったのだが、二手に別れる際に2人組になったのは北條と結城だった。
『何だこの小娘、
もし、肉体があったのなら唾を吐き捨てていただろう。それほどルスヴンがイラつきながら北條の中で不満を口にする。
そんなルスヴンに苦笑いをしながら北條が結城の後へと続いていく。
『こんの発情期の雌猫が……おい、
「無理だっての――っていうか、今任務中なんだから落ち着けって」
そもそも何故こんなにイラついているのだろうと疑問に思いながらルスヴンを宥める。しかし、そんな態度が気に食わないのかルスヴンは苛立ちを大きくしていく。
『ふん、宿主がそんな態度だから舐められるのだ。そもそもこの雌猫は自分で納得したはずなのに文句を言っているんだ。丁度いい鉄パイプがさっき視界にあっただろ? 1発脳天にぶち込んでやれ』
「物騒ですね」
「何ブツブツ1人で言っているの? 気持ち悪い」
ルスヴンの声は北條だけにしか聞こえていない。そのため、会話をすることになれば傍から見れば変人に見えてしまう。そして、今回も、北條は任務中に横でボソボソと呟くきもい男という称号を頂戴することになった。
「ひっでぇ。精神安定剤みたいなもんなのに」
「なら、もうちょっと離れてくれない? 臆病が移るわ」
この雌猫がッ!!と中で叫びをあげるルスヴン。それを右から左に聞き流しながら、北條は視線を横に並んだ結城に向ける。
任務中のため、いつも着ている文系女子を意識した――と言っていた服ではなく、闇に紛れるために製作された黒の
余談だが、基地内にいる時は皆好きな格好をしているが、任務に出る際はレジスタンスで支給されている黒の戦闘衣を身に着けている。これは、吸血鬼と少しでも戦えるようにと製作された対ヴァンパイアスーツだ。
着ているだけでくっっっっそ痛いがロケットランチャーにも耐えられる。何て入団した時に言われているが、北條は試したことはない。そもそも、耐えられても顔とか防御されてないから死ぬんじゃね?――と思っている。
そんな戦闘衣の男性用を身に着けた北條は、闇に紛れながら機嫌の悪い結城とほんの少しだけ距離を取る。
結城の言葉を真に受けたのではない。ただ、2人で行動しているのに同じ所を探すのは不効率だと考えたためだ。決して、決して傷ついたとかそんなことではない!!
「くそっ――最後まで通信が繋がってたらこんなことにはならなかったのに」
移動しながら結城が唇を噛む。
救難信号は工場を示している。しかし、詳細な位置が分かるような装置は北條達の拠点にはないため、広い工場を手探りで探していく外なかった。
「あんのクソ眼鏡。性能の良い装置は全部持っていきやがる」
「それって、写真にあったレジスタンスのリーダーのことか?」
クソ眼鏡。そう言っていたのを初めて聞いたのは朝霧と共に北條が拠点で清掃をしていた際のこと。徐に出てきた279年前のレジスタンス結成時の写真を見て朝霧が吐き捨てるように呟いた言葉だ。
「えぇ、そうよ。悪い?」
「いや、別に……少し気になってることがあってな」
会ったことはない。だから余計に気になるのだ。朝霧にあれ程顔を憎しみで染め上げさせる人物とは一体どんなものなのか。
「会ったことがあるのか」
「1回だけ……でも、もう会いたくないわね」
冷たい視線。まるで、人ではないものを見詰めてくるような目。存在そのものを否定されているようで恐ろしいと感じた。
話した訳ではない。ただ、見詰められただけだ。それだけでも、もう会いたくはないと思ってしまうほど、あの男の目は冷え切っていた。
「もし、会ったら……いや、違うわね。会わないように努力した方が良い。それが一番よ」
「そんなに恐ろしいのか?」
「あぁ、怖かったよ」
怖い、と素直に口にした結城に北條が目を丸くする。朝霧に恨まれ、結城に怖いと言わせる男。そんな人物に自分の秘密がバレれば……。
最悪を想像してしまい顔を青ざめる。結城の言った通り、出会わないようにすることが一番なのだろう。……どうやって努力すればいいか分からないが。
「――ッ!! 明かりだ」
「知ってる。気を付けてよ」
暗闇の中に一つのオレンジ色の明かり。それを目にした瞬間に、2人は意識を切り替える。より一層周囲に意識を配り、互いの死角を補うように配置につく。
鉄と鉄がぶつかり合う音、蒸気が噴き出す甲高い音を耳にしながら、姿勢を低くして物陰から物陰へと移動し、明かりの発生源へと近づいていく。
ここは第3区ゴミ焼却処分第2工場。主に街で排出される全てのゴミを処分するためにある場所の一つだ。そのため、その明かりが何のための明かりなのか、当然2人は予想がついていた。
2人が立っている鉄の渡橋の下を日常から出たゴミがコンベアを通って、巨大な焼却炉の入口へと放り込まれていく。
巨大な焼却炉の口が開く度に2人の顔を熱が叩く。眼球の裏を刺激するような感覚に襲われた北條は、刺激から守るために目を細める。
「ここはどこの焼却炉?」
「少し待ってくれ」
北條が地図を広げて自分達の居場所を確認する。
広げられた紙に指を添わせながら、現在地を割り出し、どこを探索していないか、見落としはなかったかを確認していく。
「うん、Gコンベアだな。まだ半分以上は残ってる」
「そう、なら急ぐわよ」
ちらり――と腕に取り付けた時計に結城が目を落とし、急ぎ足にこの場を後にしようとする。
チームを2つに別けるにあたって決めていた集合時間。1時間探索しても、発見できない場合は即時撤退を指示されている。
現在の時刻は17時、残り時間は後30分しかない。
もう少し人手と時間があればと思ってしまうが、無いものを強請っても仕方がない。手の中にある手札だけでどうにかすることしか人間はできないのだ。
1秒でも時間が惜しいとこの場を後にしようとする。撤退のことも考えなければならないため、ここからは更に時間が厳しくなっていく。
スピードを速めるか――そう考えていた時、結城の視界の端に影が映る。
「ッ!!」
「ん? どう――むぐぅ!?」
「――シ。静かにしろ」
「(!?!?!?!?)」
地図を片付けている真っ最中の北條に向けて素早くタックルをかまし、静かに押し倒す。突然のことに北條は何が何だか分かっておらず、軽いパニック状態を起こしている。
抗議しようにも口を押えられている状態なので、喋ることもできないし、上から押さえつけられているせいで押し退くこともできない。…………決して、女性の体との接触を楽しんでいる訳ではない。
「もぞもぞと動くな。気持ち悪い」
口だけではなく鼻まで押さえ付けられ、息苦しさをどうにかしようと体を動かしていると、結城が気味悪そうな顔で文句を言ってくる。
こっちは突然襲われて殺されそうになってるんだが、と叫びたい所だが、それができないため、左手でジェスチャーをするとようやく納得のいった顔をして北條の上から退く。
「おい、「シ!! 静かにしろと言っただろ」……」
退いても謝罪の一つのない結城に青筋を立てた北條は少しは抗議してやろうと口を開くが、またしても結城に口を塞がれる。
しばらくして、北條が黙るのを確認すると結城は低い姿勢を更に低くしたまま、前方に指を指す。一体何があるのか、北條もつられて顔を向けると、そこには子供の姿とそれを貪る吸血鬼の姿があった。
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