第6話侵入

 長く、長く続くアスファルトの通路を結城と北條、加賀が順に駆けていく。

 ここは街の地下通路。吸血鬼達の目を盗んで動くために75年も前に計画され、作られたものだ。

 個人的なことで使われるのは禁止されているが、任務に関することとなると話は別。街を掛けるよりもこの通路を使えば、時間を短縮して目的地まで近づくことができる。


 この通路に電気なんてものは存在しない。この通路で存在する明かりは手に持つ松明の明かりだけだ。そして、先頭を走る結城も地図なんてものは持っていない。迷宮のような道を完全に理解し、頭の中に叩き込んでいるのだ。勿論、全てのレジスタンスのメンバーが地図を覚えている訳ではない。故に、地下通路を使用する際は、地図を理解している者が先頭を走ることになっている。


「はぁ、また第三区にいかなきゃならないなんてなぁ」


 街の中央に第一区、そして、第二から第六区が第一を囲むような形になっている街。その街の施設の内の一つ、倉庫やゴミ処理のための工場が集中している第三区に救助対象がいると報告を受けた三人は、救助のために第三区へと向かっていた。

 ちなみに北條達の活動拠点がある場所は第四区。そして、前回の任務を行った場所も第三区だ。

 走りながら目的地を確認する北條。それに答えたのは先頭を走っている結城だった。


「そうだけど、何? 何か文句でもあるの?」

「…………えっと、文句というか、独り言のつもりだったんだけどさ。そんな目で見なくてもよくないか?」

「お前らってホント愛称悪いよな」


 肩越しに蔑むような眼で見られた北條が嘆くが結城は取り合わない。代わりに後ろで加賀が面白いというように呟く。


「そう思うんだったら、お前が前に来いよ」

「いやいや何言ってんだよ。俺はお前らの仲を応援してるんだぜ?」

「…………なんだろうな。 お前が言ってる仲ってのは友達同士の仲って意味に聞こえないんだけど、気のせい?」

「安心しろ友よ。合っている」

「やめてくれないかな? ホラ、先頭走ってる結城がめっちゃ冷たい目線で俺達を見てるじゃん!! 俺こういうパターン知ってる!! この後、一番とばっちりを食うのは俺だって!!」


 そうやって叫んでいる間にも結城の視線がドンドンと下種を見る目に変わっているのだが、二人は残念ながら気付かない。


「大丈夫だ一馬君。俺は知っている。互いに嫌っている男女は物語の最後の最後では周りにドン引きされるくらいイチャイチャしてるッて!!」

「それどこの情報だ!? というか物語って何!?」

「そこでは冷たい態度を取っている奴のことをツンデレと呼んでいた」

「漫画か!? また、漫画か!? いい加減そんなの収集するのやめろよ!!」

「ちなみに同衾シーンもあったぞ」

「ふむ、詳しく聞こうか」


 あっさりと掌を返し、強く腕を握りしめる男二人。

 後ろでこそこそし始める馬鹿二人を肩越しに見て、本気でここに置いていってやろうかと思い始める結城。

 残念ながらそんなことは本当にできないので、帰ったら上司朝霧友梨に報告しようと心に誓う。恐らく、死ぬよりも恐ろしい目にあうだろう。

 というか、今が任務中ということを忘れてはいないだろうか。


 最も近いレジスタンスの支部――つまり、北條達の活動拠点となっている場所に救難信号が入ってから、二十分が経過している。

 救助対象者は二名。どちらも一般隊員だ。

 装備は底を尽き、一名が致命傷を負っているという情報が入っている。致命傷を負った足手纏いを一人連れて一般隊員が吸血鬼から逃れられるのかと議論になり、罠の可能性も疑った。

 議論の結果、対象を見定めてから救助することになったが、罠の可能性の方が高い。

 その任務の最中に馬鹿話をしている二人。そろそろ意識を切り替えさせなければならないと後ろを振り向く、が――


「おい、お前ら――」

「いや、やっぱりそれはなしだろ」

「おいおい、何でだよ。他人のものを取るのはダメだっていうのか?」

「……良い、のか? いや、しかし」


何故だろう。この話を耳にするのはかなり不快に感じる。後ろを振り向くべきではなかったと今更ながらに後悔した。下種な顔をした男二人。その顔を見ただけで不快感は更に強くなる。


「聞いているのか?」

「やっぱり、俺は冴子さんって人が良いなぁ」

「ふふん――お前も所詮同じ穴の狢じゃないか」


再び声を掛ける。しかし、返事は返ってこない。それどころか話が盛り上がり、気付いていない。それからの結城の行動は速かった。

落ちている鉄パイプを手に取り、頭目掛けて振り下ろす。

それから、ほんの短い間、通路には鈍い音と共に悲鳴と謝罪が虚しく響き渡るのだった。





 第三区ゴミ焼却処分第二工場。

 前回任務があったのは武器廃棄第一工場で、互いの位置は反対側に位置している。第三区は工場が密集しているせいか、巨大なパイプ管があちこちにあり、蒸気を噴き出している。

 内部の圧力によって蒸気が噴き出すパイプ管に囲まれた路地。その路地にあるマンホールが、ガコ゚ッと音を立てて上に外れる。


「…………」


 外れたマンホールの隙間から顔を覗かせたのは丸い眼鏡にポンチョ帽を頭にのせた一人の少女、結城えりだ。

 巣穴から出る小動物のように辺りを注意深く観察し、無事だと判断すると素早く外へと出る。しかし、視線はあたりを観察したままだ。


「良いわよ。出てきて」


 そう小さく呟くと、今度は北條、加賀の二人がマンホールから結城と同じように地面に手を着き、低い体勢で出てくる。


「…………」

「…………」

「侵入成功、にん♪にん♪」

「「おい」」


 一人だけ古い漫画に出てきた忍者、というものを真似てポーズをする加賀。緊張した場面で空気が緩むことをした加賀を二人が睨みつける。

 

「はぁ……良い? 戦闘は避けて対象の救助の最優先に」

「救助対象が吸血鬼化、もしくは亡くなっていた場合は?」

「引き返す。今回の任務は救助のみだから」

「…………本当に、それだけで済めばいいけど」

「全くだな」


 小さく呟かれた声に加賀が反応する。

 誰にも聞かれていないと思っていたのか、結城が驚いた顔で振り向いた。


「何だよ? 意外だと思ってんのか?」

「違う、ただ驚いただけよ」


 ぶっきらぼうに呟かく結城に警戒されてるなと加賀が頭を描いた。


「どうする? ここに対象がいると言っても、この工場は広い。一纏めになって探していたら時間がかかるぞ」

「…………」


 加賀の言葉が頭の中に響き渡る。

 メリットとデメリットを天秤にかけ、最も効率の良い方法を選択しようとする。しばらく、静かな時間が過ぎた後、結城が口を開いた。


「二手に別れるわよ。北條と加賀がペアで動いて」

「ちょっと待て、お前一人で行く気か!?」

「そうよ」

「危険だぞ!! ここは俺が一人で――」

「今は私がこの班のリーダーよ。決定権は私にあるわ」

「おいおい、待て待て二人共」


 仲間を一人で行かせることに抵抗がある北條が方針に異論を唱えるが、結城は玩として譲らない。段々とヒートアップしそうになる二人を間に入って止めたのは加賀だ。


「ったく。近くに吸血鬼がいるかもしれないんだぜ? もうちょっと落ち着いて話せよ」

「だけどなっ」

「何? 貴方も私の決定に異議があるの?」


 感情を優先しようとする北條と効率を優先しようとする結城。その二人に挟まれることになった加賀が面倒くさいことになったと肩を竦める。


「まずは俺の意見だが、北條に賛成だ」

「私は――」

「おおっと、待ってくれ。ただの感情論じゃぁないぜ? ちゃんとした理由があるんだ」

「…………」


 理由がある。そう耳にした結城が顔をそむけていた状態から加賀の方へと顔を向ける。不満げだが、話だけは聞く気になってくれたのだろう。

 そう判断した加賀が口を開く。


「まず、お前は俺達の班で地下通路の経路を知り尽くしている人間だ。 俺達が捕まれば、俺達の拠点だけが潰れるだけだが、お前がもし、捕まったりすれば、レジスタンスそのものが危うくなる。この中で命の価値が一番大きいのはお前だよ」

「…………吸血鬼に捕らわれるようなことはない」

「本気で言ってる訳じゃないだろ、それ? それに、忘れてねぇよな。 俺達の敵はにもいるんだぜ?」


 命の価値、それだけで考えると最も危険から遠ざけなければいけないのは結城だ。地下通路は自分達の拠点だけではない。他の拠点、そして、厳重に隠してある物資の保管場所にだって繋がっている。

 それがバレてしまえば、レジスタンスは首元に刃を突き付けられた状態になってしまう。


 そう口にする加賀にささやかな抵抗を見せるもあっさりと本心を見抜かれる。いくら自分がこの中で一番強いといっても無敵ではないのは確かだ。

 悔しそうにしばらく口を閉ざした後、結城は加賀の意見を呑むために首を上下に動かした。

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