第3話レジスタンス


 ネオンの光に照らされた一つの路地裏。貴重になってしまった光に照らされた路地裏を先に行くと分かれ道がある。一つは、レンガの壁による行き止まり。もう一つは、曲がり角とボロボロの木製の扉が付いている一軒家が見える路地だ。

 ここを通る者――そんな物好きはいないのだが――はどう考えても行き止まりであるレンガの通路、そして、誰も居そうにいない一軒家の方へと足を運ぶことはない。下を向いて歩く街の住民達は過度な干渉はしないし、無駄な時間を過ごすことすらしないのだ。


 レンガが積まれた行き止まりの通路。一見、それ以外には何もないように見える。しかし、それは間違いだ。積まれて一番下から八段目、右から二列目のレンガを引き抜くとそこには一つの取っ手がある。

 それを掴み、思い切り押し込むとあら不思議。

 レンガが積み込まれた壁が横へと動き出し、下へと続く通路が姿を現すのだ。


 そこが、この街に存在するレジスタンス組織の秘密基地の一つ。正確に言えば、レジスタンスの支部である北條達が使用している秘密基地の一つだ。


「…………」

「…………」

「…………」


 地下にあるためか妙にひんやりとする部屋の中――複数のレジスタンスのメンバーがいた。一人はハラハラ、オロオロとした様子で座っている二人の顔色を伺っており、もう一人はのんびりと椅子に腰掛け、擦り切れた本を読んでいる。

 そして、長椅子に腰掛ける一人は深刻そうな顔をして押し黙り、長机を挟んだ体面の長椅子に座るもう一人はまた息を切らして飛び込んでくるのだろうと呆れた様子を見せている。


 そして、その時はやってくる。


「すみませんっ!! 遅れま――」

「おっせえ!!」


 ドアが開き、北條が顔をのぞかせた瞬間に繰り出されたドロップキックが顔面を襲う。

 ドロップキックを繰り出したのは長椅子に腰かけて押し黙っていた女性だ。ちなみにドアから長椅子まで距離は約五メートル。

 座った状態からドアが開けられた瞬間を狙ってドロップキックを炸裂させるなど、一体何時から存在に気付いていたのだろうか。


「――どぼぉ!!」


 ドアを開けた瞬間に顔面を蹴られた北條は一体何が起こったのか理解できなかった。遅れて自分が蹴られたことを理解するが、今度は固いコンクリートが後頭部を襲い、鈍い音を立てる。


「~~~~~~イタイ!! 物凄くイタイ!!」

「遅れるからだ馬鹿野郎」


 冷たいコンクリートに叩き付けられ、ゴロゴロと転がる北條を冷めた目で見降ろす女性――朝霧友梨あさぎりゆり

 代々受け継いできた黒の軍服で身を包んだ朝霧はそれだけ言うと身を翻していつもの定位置へと戻っていく。


「お~い……大丈夫か?」


 入れ替わりで北條の元へとやってきたのは一人の少年。頭に迷彩柄のバンダナを巻いており、オレンジのシャツにダボっとしたズボンを履いている。


「なぁ、信也。俺の鼻折れてる?」

「――――」

「おい、やめろ!! 何で深刻そうな顔して黙るの!? 怖いだろうが!!」


 深刻そうな顔をして黙り込んだのは加賀信也かがしんや。数少ない北條と同い年であり、親友である男だ。

 北條のツッコミに今度は意地の悪そうな表情をする。


「別にいいじゃねえか。これも遅れた罰だと思えよ」

「くっ――遅刻したせいでお前に対して強く出れない何て……最悪だ!!」

「お前、俺のことなんだと思ってるの?」

『唯の肉塊』

「(違うからね? 俺そんなこと一ミリも思ってないからね?)」


 物騒なことをルスヴンが口にするが、陰でそんなことを口にしたこともないし、思ってもいない。

 ルスヴンの言葉は当然北條しか聞こえておらず、加賀には聞こえていない。というかむしろ、聞こえなくていい。だって碌なこと言ってないんだから。


「? どうかしたか?」

「いや、何でもないよ」


 加賀に声を掛けられたことによって自分が黙り込んでいたことに気付く。急に黙り込み、立ったのに部屋の中にも入らない。そんな北條を部屋の中全員が見ていた。


「…………」


 ――恥ずかしい。何て感情はすぐさま消える。何故なら、いつまで経っても動こうとしない北條を睨みつける朝霧の存在がいたからだ。

 組んだ腕の上に乗っかる二つの果実を眼福と思っていつも見ているが、この時ばかりは違った。

 自然と手に汗が滲み、顔から血の気が引いていく。

 蛇に睨まれた蛙。今の状況を表すのならば、その言葉がしっくりと来てしまう。


「いつまで――」


 不意に朝霧が口を開く。


「いつまで、そこに突っ立っているつもりだ?」


 周りの温度が数度下がるほど冷たい声色。横目で目が鋭く見えるため、威圧感は倍増する。


「イマ、スワリマス(俺、死んだかも)」


 罰としてかなり扱かれるかもしれない。前も遅刻した時はかなり扱かれたのだから、かなり高い可能性でありえる。

 こんな時に頼りになるのは内にいる相棒だ。


「(へーい!! ルスヴンちゃ~ん!! ちょこぉっとだけ力を貸してくださぁい!!)」

『…………』

「(あ、あれ? ルスヴンちゃーん?)」

『…………ぐぅ』

「(あれぇ!? もしかして寝てる!? ガチですか!? ちょっとー!! 貴女に起きていて貰わないと本気で肉体の限界を迎えるかもしれないんですが!?)」


 まさかの爆睡中。自分の体の中でもう一人が睡眠ってどういう感覚なんだろうと幾度も思ったことはあるが、考えても意味がなかったので今はもう考えないようにしている。

 まぁ、ルスヴンが起きていたとしても北條を鍛えるために力など貸すことはないのだが。

 むしろ、こう言っただろう。


『いい機会だ。絞られて来い』


 結局の所、起きていても変わりはしないのだが、悲惨な未来を想像してしまっている北條にそんなことを考える余裕はない。

 結局覚悟を決めて、挑むしか解決方法はないのである。


「朝霧さん。あんまり北條さんを虐めないで上げてください」

「虐めてないわよ。遅刻、それにボーっとして時間を無駄にすることが気に食わないだけ」

「……すいません」

「謝るぐらいならサッサと座れェ!!」

「は、はいいぃぃ!!」


 怒声を浴びてすぐにこれまで我関せずと読書をしていた少女の隣へと移動する。


「…………バーカ」


 隣に座った北條だけに届く声量。呆れた表情を本で隠して馬鹿にする茶色のボンチョ帽子に眼鏡がトレードマークの少女は結城ゆうきえりだ。眼鏡をかけているから目が悪い、という訳ではない。それを不思議に思って訪ねたことはあるが、その時は文才系女子を意識していると言っていた。

 そんな彼女は北條が顔を向けた瞬間にはもう何食わぬ顔で前を向いている。


 いつもなら突っかかるところだが、今はおっかない人が睨みつけているので何も言わずに、椅子に腰を下ろす。

 そして、北條が椅子に座ることを確認すると、朝霧の体面に座る青年。赤羽緋勇あかばねひゆうが口を開く。


「少し遅くなりましたが、始めますか。 まずは昨日回収した武器についてから……」


 その瞬間にはもう誰もが気を緩ませる発言や挙動はしなくなる。

 顔を引き締め、長机の上に広げられた地図を目にして、流れ出る情報を正確に聞き取るために耳を立てた。


 今日も長い夜が始まる。

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