第2話闇が覆う街の中で
チッチッチ――針が時を刻む音が街中に響き渡る。
暗闇に支配されるようになってから、全ての人間の体内時計は狂ってしまった。今が昼なのか、夜なのか、夕方なのか、朝なのか……それはもう誰にも分からない。街を支配する吸血鬼ならば分かるだろうが、いちいち教えてくれるはずもない。
時間を知らせてくれる時計を離さずに、誰もが一度は願っている。もう一度、太陽を見たいと――――。
その願いを叶えるために作られたのがレジスタンス。かつて国が機能していた時代に産み出された吸血鬼を殺すための異能を持つ者達の集まり。
しかし、一般人が彼らに期待を寄せることはなかった。何故なら彼らが大層な理想を掲げていてもそれを達成出来たことはなかったからだ。
幾度も戦いを繰り返し、敗れてきたレジスタンス。敗れて行くにつれて、彼らはただの犯罪者という認識になっていった。
常夜の街、第四区。
懐中電灯を持ちながら、人混みを掻き分けて北條は走っていた。その顔は鬼気迫るといった表情をしており、少しでも早く前に出ようと障害物を飛び越え、人の僅かな隙間に体を割り込ませていく。
「やばいな……完全に遅れるっ」
何時もは時間きっかりに起きるはずなのに、昨日の疲れのせいで寝過ぎてしまった。こんなことなら一度家に帰らずそのままアジトで寝て置くべきだった。
遅れたら小言ならまだしも拳骨が飛んでくる。それが普通の拳骨ならばまだ可愛い方――鉄骨を叩き割る勢いで振りかぶってくるので殺しに来ているとしか思えない。
『ふあぁ……眠い。あ、珍しく甘味が売ってるぞ。買ってくれ』
「うん、本当に珍しいね!! でも、残念ながら俺の頭部の危険が掛かってるから無理!! それに金もないしね!!」
滅多に市場に出ない飴を見つけて、睡魔に捕われていたルスヴンが一気に覚醒する。強請ってくるが、残念ながら手持ちは殆どない。日雇いとレジスタンスの活動資金で何とか食いつないでいるが、菓子類などを買う余裕はないのだ。
『なんじゃ、あんな奴ら幾らでも待たせれば良かろう。余が許可する』
「お前の存在を証明できないんだよ? それに中に吸血鬼がいると知られたら、それこそ俺、処刑まっしぐらだからね?」
『ふん、つまらん奴よ』
忙しなく毎日を過ごす北條に少しは余裕を持っていれば良いのにと思うがそれは、強者である吸血鬼の考え方。いつ吸血鬼達の気まぐれで命を落とすか分からない現状では余裕を持って過ごしている者達などいない。
飴を売っている店主もそうだ。彼は子供の笑顔が見たいから討っているのではない。珍しく流れてきた菓子類を子供に高く買わせようと客を見定め、欲しくても金がなく、涎を垂らしながら飴を見詰める子供達を無視している。
他人に手を差し伸べる余裕のない、自分のことだけで精一杯の世界。目の前で起きている出来事はこの閉ざされた街では見慣れている光景だ。
「――――っ」
唇を固く結び、暗い顔をした者達を尻目に再び走り出す。
閉ざされた世界を広げるために……何より光を取り戻すために闘わなくてはならない。かつて、世界を一つの光が大地全てを照らしていた時代に、人が上を見上げて笑みをこぼせるような時代に――いずれ……。
『…………』
何を考えているかが想像できるがルスヴンは何も言わない。この街の開放に反対しているわけではない。ただ、そうするための過程があまりにも困難すぎるため、口を閉ざしたのだ。
吸血鬼が恐れる太陽を閉ざす闇を晴らし、自由を得る。ご立派な目標だ。しかし、それにはこの街を支配する吸血鬼達を倒す必要がある。いくら自分がいるとはいえ、表に出られないのならば、人間だけで戦うことを想定しなければならない。
吸血鬼が人間世界に侵攻を開始し始めた時――人間側も当然抵抗はした。小火器、戦車、戦闘機によるミサイル、選管による砲撃や弾道ミサイル。挙句の果てには吸血鬼の能力を人間に模倣させた人間兵器まで製造した。
吸血鬼の肉体、血を体の一部に打ち込み異能を発現させた人間兵器。彼らは戦いによって殆どが死を迎えたが、生き残った者もいる。その生き残りがレジスタンスに所属しているものの彼らだけでは吸血鬼を殺し尽くすことなどできはしない。
絶対的な差が吸血鬼と人間にはあるのだ。
しかし、そんなことを口にすれば、北条の出鼻をくじいてしまうことになる少なくとも前に進もうという気すらなければ、街の開放など夢のまた夢なのだから……。
『(力をつけるのはまだまだ経験も稽古も足りていない。しかし、どこでやる? 街の人間にもレジスタンスの連中にも私の存在を感づかれる訳にはいかん)』
レジスタンスだとばれてしまえば、恐怖に怯える連中に通報されて処刑まっしぐら。レジスタンスの基地には、鍛練用の施設も存在するが、吸血鬼殺しの連中の中で本当の吸血鬼の力を使ってしまった時にはこれまた処刑まっしぐらだ。
以前のように内側にいる自分を引っ張り出すことはできるが、それには大量の同族の血がいる。それも大量に……。
一度使っただけでこれまで地道に溜めてきた分もなくなってしまっている。これからまた溜めなければならないと考えると気が遠くなってしまいそうだ。
北条の訓練、及びその訓練ができる場所。そして、血液の収集。レジスタンスの仕事とはまた別にやることは山積みだ。
レジスタンスへの基地へと向かう北条の様子を見ながら、ルスヴンがひっそりとため息を口にした。
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