07 まじかる機動装備
「バー氏~、機動補助具とARコンタクトレンズに誤動作感はあるっすか?」
「特に誤動作と呼べるほどには無いな。ただ機動補助具は動け過ぎて筋肉疲労が拙い。コンタクトレンズの方は……作戦中での表示データの読み取りが素で辛い。もうちょっと表示デザインから見直してほしいな」
「おっと、手厳しいご意見。じゃあ、もうちょっとバランス調整頑張りますっすか」
基本武装の公開からいきなり忙しくなった。
“こんな事もあろうかと”な装備がポンポンと出され、その装着感のマッチングを何日も続けている途中になる。
機動補助具は海兵時代に似たような装備のテストをした事がある。マスタースレイブ式のパワーアシストスーツで、身体を動かす筋力負荷を軽減して素の肉体を越える長時間の戦闘行動や、アシスト出力を変えて一時的な怪力を出す事も可能とする。
機能自体は電動アシスト自転車のそれと変わらないまま、全身の動きに作用できるよう外骨格型にしただけだ。
「しかし、これ。NASAのやつに随分と似てるな」
「あ、スペースボディ計画の宇宙服っすか? うち、基本設計にちょっと噛んでたっすよ」
「ほう」
NASAで米兵が動物実験役をやるのは伝統のようなもので、俺もその計画のサンプルデータを提供したことがある。
この計画を簡潔に言うと、従来の宇宙服とは違い、素の身体で宇宙の真空状況の活動を可能にしようって感じの……ちょっと新機軸過ぎる代物だった。
人体は短時間ならば宇宙空間での活動も可能なのは周知の事実だ。その短時間の部分を、伸ばす要素を付加していって、潜水服の延長から進化した宇宙服とは別のアプローチのモノをという話だったな。
例えば、真空中での体温調節機能の効率化とか。ゼロ気圧環境で身体の筋膨張抑制拘束サポーターとか。素人の視点じゃ一つ一つの新要素は凄かったが、結局致死率を超える日照耐性や被爆放射線抑止の模索で完成には程遠い印象だった。
「この機動補助具は、無重力環境の自動姿勢アシスト外骨格の基礎設計からの発展型っす」
それは、本来ならば宇宙技術には必要無かった構成要素だったらしい。
なんせ、無重力環境での行動訓練は宇宙活動をする者には必須のものだ。わざわざ機械で補完するものじゃない。しかし、宇宙の宇の字も知らない、観光目的の民間人が宇宙に行く前提の状況なら話は別だ。ゼロG訓練だけでも結構なコストと時間を食うのだし、やはり職業目的の訓練と素人の事故防止目的の訓練じゃ習熟密度の差が激しい。そして、そんな前提じゃ絶対に事故が起きる確率は下げれない。
だから、当人に意識させずに素人の行動を外部から拘束……もとい微調整して最適な姿勢を維持できるよう、外骨格スーツの案が必要になったというわけだ。
「元々は姿勢安定のための基本動作に変更を入れて、定型型の緊急回避動作が何パターンか仕込んであるっす。またバー氏のバイタルに連動してアシスト出力を調整できるようにもしたっすね。失神時には同行者の行動に連動する形のフルアシスト機能。厳しい戦闘時のオーバーアシスト機能。全体的にまだ調整が必要っすけど、現状じゃ致命的にリコール対象ってデータは出てないっすね」
「ふむふむ」
意識を無くしても危険地域からの避難行動がとれるのは助かるな。昔から戦闘時に一番困るのは負傷した仲間の搬送コストだ。怪我を負った者を無理矢理行動させる仕様には疑問もあるが……最悪、埋葬する身体を無事に持ち帰れるだけでも気分は軽くなる。
そして当然のように構成パーツはダンジョン素材に置き換わっているので、総合性能は格段に上がったそうだ。
「とにかく、見た目の嵩が減って重量軽減できるし、駆動全部において燃料問題が激減したのが楽っすね。まるで深海探査機の燃料が海水になった的な変化っすよ~」
ダンジョン内や地上の一部に存在が確認された“魔素”という新粒子。これをエネルギー化する変換技術を確立した事で、日本は世界に先駆けた復興を遂げた。その根幹がオタクの発想という部分には関係者各位微妙な表情を隠さないが、時に天才の発想はそれまでの常軌を逸した発狂ものの場合も珍しくない……のだそうだし。
まぁ、使えるものは使うのが健全な精神とも思うから、凡人の俺が悩んでも無意味な事なんだろう。
「けど魔素ネットワーク利用のARコンタクトレンズの調整は少し……面倒っすね」
「ん、視界内に表示されるフォントや配置の変化程度でいい問題なんだが?」
拡張現実という意味でのAR。機器としての形状は透明ジェル素材のアイパッチを両目に貼るもので、それが視界上の空間に3Dモニターとして機能する。使った感覚や基本設計は旧来のVRゴーグルと同じだが、装着しての戦闘行動の利便性では段違いだ。
俺が指摘した部分としては説明以上のものはない。単に表示される配置が五月蠅すぎるから整理させたいだけなんだが。
「……最初は簡易モニターのつもりでの試作品っすからねぇ。デザインは“妖精さん”任せっすから、まず彼等への召喚アプローチから……」
「……はぁ?」
「んん、どーしったっすバー氏。……ああ、妖精さんってのは魔素環境の天然ネットワーク解析の途中で発見した天然AIの俗称っすよ~」
「ああ、うん。そういう意味か」
一瞬、日本は意思疎通が可能な宇宙人と接触をしたのかと錯覚した。
聞けば、魔素の存在する環境は時折その密度を恣意的に変化させたらしい。それを解析するうちに、魔素その物で構成された初期のAI的な反応を示す存在が確認された。それが“妖精さん”だ。
彼等に特殊な形で情報を提供すると、魔素ネットワーク内に特定の回路を形成する。昔々の、空中放電の電位差だけで特定範囲の空間中に電子回路を生成するいう夢の技術の確立である。
この技術の試行錯誤を経た結果がARコンタクトレンズという形で、正直、開発スタッフも詳細な変換システムは知らないまま、俺の思考に反応した環境情報のデータ表示化を実現したらしい。
「……つまり、変更要項をその……妖精さんに詳しく説明して変えてもらう手間があるというわけか」
「それもあるっすが、常に接待の席のセッティングから始めないとなんすよねぇ~」
……意味がわからん。
「まぁ、要望が俺の仕事だからなぁ。なるだけ改善に繋がるようしてくれ」
「はいっす。……そろそろ菓子のレパートリーも怪しいっすねぇ……。あと地味に甘味地獄が……うぷ」
……意味がわからん。が、任せた。
さて、俺は俺の仕事に戻ろう。
逃亡兵のサイボーグさんが理不尽な日々に愚痴る経緯 がりごーり @10wari-sobako
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