第113話

 風呂から上がり、服を来ていると、ノックがあった。


「才ちゃん、あがった?」

「うん、今着替え終わるところ」

「じゃあ入るね」


 タオルで頭をかき回していると、緋花がすっと入ってきた。その手にはビニール製の手袋をはめている。


「髪の毛乾かすから、少し待っててね」

「え、それくらい自分でやるよ」

「セットするのにドライヤーって大事なの。その代わりタオルでしっかり拭いといて」


 緋花はそう言ってシャワーで浴室を洗い流していく。手に握りしめたビニール袋に、排水溝から引き出した髪の毛の塊を手際よく突っ込んでいく。


 やはり緋花は家事力が高い。あっという間に、入る前よりキレイになってしまった。


「んじゃ乾かすね」


 ビニール手袋をパッと外して、手を洗ったかと思えば、さっとドレイヤーを取り出す。俺の後ろにあった緋花は、さぁドレイヤーをかけるぞというタイミングで、ピタッととまった。


「んー」

「どうした?」

「才ちゃん、ごめん、ちょっと待ってて」


 そういうと緋花は椅子を持ってきて俺を座らせ、髪にドライヤーをかけていく。


「身長、伸びたんだね」

「なにぃ? 聞こえないんだけど!」

「なーんでーもなーい」


 ドライヤーの熱風と轟音が緋花の声をかき消していく。髪をとかす指先の感触が、なんだかとても心地よかった。なんだかウトウトしてしまう。


「はい、できあがり」


 気がつけば、あっという間にヘアセットが終わっていた。


「おお、なんだか、調子乗ってるぽい」

「なに、その感想」


 出来上がりは最高だ。バッチリと立ち上がっていて、いかにも気合が入ってる風味。まるで俺じゃないみたいだ。


「やっぱり、髪の毛って印象変わるんだなぁ。そこらへんにいる人っぽいもん」

「そうだよ、大事なんだから。これでモテ出したりしたら、ウチに感謝して貰わないとね」

「はは、そうだといいけどね。まぁこんな性格だから、モテはしないんだけど」


 俺が自虐で笑いを取ろうとすると、しかし緋花は腰に手を当てて、はぁと溜息をついていた。


 そこにちょうど、琴音が通りかかった。


「あ、琴音ちゃん、ほら見てみて」


 緋花に呼ばれて廊下から顔を出した琴音は、俺のことを見るや否や、手にしたスイカバーを盛大に落としそうになっていた。


「……え、ま、まじ?」

「ね、バッチリイケてるでしょ?」

「うわぁー……まじかぁ……ええ……」

 

 琴音は信じられないものでも見ているようなリアクションで、こちらをまじまじと覗いている。その反応になんだか少し腹がたった。俺たちに内緒でスイカバーを食べているところも実は許せない。


「なんだよ、もっと褒めてくれたって言いじゃんか。そのスイカバー、罰として没収だな!」


 そういって俺はスイカバーを奪うべく手を伸ばした。


「ちょ、ま、やっ……」


 やっと琴音の手を掴んだ――と思ったら、琴音の様子が何か変だった。


「―――――!!」


 琴音は顔を真っ赤にして、目を見開いて、体を強張らせている。

 なんだ? この反応。

 琴音のこんなところ、見た事ない――


「ば、ばぁーか!」

「イテ!」


 次の瞬間、スイカバーのビンタが俺の顔面に炸裂する。


「ひ、人に気安く触んな! この変態もやしちんちんが!!」


 琴音は一瞬しまった、という顔をしたかと思えば、怒りながら廊下を走り去ってしまった。


「おい琴音!」


 俺が廊下に顔をだした頃には、特大の足音を立てながら階段を登っていってしまった。


「――女の子がちんちんとか言うなよ……」

「変態……もやし……ちんち……ぶふ……」


 その背後で、緋花が笑いを堪えていた。


「おお、ここにいたか、才賀」


 そこに、父親が登場した。


「おお、頭、いい感じじゃないか」

「緋花がやってくれたんだ」

「ほおう。素晴らしい。緋花ちゃんは美容師になれるな」


 緋花はおしとやかに照れて、しかしまんざらでもなさそうだ。


「目指してるんだってさ」

「そうか。この腕なら、売れっ子間違いないな」


 親父がそういうと、緋花はありがとうございますとキレイにお辞儀していた。


「それはそうと才賀」


 親父は思い出したかのように真面目な顔になった。


「なに?」

「急なんだけどな、明日帰ることになった」

「明日?」


 予定では、明後日のはずだった。


「ああ、ちょっと仕事でな。俺がいないとまずそうなんだ。悪いけど、そのつもりでいてくれるか?」

「うん、わかったよ」

「じゃあ、頼んだ」


 親父はそう言ってその場を離れていった。


 店舗運営には、色々ある。任せられる人材が育ってきたとしても、やはり頼りになるのは代表だ。今回休みを取れただけども御の字だし、父親には仕事を大切にしてほしい。


「――まぁ、仕事なら仕方ないよな」


 そう言って俺が振り返った時、緋花が見たこともない顔で、立っていた。


「明日……帰っちゃうの?」


 眉間に寄せられた眉と、潤んだ瞳。胸の前で握られた両手。


「そういうことらしい。昨日きたばっかりだってのに、騒がしいよな」


 はは、と笑ってみせるも、緋花の顔が明るくなることはなかった。


「……来年、また来るよ。そんとき、また髪切ってよ。あー、来年とは言わず、次は冬休みか。交通費ちょっと高いけど、こんな凄腕の美容師さんに切ってもらえるなら悪くないかな」


 それでも、緋花はうつむいたままだった。


 まさか、寂しいとか思っているのだろうか? 

 いくら旧友とは言え、昨日再開したばかりの俺に。


「――ねぇ、才ちゃん」


 緋花の手が、俺の手を取った。小さく華奢なその手が、俺の手を包み込んでいく。


 そして緋花は、うつむいたままその額を俺の胸にそっとつけて、小さく言った。


 「今晩、デートしてくれませんか」

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出会い系でもう一度君と出会う物語 ゆあん @ewan

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