うちの神様が「べた慣れ」すぎる

渡瀬 富文

第1話

 「べた慣れ」という言葉をご存じだろうか。

 これは、ペットが飼い主によく懐いている様子を表した言葉だ。

 特に、爬虫類や両生類、鳥類など、しつけや意思の疎通が容易でない生き物の場合に使われているらしい。ネズミ系のような哺乳類に用いることもあるようだ。犬や猫に対しては、あまり一般的な表現ではないかもしれない。


 では、ペットでない爬虫類の場合、この表現は適切なのだろうか。


 私の実家では、昔から白蛇の神様を祀っている。

 由来は詳しく知らないが、子どもの頃からそれが当たり前だった。うちの神様は大きな白蛇なのだ、と言われて育ってきたのだ。

 小学生の時に友達から気味悪がられ、衝撃を受けた思い出がある。以来、誰にも話したことはない。


 そう、シロヘビだ。これがどうやら、私に「べた慣れ」らしい。


 事の起こりは一週間前。夢にシロヘビが現れた。

 その姿は、まさに大蛇。うねうねしていて長さは判然としないが、私の身長の十倍はありそうに見える。胴回りは、私の肩幅より遥かに大きい。しかも、目が真っ赤だ。

 その大蛇の口からシュルリと舌が出た瞬間、私は脱兎のごとく逃げ出そうとした。

 そこで目が覚めた。あまりの恐怖と気持ち悪さに飛び起きたのは、お約束と言えよう。


 そんな、最悪な寝起きだった私の部屋に、どぉんと鎮座ましましていらっしゃったのが、このシロヘビなのである。

 夢の続きかと、自分の頬を抓った私の反応は、決して間違っていないはずだ。


 親元を離れ、現在はひとり暮らし。自分で解決するしかない。

 友人や同僚に相談するなど、それこそ下策だ。ヘビがどれほど嫌われているのかは、小学生の頃に学習済みである。


 困った時は、ネットで検索。

 手元のスマホで調べたところ、大きなヘビは、人を食べることもあるらしい。ワニやウシも丸飲みできると書いてある。


 食べられてはたまらない。

 情報を得た私は、そろりそろりと壁伝いにシロヘビの脇を通り、多大な労力をかけてキッチンへ到着した。こんなに緊張したのは、人生初だと思う。

 とにかく肉を、と、冷凍食品の鶏唐揚をレンジ解凍して献上した。拒否された。

 牛肉なんて高価なものは、もちろんストックしていない。


 その日の夜、奮発して牛肉を献上したのだが、それも拒否されてしまった。特売のアメリカ産はお気に召さないのかと、翌日は泣く泣く国産牛を買ってきたが、やはり食べる様子はない。

 このままでは、私が食べられてしまう。

 丸飲みか。丸ごとでなければダメなのか。牛一頭なんてムリだと絶望していたら、シロヘビが、ぺろりと私の顔を舐めた。気絶した。


 あれからずっと、シロヘビは、私の部屋に居座っている。

 ひとり暮らしの狭いワンルームは、完全に占拠された。ベッドの上だけが、私の生活スペースである。

 どういうわけだか、シロヘビは絶対にベッドへ上がってこない。私の安全地帯だ。


 このシロヘビは、活発に活動するタイプではないらしい。基本的には、ででーんと横たわり、舌をチロチロ出し入れしながら、じっとしている。怠惰な生活で、うらやましい限りだ。

 でも、気まぐれに動くこともある。ずりずりと動かれると、本当に不気味だ。

 ニョロニョロなんて、可愛い動き方ではない。ずるずる、うぞうぞ、ぞろりぞろり。巨体を波打たせ、ゆっくりと移動する。


 ヘビと会話する能力など、あいにく私は持ち合わせていない。だから、シロヘビが何を考えているのかは、サッパリわからない。

 ただ、あの日、完全に意識を手放した私を、シロヘビは食べなかった。それどころか、ぐるりとトグロを巻いた腹の上に私を抱え、顔を擦りよせるようにして一緒に寝ていた。

 その白く輝く大きな顔が、なんだか美しいものに見えて、私は全てを許容してしまったのだ。このシロヘビが、白蛇の神様なのだと、認めてしまった。


 今日も私は、お値下げ品になっていた豚バラ肉をお供えし、シロヘビに向かって手を合わせる。相変わらず、食べる気配はない。

 実家の神棚には、米と水と塩を供えていたけれど、初日のインパクトが強すぎて、今では肉の方が正しい気がしている。

 豚肉なのは、私の経済状況が理由だ。どうせ食べないのだから、牛肉にこだわる必要もないと都合よく判断した。

 そもそも、このシロヘビに牛肉を要求されたことはない。牛を丸飲みにするという情報から、私が牛肉をお供えしていただけだ。


 「神様は、おなか空かないんですか?」


 疑問を口に出すと、シューと応えが返ってくる。

 何と言ったのかはわからないが、神様とはそういうものだ。もともと、会話が成立するような存在ではない。


 床に正座して拝む私を囲むように、うぞうぞとシロヘビが這い始めた。ウロコをザラザラと擦りつけながら、むっちりした体で、私をホールドする。

 その真っ白な体が、ツヤツヤと光を反射して、虹色に輝く。本当に美しい。


 やがて、大きな顔が私の脇をくぐり、膝の上に落ち着いた。

 顔だけなのに、なかなかの重量だ。足がしびれるので、どうか、やめていただきたい。


 そんなシロヘビの、私を見上げる真っ赤な目を見ながら、思うのだ。

 うちの神様が「べた慣れ」すぎる、と。

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うちの神様が「べた慣れ」すぎる 渡瀬 富文 @tofumi

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