ACT.3
茅ヶ崎海岸から少し奥に入った、小高い丘の中に、その教会はあった。近所の人に訊ねたところ、もうかなり古いらしくざっと見積もっても百年は経っているんじゃないかということだった。
赤いレンガの塀に囲まれ、正面には鍛鉄で出来た門が取り付けられてある。
まるで昔の怪奇映画に出てくるドラキュラ伯爵の屋敷だな。俺は思った。
門の脇には教会の名前を書いた札がかけてあるが、文字がかすんでよく読めない。
鍛鉄の門の右手にはインターフォンが取り付けてあり、そのすぐ上に、
”御用のある方はここを押してください”
と札が出ていた。何だかそこだけ新しく見える。
スイッチを押すと、
”はい?”
女性の声が返ってきた
”こちら、〇〇修道会ですね?私東京から来たものです。お訊ねしたいことがありまして”
しばらく間があって、奥の方にあった、やはりレンガ造りの建物のドアが開き、白いベールに長い裾の、典型的なスタイルの尼僧が出てきた。
小さな丸い眼鏡をかけた、六十年配と思われる女性だ。
『どのようなご用件でしょう?』
彼女はこちらの目をまっすぐ見つめ、少し疑わしそうな表情をしている。
俺は
『昨日お電話致しました私立探偵の乾と申します。こちらに篠宮香苗さんがいらっしゃるとお聞きして伺ったのですが』
俺の言葉に
『ああ、そうでしたね。失礼いたしました。どうぞお入りください』そういって門を開けてくれ、俺を中に導き入れてくれた。
庭はかなり広い。
植えてある木々や花壇は、思いのほか丹念に手入れが施されており、掃除も行き届いている。
敷地内の遠くの方で、小さな子供たちの声が聞こえる。
この教会には乳児院が併設されていると聞いていた。
俺は床板が鳴る廊下を歩き、
『面会室』という重い扉の中に招き入れられ、
『ここでお待ちください』と言われた。
流石に女子修道院だけのことはある。
本来は男子禁制なのだが、俺は特別のコネを使ってここまでたどり着いたという訳だ。
(特別のコネとは何だって?)
業務上の秘密だ。
まあ”切れ者女史の手を借りて”
とだけ答えておこう。
俺は出されたハーブティーを飲みながら、簡素な壁に一つだけ掛けられた聖母子像を眺めていた。
しばらくすると、重い木の扉が鈍い音でノックされた。
『どうぞ』
俺は応えて椅子から立ち上がる。
ドアの外に立っていたのは、髪を長く伸ばし、顔の半分を覆い隠した女性だった。
黒いニットのセーターに、同色の足首まで隠れる長いスカート。
アクセサリーも、化粧もない。
一つだけアクセントがあるとすれば、首から下げた銀のロザリオだけだった。
年恰好は恐らく四十代半ば過ぎといったところだろう。
服装や容貌から、陰気な印象は拭えないが、決して醜いとは思えない。
『篠宮香苗さんですね?私立探偵の乾宗十郎と申します』
俺はそう言ってまた
『お掛け下さい』と、椅子を指し示した。
俺が座ると、向かい合うようにして、彼女も座り、そのまま目線を下に落とした。
『篠宮さん、単刀直入に申し上げます。写真家の相馬先生と再会されたいと思いませんか?』
俺の言葉に、彼女は俯いていた顔を上げ、隠していた髪を掻き上げ、そして
『これでも?』と、小さな声で答えた。
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