ACT.2

 行方不明になったと聞いてから、相馬氏はあらゆる手段を使って探した。


 しかしどれこれも徒労に終わった。


『私は今でも彼女のことを諦めきれずにおる。未練がましいと言われればそれまでだが、人生の大半を”いい写真を撮る”そのことだけに傾注してきた身にとっては、これが最初で最後の恋なのだ。お願いだ。乾さん、何とかこの年寄りの依頼、受けて下さらんか?』


『私が原則として結婚と離婚に関する依頼は受け付けないことにしているというのは、ご存じですね?それを承知での事ですか?』


『無論だ。だが他に頼む人間がおらんのだよ。』


 俺は頷き、コーヒーを飲み干すと、カップをテーブルに置き、


『分かりました。引き受けましょう。料金は通常通りで構いません。これが契約書です。一通り目を通されて、納得出来たらサインをお願いします』



 篠宮香苗は、写真集を撮ってから、当然あちこちからひきもきらない誘いが来た。


曰く、


”モデルにならないか”

”女優にならないか”

”歌手にならないか”


 それこそ引きも切らない、という奴だった。


 しかし彼女は一言も語らずに、これらの申し出の一切を断り、また元の”普通のOL”へと戻っていった。

 しかし、一度点いた火というのは、なかなか消えないものだ。

 まして彼女の場合、”あれだけの”写真集”のモデルになったのだから、あることないこと、心ないスキャンダルが駆け巡り、彼女はどこに行っても、羨望と好奇と、そして嫉妬の目に晒されるようになった。


 しかし、本当の彼女は地味で目立たない。どこにでもいる普通の女性だった。


 早くに父親に死に別れ、高校まで育ててくれた母親も亡くなり、他に身寄りのない彼女は、生まれながらに病弱な弟を抱えて、何とか働かねばならなかった。


 然しながら高卒で女性が働いたところで、大した収入が得られるわけでもない。


 そんな時、友人の紹介で相馬氏のモデル募集の話を知り、最初は躊躇したものの、高額の報酬が約束されることを知り、応募したというわけである。


 だから、撮影が終わった後、彼女はそれを持って有名になろうという気持ちはまったくなかった。また元の通りに暮らせればそれでいい。


 しかし一度世に出たものは取り消すことが出来ない。


 彼女は弟を伴って姿を消した。

 それっきり行方は全く知れない。


 アカネプロダクションの社長も、彼女のその後については全く分からないという。


 しかし、俺は探偵だ。


 分からないじゃすまない。


 請け負った以上はどんなことをしても見つけ出すのが仕事だ。


 どんなに糸が細くっても、手繰り寄せねばならない。

 そうして根気よく手繰っているうちに、ある手掛かりをつかんだ。


 知り合いの芸能記者から仕入れた情報だ。


 何でも彼女は撮影が終わって間もなく、一人の男性から思いを寄せられていたという。


 彼女の方も憎からず思っていたのだが、その女には婚約者がいた。


 女の嫉妬ってやつは恐ろしい。


 婚約者は複数の男性を使って、彼女にひどい制裁を加えたのである。


 それがあったのち、彼女は世間から身を隠したというのだ。


『しかし、妙だな』

 俺はその芸能記者に訊ねた。


『それが本当なら一種のスキャンダルだ。それどころか刑事事件にもなってもおかしくない。にもかかわらず・・・・』


 俺の疑問に、芸能記者は、わかってんだろう、つまらんことを聞くな、とでもいいたげな顔付で答えた。


『ウラがあるのさ。ウラが・・・・』

 

 彼はそこまで言うと、

”ここから後は自分で調べろよ。あんたも探偵なんだろ?”と、口を閉ざして何も喋ろうとしなくなった。


 まあ、”ウラ”って言葉から、大方想像はつくがね。








 


 

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