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 年末はひとり、実家へ帰った。就職の報告をし、あとは怠惰に過ごす。築三十年を越えるこの家は居間の端へ行けば行くほどに凍えるような寒さとなり、ファンヒーターもほとんど役に立っていなかった。いつからこんなに薄汚くなってしまったのだろうかと思う。記憶の中にある実家はいつも温かみに満ちていて、笑いの絶えない家庭だったはずだ。もう半分くらい、ここはわたしの過ごしてきた場所とは違ってきてしまっているのかもしれなかった。外も含めて大半のものが色褪せて見えた。


 十二月三十日から明けて二〇〇九年の一月三日まで何もしない日々を過ごしたあと、母の車で高速バスの停留所まで送ってもらう。帰り際、母が「仕事が辛くなったらいつでも帰ってきてええんやからね。いつでもすぐ迎えに行くんやからね」と言った。わたしは、「もう大人やから。大丈夫やよ」と返した。この人だけは本当に何も変わっていない。わたしはそのことに不思議な安心感を覚えた。大学入学時に感じた怒りはすでにわたしの中で消失し、あの気持ちを思い出すこともできない。




 二月になって、大学の卒業は確定した。わたしが担当していた特進コースの生徒たちは、最終的には宮田先生の言う通り半分の生徒に花が咲き、もう半分の生徒も難関私立に合格した。納得のいく結果ではなかったけれど達成感はたしかなものだったし、生徒と喜びを分かち合った瞬間は他のすべてのことを一時的とはいえ忘れさせるほどにわたしを感動させた。宮田先生からは「来年度も頼むわね」と言われた。わたしは曖昧な笑みを浮かべて、「精進します」と答えた。正直、その時までわたしが保たれる自信はすでになかった。わたしは相変わらず、休日は女性の姿で出かけていた。一度だけ川口から「卒業前に飲みに行かないか?」とメールが来たけれど、無視した。わたしはもう、浅い縁で結ばれた大学の級友たちとは絶対に会わない。卒業式も出る気はない。


 休日が待ち遠しかった。ほとんどいつも、何を着て出かけるかとか今度はどんな服を買おうかとか、どこでお茶をしようかとか、そんなことばかり考えている。先週は上野恩賜公園へ出かけ、寒桜と梅を見た。春を先取りしたような暖かさだったので、ストライプ柄のシャツに花柄のスカートを着た上で薄手のライトグレーのトレンチコートを羽織った。空は鋭い青色で二十三区の只中にあるというのにやけに透き通っている。この瞬間にこの場所だけを切り取れば、東京は静謐な自然にあふれた楽園に見えそうだった。わたしと夏海の関係を置き去りにして、春は間近に迫っていた。


 本当にいろいろなところへひとりで出かけた。ひとりだというのに充実した日々だった。それに比例して、わたしは男性のスーツを着ると吐き気を催すことが増えた。実際に吐くことも多い。この症状は昨年の十一月頃には既に現れていたけれど、最近はとみに多い。授業をしている時や集中している時は特に問題なかった。ただ、家でスーツを着る時や、トイレから手を洗う時に鏡を見た瞬間などに突発的にそれは起こった。校舎のトイレは生徒との共有で躊躇われるし、いつかのコンビニで店員に目をつけられるのも厳しい。必然、駅まで走って公衆トイレで吐くことが多くなる。汚らしい男子トイレで、わたしは吐き気が収まるまで吐き続ける。吐くことにも慣れはあるもので、胃の内容物が全て無くなるのが感覚で分かるようになった。吐瀉物にはわたしのこころも含まれていて、日々幅を広げ続けるこころと反対に行き場をなくす身体との均衡はこの行為によって一応の安定を得ている。ただ、スーツへの拒否反応はわたしの深いところに根ざしており、それを自力でとめることはもうほとんど不可能なようにわたしには思われた。それでもわたしはアルバイトを続けた。あと一ヶ月もすれば、正社員として務めるようになる。


 あの日を最後に、わたしは夏海に会っていない。せめてメールは来ないかと、夜寝る間際まで携帯を脇に置いているけれど、着信のバイブレーションは一回も鳴らなかった。逆にわたしから送ろうと思ったメールが、下書きボックスへひたすらに溜まっていく。叩きつけたわたしのことばは行き場を失い、携帯というよくわからないブラックボックスの中へと蓄積される。そのうち携帯は意思をもってわたしのように振る舞い出すかもしれない。そんな風に考えた自分が滑稽だった。




 三月下旬、東京に雪が降った。寒の戻りには過ぎるくらいに寒く、雨が降ったり止んだりと不規則な天候だった。家でひとしきり吐いたあと、駅前の松屋で牛めしを大盛りで食べてアルバイトへ向かう。校舎の前に佇む、先週開花宣言のあったソメイヨシノは七分咲きなのに既に花を散らしている。うっすらと濡れた地面に張り付いている花びらを無感動な瞳で捉えた。意図せず花を散らした桜は何も語らない。ふと、その花びらに雪が重なった。空を見上げると、雲の切れ目に晴れ空が見える中、雪がちらちらと舞っていた。


 その日の帰りの電車の中、携帯を開いたらメールが一通届いていた。夏海からだった。わたしはすぐに開けなかった。一度躊躇してしまうと、なかなか踏み出すことができない。およそ四ヶ月ぶりのメールを電車の中で開くのは失礼だと決めつけて、わたしは帰路を急いだ。


 家に着いてから全てのルーティンワークをこなしたあとに、わたしはやっとメールを開いた。




 ――裕也さん


 今日、雪が降りました。私は雪が嫌いです。好きか嫌いかでいえば、嫌いです。札幌を思い出すから。


 裕也さんが語った幸せのことをずっと、ずっと考えていました。私はあなたが好きです。性同一性障害というものについてもいろいろ調べました。今は性別も変更することができるんですね。驚きです。あなたの語った生き方は真っ当な方法ではないかもしれないけれど、それこそ人の考える性というものはいろいろなものがあると思います。そういう生き方もまた、多様なもののひとつの中には含まれるのかもしれません。


 ねえ裕也さん。私もあなたとの子供を産みたい。私とあなたの遺伝子が混ざり合った子供という存在を、生涯愛して生きたい。それを女の望みと片付けてしまうことは簡単かもしれませんが、少なくとも私はそういう将来のことを考えるだけで心がやわらかくなったし、眠れない夜にあなたの手が、あなたの声が与えてくれた安らぎと同じもののように思います。


 でもね、裕也さん、あなたが本当に性同一性障害なら(もちろん、私はあなたがそうだと思っています。私は裕也さんを信じているから)、子供を産んだ後、絶対にホルモン療法を始めるでしょう? そして性別適合手術に向かうはずです。それはもう、既定路線だと思います。私はね、男性のあなたが好きなの。大好きなの。もしかしたら、日頃女性の姿でいることは許せるかもしれない。当たり前にできるかもしれない。だって、セックスがあるから。あなたの身体を存分に感じることができるから。それすらも奪われたら、私はダメです。私は裕也さんという人となりを好きになったんだと思う。でも、その中には男性だということも含まれているんです。そうでなくなった裕也さんを、それでも愛し続けていける自信は、私にはありません。


 ひとつ、伝えないといけないことがあります。私は、裕也さんが女性の格好をしているということを、知っていました。わたしが好きだったお店の店員をしているリコさんが教えてくれました。あの人はもしかしたらなつみさんの彼氏かもしれないって。断っておきますが、リコさんは悪くありません。だからリコさんを責めるのは間違っています。それは理解してください。信じています。


 あなたの服装を聞いて、私はゾッとしました。あれは、私の服ですよね? あなたはいつもそうやって、私と出かける時、私が服やアクセサリーを選んでいるのを隣で見ていた時、それらを私に似合うかどうかではなく、自分に似合うかどうかで考えていたんですか? それはとてもひどい行為です。裏切りです。私はこの点について、あなたを許すことはできません。


 それでも、もしただの気の迷いで、たとえば女装をしてみたかったとかなら、私はこの気持ちをしまい込んだまま、あなたと生きていくことができたかもしれません。ファッションは多様です。男性のままそういうことを嗜む人がいるってことは私も知っています。私はそれを否定しません。だから、黙っていました。あなたが言い出さなければ、私から話すつもりはありませんでした。許せないけど、抱え込むことはできるって信じていました。


 でもね、今は、もうダメです。あなたが女性だというならば、私はそれを許せない。私はあなたとの将来を信じられない。私はもっと、普通の幸せが欲しい。


 私はあなたが憎い。汚らわしい。私と一緒に過ごした一年と少しの時間を取り戻せるのなら、私はやり直したい。あなたと過ごした時間は、私の中で汚点でしかありません。


 私の服や靴は全て捨ててください。私はもう、ああいうファッションはできないと思います。そうすれば、私はあなたとの報われなかった経験を鮮明に思い出してしまうに違いないから。


 それでも、私は裕也さんが大好きです。だから私の前にはもう絶対に現れないでください。私は私の好きな裕也さんにはもう会いたくありません。絶対に、会いたくないです。できるならこの世界から、私の好きだった裕也さんという存在を消しさってください。それだけが、私の願いです。




 わたしはよろよろと立ち上がって、窓を開けた。雪は降っていない。そのことに少しだけ安心した。夜風はむしろ昼間より暖かかった。生ぬるい風はひんやりとしていた部屋にゆるりと広がり、部屋は春で満たされた。


 悲しみはなかった。正確にいえば、悲しみを感じる状態にまで心は追いついてこなかった。心のさらに奥底にぐちゃぐちゃとした感情の渦巻きが暴れ狂っていることはわかる。でもそれが心の上層にまで上がって来ず、結果としておかしなくらい静かだった。


 次の日からずっと、わたしは会社を休んだ。行こうとしたけれど、こころがそれを拒んでどうにもならなかった。まだ夜も明けないうちに目を覚ますと、わたしはコンビニへその日に食べるものを買いに行く。それから部屋に戻ると、いつかの夏海のように毛布を被って、冷房を全開にし、ソファに座ってテレビを眺めた。窓も開けず、カーテンも締め切ったまま。そうすると、外界から完全に遮断されたような錯覚を覚える。テレビの中の出来事は実態感を伴わず、それが返って断絶を深めていた。シャワーも浴びず、眠たくなったら寝る。そうするうちに、ぐちゃぐちゃした感情は少しずつ解きほぐされた。


 夏海の独りよがりな決断への怒りで打ち震えた。


 夏海が理解してくれなかったことへの悲しみで沈み込んだ。


 夏海へのとめどない愛情で声をあげひたすらに泣いた。


 わたしの中途半端さへの後悔で心が潰れそうになった。


 それでも最後には、夏海への感謝で胸がいっぱいになった。その自分勝手な情動をわたしは絶対に忘れない。




 三月の最終日に、わたしは部屋にあるおよそ全てのものを、生きるために必要なものだけを残して、ひとつひとつを丁寧にゴミ袋へ詰めて、捨て去った。粗大ゴミや電化製品は業者に引き取ってもらった。


 衣服はスウェットと女性もののショーツにタンクトップを新たに買い直した。


 それから、アルバイト先の人事に退職したい旨を伝えた。わたしが性同一性障害であることを正直に言った上で、たとえ受け入れてもらえたとしても勤める意思がないことを説明する。


 わたしはほとんど何もなくなった部屋で、ひとり佇んだ。それから窓を開けた。清々しいほどの晴天に、朗らかな太陽の光が部屋を包み込む。窓の外を眺めると、散りかけてすでに緑が芽吹き始めている桜の木が目に飛び込んだ。わたしはその視線の先に桜が植わっていたことを、四年越しに初めて知った。その景色を心に刻みながら、夏海とやりとりしたメールの全てと夏海の連絡先を携帯から消去する。


 わたしは部屋をぐるりと見渡してから、母へと電話した。


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