第47話

 ベルゼが死んで、何かが大きく変わった――なんてことはない。だけど、もしもベルゼがサアラを殺していたら、世界は大きく変わっていたに違いない。それも悪い方に。


 ベルゼが聖王国の国王であるライデル様を殺したので、次期国王として弟であるエイベル様が即位した。


 国王となったことで――権力を手に入れたことで――人間性が大きく変わってしまう人も多々いる中で、エイベル様は前とまったくと言っていいほどに変わらなかった。


 エイベル様が国王として有能なのか、それとも無能なのかは、数十年経たないとわからないと思うけれど、今のところはとても有能で、国民からの支持も厚い。


 エイベル様は他国と和平を結んだ。戦争をしなくなって、他国を侵略しようとすることもなくなった。

 これがいいことなのか悪いことなのかは、人によって変わると思うけれど、僕はいいことだと思う。


 もちろん、和平は魔王国とも結ばれた。両国は今のところ、良好な関係を保ち続けている。この関係がずっと続けばいいな、と僕は思っている。


 勇者パーティー四人(エイミ、アラン、エレナ、ライル)は、聖王国の各地で様々な悪行を行ったので、今でも悪いうわさ話が、尾ひれがついて流れている。


 一応、僕も勇者パーティーの一員だったのだけど、僕の存在はまったく知られていない。噂話にも僕の名前は出てきていない。ほんの少しだけ寂しいような気がしないでもないけれど、まあよかったかなとは思っている。


 僕はあれから魔王国で暮らしている。


 今では魔王国に住むヒューマンも結構多い。魔王国に住んでいるヒューマンは、魔族に対して好意的な感情を持っているので、諍いなんかもほとんどなく、すこぶる平和だ。

 平和なのはいいことだ。


 さて。

 僕は24歳になった。

 それはつまり、あれから10年が経ったっていうこと。


 子供だった僕は、今では立派――かどうかは微妙なところだけど――な大人になった。身長は30センチ以上伸びて、体もがっしりと大人らしくなった。


 魔法や戦闘は人並み程度にはできるけれど、もともとの才能がないからか、並み以上にはいかない。人には向き不向きがあるのだから、しょうがない。そう思ってあきらめることにした。


 僕は今、サアラの補佐をしている。役職名は魔王補佐官。でも、どちらかというと、サアラに助けられることのほうが多い。情けない話だ。


 補佐官は僕以外にもう一人いて、彼女も僕と同じくヒューマンだ。彼女の名前はシリル。そう、ロロンの町にいたときに泊まっていた宿『黄金の宿亭』の従業員だったシリルさんだ。


 シリルさんはサアラが魔王国に戻ってから少しして、黄金の宿亭をやめた。その後、サアラが魔王国の女王であることを知り、魔王国へと向かった。


 そして、様々な伝手を使って(どうやったんだろう?)、サアラとコンタクトを取り、サアラのもとで働きたい旨を伝えた。


 で、僕と同職に就いたというわけだ。


 シリルさんの仕事ぶりは凄まじく、僕の補佐官としての仕事はほとんどない。それどころか、シリルさんは僕の補佐までしてくれる。恐ろしいまでに有能だ。


 今朝も僕たちがぐっすりと眠っていると、フォーマルな服をきっちりと着こなしたシリルさんが、起こしに来てくれた。


「お二人も。朝ですよ」

「ん? んんー……」


 サアラが眠たそうな顔をしながら起き上がって、大きく伸びをした。


 今のサアラは僕と出会った頃のように、変装――少女の姿――をしていない。僕は少女の姿をしたサアラも好きだったのだけど、


『今のそなたは立派な大人だろう? ならば、妾も大人の姿でなければ釣り合いが取れんだろう』


 などと言った。


『ん? もしかして、そなた……。少女姿の妾に欲情しているのではあるまいな』


 ロリータコンプレックス疑惑をかけられて、僕は慌てて首を振ったのだった。


 僕とサアラはダブルサイズのベッドで一緒に寝ている。


 この10年の間に、僕とサアラの関係性は大きく変化していた。かつては友達――と少なくとも僕は思っていた――だったけれど、やがて恋人になり、今では結婚して夫婦となっている。まだ子供はいないけれど、いつかはつくるかもしれない。


 僕も起きた。


「本日の予定は午前9時から――」


 スケジュールを聞きながら、僕とサアラは着替えた。


 目の前にシリルさんがいるけれど、気にしない。シリルさんは僕がパンツ一枚でも、まったく気にしない。なので、僕も気にしないようにしている。


「朝食の準備は既にできております」

「ん。ありがとう」サアラは言った。

「エドは私とともにスケジュールの確認を」

「わかりました」


 同じ補佐官なので、シリルさんは僕のことを『エド』と呼ぶようになった。


 僕は『シリル』と呼んだり、『シリルさん』と呼んだり……。年上なのだから、さん付けでも別に構わないだろう。


 サアラはシリルさんや料理人が作った朝食をのんびりと食べ、僕はシリルさんが作ってくれたサンドイッチをぱくつきながら、シリルさんとスケジュール確認。


 忙しいな、と思うけれど、シリルさんは僕の何倍も仕事をこなしている。尊敬の念を抱かずにはいられない。


「聞いていますか、エド?」

「はい。もちろんです、シリルさん」


 僕が頷くと、シリルさんは微苦笑しながら、


「同僚なんですから、さん付けはしなくて構わないですよ」

「でも、年上ですし」

「それはそうですが……」

「それを言ったら、シリルさんも僕にそんな堅苦しい敬語を使わなくてもいいんですよ」

「これは癖と言いますか……」


 この言葉遣いは、黄金の宿亭時代に染み付いたものなのだろう。


「エド。私が今説明した、本日のスケジュールを復唱してみてください」


 僕はところどころつっかえながらも、なんとかスケジュールを復唱した。


「ぎりぎり及第点といったところでしょうか」


 シリルさんは微笑んだ。


「では、サアラ様のところへと向かいましょう」

「はい」


 ◇


 魔王の仕事量はかなりのものだ。

 サアラの話によると、昔はここまでの仕事量ではなかったらしい。


 なるほど。多忙だったら、魔王が変装して聖王国にやってきて暮らしたりはしないだろう。


 聖王国などいくつかの国と和平を結んでから、仕事量がぐっと増えたらしい。


 ベルゼがライデル様を殺さなかったら――ベルゼとライデル様が手を組まなかったら――エイベル様が国王の座に就くこともなかった。


 聖王国の国王が今もライデル様だったら、(悪い意味で)もう少し違う世界になっていたのかもしれない。

 そう考えると、ある意味ではライデル様は世界を変革してくれたと言える。……自らの命を犠牲にして。


 それはベルゼにも言えることで、彼が好き勝手してライデル様を殺してくれたので、世界はほんの少しだけ平和になったのだ。


「あー……」


 サアラは疲れたのか、首を回した。ぽきぽきと音が鳴る。


「次は何だったか……昼食か?」

「いえ。その前にエイベル様に会っていただきます」

「やれやれ」サアラはため息をついた。「魔王の座を誰かに譲ろうかな?」

「ご冗談を」

「こんなに忙しくなるのなら、ベルゼに魔王の座をを譲ってやってもよかったな」


 サアラのジョークに、シリルさんはほんの少しだけ口角をあげて、


「ご冗談を」


 と言った。


 ◇


 夜。

 スケジュールをすべてこなしたサアラと僕は、自室のバルコニーで夜空を眺めながら酒を飲んだ。なかなかロマンティックなシチュエーションだ。


「この10年はあっという間だったな」


 手すりにもたれかかって、サアラは言う。


「そうだね。あっという間だった」


 僕も同じように手すりにもたれて、ワインを飲んだ。


「10年前……確か、ロロンの冒険者ギルドにある酒場で妾とそなたは出会ったんだったな」

「懐かしいね」


 僕はワインを一口飲んで、


「あの日、あの場所に行かなかったら、僕はサアラに出会えなかった。そう考えると、運命じみたものを感じるね」

「そなた、酔っているな」

「少し」僕は言った。「サアラは?」

「ほんの少しだけ」

「もしも、あのときあの酒場に行かなかったら、僕はどんな人生を歩んでいたんだろう?」

「さあな」サアラは言った。「ifなんて考えるだけ無駄だ。人生に『もしも』なんてないんだ。起こったことはどれも必然。起こるべくして起こったのだ」

「僕とサアラが出会ったのも――必然?」

「必然。そうなる運命だったんだ」

「……サアラ、結構酔ってるんじゃないの?」

「そなたこそ」サアラは微笑んだ。「明日も早い。もうそろそろ寝るぞ」


 僕とサアラは寝るための準備をして、ベッドに入った。すぐに眠りについたサアラを眺めながら、僕はこの10年間のことを思い返した。


 サアラの言った通り、すべては必然なのだろう。

 だけど、やはり思わずにはいられない。


 もしも、僕があの日酒場に行こうと思わなかったら。

 もしも、サアラが酒場に訪れなかったら。


 それぞれ、違う人生があったはずだ。


 そう思うと、今僕がここにいるのは必然というよりも、奇跡のように思える。


 そこでふと、ギフトについて思い出す。僕のギフト『強運』。効力を実感したことはあまりないけれど、もしかしたらこのギフトが、僕をここまで導いてくれたのかもしれない。なーんて……。


 寝よう。明日も早い。


 明日も明後日も明々後日も。


 僕の人生は続いていく。


 そして、その隣にはサアラがいる。


 その幸せを噛みしめながら、僕は眠りにつくのだった――。

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幼馴染たち勇者パーティーにパワハラされた僕は魔王サイドに寝返った 青水 @Aomizu

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