第46話
そして――。
体を貫いた。
しかし、体を貫かれたのはエドではなかった。
「うっ……」
エイミの腹を、ベルゼの腕が貫いていた。
「ど、どうして……?」
エドは呆然として尋ねる。
しかし、エイミはそれには答えず、
「早くそいつに止めを刺しなさいっ!」
腕を引き抜こうとするベルゼを抑えながら、エイミは叫んだ。
エドは地面に落ちているエイミの剣を拾った。
ベルゼが力づくでエイミを投げ飛ばし、再度エドを殺そうと試みる。
ベルゼが五体満足、怪我のない状態なら、エドに勝ち目は万に一つもなかっただろう。しかし、今のベルゼは満身創痍。万に一つくらいは、勝ち目がある――。
ベルゼのすぐ前に窪みがあった。サアラとの戦闘で、地面はでこぼこの状態になっていた。彼の右足がその窪みに引っかかった。
「ぬっ……」
ベルゼが体勢を崩した。体が前かがみに、転びそうになる。左脚で何とか踏ん張ろうとする。しかし、うまく力が入らない。
前方を――エドを見る。
エドは剣を両手で握り、掬い上げるように、左下から斜めに斬り上げた。その一撃は本来ならば外れていただろう。しかし、ベルゼが体勢を崩したことによって、剣の軌道上に入った。
剣がゆっくりと自らに迫る。しかし、今のベルゼには避けることができない。あと一秒もしないうちに、剣はベルゼの首を刎ね飛ばすだろう。
一瞬が、とてつもなく長く感じる。
今まで味わったことのない感覚、経験。
走馬灯のように、ベルゼの人生が映像となって再生される。
楽しかったこと、苦しかったこと、悲しかったこと……。
自らの人生を改めて振り返ってみると、当時とはまったく違った感想を持つことが多々あった。
前にサアラと戦った時、自分は負けていない、引き分けたと思っていた。今思えば、あれはどう考えても自分の負けだった。
どうして、引き分けだと思ったのだろう?
それは多分、敗北を認めることができなかったからだ。敗北を認めることができないのは、自らの弱さだ。現実を直視せず、自分にとって都合がいいように書き換える。
死の間際になって、自分はほんの少しだけ成長できたのかもしれない。
そう思った。
剣がベルゼの首に食い込んだ。
痛みはない。しかし、恐怖はある。
初めて死を意識した。ベルゼという存在がこの世から消失する。恐怖だ。恐怖でしかない。死にたくない……。
しかも、だ。自分はサアラに殺されるのではない。エドという、大した能力のないザコヒューマンに止めを刺されるのだ。
なんという屈辱。
こんなどうしようもない形で、俺の人生は終わってしまうのか? 嫌だ。嫌だっ! 俺はまだ魔王になっていないっ! 父がなることができなかった魔王になると、俺はそう誓ったんだ!
だから、だから――。
お願いだ。助けてくれ。
たくさんの命乞いを聞いてきた。しかし、命乞いをするのは初めてだった。いや、そのセリフを発しようとするも、そんな時間はベルゼには残されていない。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくな――
プツッ。ブラックアウト。
ベルゼの首が刎ね飛ばされた。
◇
ベルゼは死んだ。
それは間違いない、はず……。
ベルゼがいくら強いといっても、首を刎ね飛ばされたらさすがに死ぬはずだ。まさか僕が止めを刺すことになるなんてなあ……。
僕は腹を貫かれたエイミのもとへと走った。
どうして、エイミは僕を庇ったんだろう? 不思議で不思議でしょうがなかった。幼馴染とはいえ、エイミは僕に対して好意をほんの少しも持っていなかったはずだ。本当にどうしてだろう?
「エイミ」
「エド……ベルゼは?」
「死んだよ」
「あっ、そう……」
「ねえ、エイミ」
「何よ?」
「どうして、僕を庇ったの?」
僕の質問に、エイミは答えない。
それは無視をしてるわけじゃなくて、考えているからだろう。質問の答えを。あるいは、どういった回答をしようか考えているのか。
やがて……。
「わかんない」
ぽつりと、小さな声でエイミは言った。
「わかんない。ほんとにわかんない。どうしてこのあたしが、あんたみたいな無能を庇ったりしたんだろ……。魔でも差したのかしら? こんな形で死ぬなんて、ね……」
「……」
「今まで、悪いことはたくさんやってきたけど、良いことをした覚えはなかったから、たまには人助けみたいなことでもしたかったのかな? あー……ほんっと、あたしらしくない」
「……助けてくれてありがとう、エイミ」
僕が礼を言うと、エイミはきょとんとした後、不機嫌そうに顔をしかめた。
「なんで感謝するのよ? つーか、感謝なんてしなくていいわ、気持ち悪い。あたしは今まであんたに対して……ひどいことばっかしてきたんだから、感謝なんてせずに嘲笑いなさいよ……」
サアラが僕たちもとへとやってきた。顔色が悪い。
「エド!」
「僕は大丈夫」
「そうか」
サアラは死にかけのエイミを見て、
「そなたは今までエドに対して散々な扱いをしてきた。だから、妾はそなたが嫌いだ。だがな、今エドをかばってくれたことに関しては、その……礼を言おう。ありがとう」
「礼なんて……言うな。ばーか……」
照れ隠しなのか悪態をついたエイミは、やはり不機嫌そうな顔をして目を閉じた。もう何も言わなかった。
どうしてエイミが僕を庇ったのか、結局最後までわからなかった。エイミ本人も『わからない』『魔が差した』と言っているので、やはり理由なんてものはないのかもしれない。
人間の感情や行動は、時には不可解、不自然、理解不能だったりするので、考えても仕方がない。だけど、僕はすごく不思議だった。
エイミは人生の最後で、少しだけ考え方を改めたのかもしれない。今までの人生を反省したのかもしれない。
そう思ったけれど、あのエイミの性格が変わるだなんて、幼馴染の僕からしたら信じがたい。
どうしてエイミが僕を庇ったのか。
それはきっと、永遠に解き明かされない謎なんだ。
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