あの人の代わりの私が照らす




頼りない外灯に照らし出された砂漠の小さな町にある酒場。私は呼び鈴を鳴らしながら酒場のドアを開く。私の姿に気づくマスター。店の中にいた何人かの客がこちらを振り返って口々に喋り出す。

「いらっしゃい、また来たんですねお客さん。」

「随分ここが気に入ってんだな兄ちゃん。」

「いつもはいろんな場所ふらふらしているんだろ?」

「この店、そんなに居心地いいか?よかったなぁマスター。」

「お客さん、また頼んでもいいですか。」

「今日も持ってんだろ、あの楽器。」

しばらくして、薄暗い店内に弦楽器の音と私の歌が聞こえだす。

「……やっぱりいいよなこの人の演奏は…。」

「あぁ、まるで太陽みたいだ…暖かく俺たちを照らしたいた頃のな。」


数年前。この世界の太陽が落ちた。たちまち辺りは火の海になり、何もかもが焼けた。いくらかの人間や生物は生き残ったが、絶望的な状況だった。全ての生物が協力し合いどうにか生活を立て直し今に至る。大きな光の無くなった空は無数の星が瞬き、最低限の明かりを届ける。月が出る時間になれば少しだけ明るくなるが、基本炎や電灯に頼りきりの生活だった。中には墜ちた太陽の欠片をランタンに詰めて灯りの代わりにする者もいた。太陽の欠片は柔らかいオレンジ色の光を放ちながらほんのりと周囲が暖かくなる。明かりには重宝された。太陽の光がないせいで大地は荒れ果て、荒野、山岳、砂漠…どこもかしこも、ほとんど小さな植物しか生えていない状態だった。酒場のある町を出た私が、前に歩を進めると、さらさらと足元に音がひろがる。たいていどこも同じような光景だ。ある場所には再生された小さな森があったりする。発展し直した街も最近は増えてきた。私は適当に街と街を行き来しながら、はたまた山岳の洞窟で寝泊まりしながら、様々な景色を見てきた。たいていどこも色褪せたような寂しい砂の色だけが私の目に映った。

私は自分がどうして旅を始めたか、きっかけは覚えていない。あの日の事を覚えているから私は生き残った人間の一人なのだと思う。いつしか弦楽器を背負い、最低限の荷物とたくさんの太陽の欠片の詰まったランタンを下げてふらふらと旅を続けていた。ランタンの光は消えること無くずっと輝いている。一定の時間経つと、太陽の欠片はエネルギーを無くし光らなくなると噂には聞くが、私の持っているものは、それこそあの日から輝き続けている。宛もなく歩き、立ち寄った街の酒場で弦楽器を奏でる。少量のチップをもらい、日が昇ることは無いが次の日になればまた行きたい方へ、風のままに適当に歩き出す。酒場があればまた立ち寄って弦楽器を奏でる、小さな村があれば広場に人を集めて歌う。私が弦楽器で奏で、時には歌うのは「タイヨウノウタ」と呼ばれる曲だ。はるか昔からこの世界に伝えられている曲で、空に輝く恵みの太陽を昔の詩人が歌ったものだ。他にも知っている曲はあるが基本これをやる。太陽が空に無いことは既に日常になってしまった。あの日の後に生まれた人にとってはそれが「普通」であり、最近では「太陽」という存在を知らない子供までいる。しかしあの日生き残り今生きている人にとっては光り輝き私たちを照らすあの姿は忘れられないものだった。ふと空を見上げても塗りつぶしたキャンバスのような一面の黒と、無数の星しか見えない。月が出ていれば一興だが、この世界の月はどうやって輝いているのだろうか。普通、太陽の光を受けて輝く月であるが、あの月はこの世界の太陽が落ちたあともまるで自ら光を放つように輝いているのであった。


カシャン。と、足元で音がした。腰にぶら下げていたランタンが落ちた音だった。中に詰めていた太陽の欠片は辺りに散らばり、色褪せた砂に暖かな色をばらまいた。ほわんほわんと輝き、砂漠の寒い空気を心なしか暖める。

「あの日と、同じですね。」

屈んで太陽の欠片を拾い集めているといつの間にかそばに人がいた。こちらを見つめる顔は不健康そうな灰色の肌だ。この世界では「普通」の肌色だ。太陽がないから外で遊んでも肌は焼けない。日に焼けて健康そうで暖かな肌色は、とりわけ私のような褐色の肌は珍しい。たいていの場合あの日を生きた人間である。

「あなたも、あの日を、生きた人、ですか。」

私の肌の色を見てか、そう問いかけてきた。この人が女性なのか男性なのかわからない、透き通るような声で私が喋り出すよりも早く問う。ゆるく一つに束ねた銀色の髪が散らばった太陽の欠片の暖かな光を受けて煌めく。容姿からも性別の判断がつかない。この人は、いったいなんなんだ。

「あの日も、太陽は、空から、落ちて、離れ離れになりました。」

文節毎にゆっくりと切って喋るのは癖だろうか。私の耳に順番に聞こえてくる声はどこか物悲しい。けれど曲げられない意思がある事がどこからか伝わる。私が返事をせずともこの人は話し続けるらしい。

「あなたのように、この小さな欠片を、ランプに詰めて、暗い世界を、照らすのに、使う人は、たくさん、いますね。小さな欠片でも、あの人の、片割れ。集めれば、大きな明かりになる。空から光は、降り注ぐことは、もうないけれど。自ら光る月は、あの人の、代わり。照らして、暗い世界を。」

私はハッとする。歌い慣れた「タイヨウノウタ」の一節が含まれていることに気づいた。この人がどうしてあの歌を知っているのか、その事について言及しようと開いた私の口は驚きによってすぐに閉じられる。

この人は太陽の欠片を食べた。

人が食事をするように、さも当たり前のように、私のランタンから散らばった太陽のかけらを拾い、口の中に入れ音もたてずにもぐもぐと食べた。飲み込むと、この人の体はまるで大きな光を反射するように光り輝き、そして消えた。


「あの人の、暖かさは、ずっと。わたしが、代わりに。照らして。」

 誰もいない砂漠に先ほどの声がしたかと思うと、すぐに静寂が私を包む。今の人は一体何だったのだろうか。普通の人間でないことは私にもよくわかる。かといって明らかに人間ではないと否定することは私にはできなかった。人間味を感じることのできる、物悲し気な表情。太陽のかけらを見つめて伏せた目は、感情を持っていた。もやもやとした気持ちを落ち着けるために残った太陽のかけらを拾い集め、ランタンに詰めなおす。近くにあった岩場に腰掛けてふうっと息を吐いた。張りつめていたようなくうきが解ける気がした。背負っていた弦楽器の手入れをし、適当に弦をはじく。手癖だろうか、気づくとあの歌を弾いていた。静かな砂漠に頼りなく広がる楽器の音は闇に吸い込まれて消えていく。冷たい風が吹いて、私はふと空を見上げる。星をちりばめた真っ暗な空には、いつの間にか銀色に光り輝く月が姿を現していた。

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短編詰め 呼京 @kokyo1123

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