【作品の魅力について語る】
ラストシーンがあまりにも美しい。
桜の花びらが舞い散るなか、愛する人と歩いてゆく主人公。
これだけでもう充分美しいシーンなのに、「何を目的に歩いているのか」を知ると、その美しさは一気に映画のワンシーンのような芸術へと姿を変える。
作品を読み終えたあとにもう一度最初から読み返してみると、まるで物語の全編を通して桜の花びらが舞っているかのような錯覚さえ起こる。
主人公は、ゆっくりと散歩をしながら『散』のつく言葉について考えている。
散財。散髪。散逸。そして、散歩。
これらの言葉のなかに見出された共通点こそが、この作品全体のテーマとなっている。
主人公はそこへ『もうひとつの言葉』を足す。
たったひとつの言葉が足されることにより「実はこの作品には語られていない部分にこそ長い物語がある」のだと感じさせられる。
主人公の最後のセリフに注目してほしい。
現在進行形ではなく、過去形で語られている。
作中には、「主人公がその丘に行くまでにどのくらいの時間がかかったか」が書かれていない。
『翌日』だったのか、『数か月後』だったのか、あるいは『数年後』だったのか。
もちろん、解釈は人それぞれにあると思う。
ただ、どのような長さであれ、桜の咲く丘までの道のりはまさに決別への道程であることに気付く。
意図してやってるのか、それとも無意識なのかはわからないけれど、こういった「細部に神が宿る」的なことをあっさりやってのけてしまうのが、この作者の才能である。
【作品が出来上がった経緯について語る】
この作品については、ちょっとした縁があり「カクヨムに投稿される前から」知っていた。
『お題ください!!!』
すべては作者のこの一言から始まった。
先に「散髪」というお題が上がっていたので、悪乗りで「散財」と書き込んだ。
すると、「散逸」「散歩」が続いた。
中途半端に統一性があるそれらのキーワードは、お題として見るならいかにも「質(たち)が悪い」ように見えた。
おまけに「酔った勢いで剃り落としてしまった左眉毛を誤魔化す男」という難題までもが加わる。
悪乗りをしてしまった自覚がある身としては、正直どう料理するのだろうとハラハラしていた。
しかし、それは杞憂に過ぎなかったとすぐに思い知る。
最後のお題が出されてから、わずか45分後。
短時間のあいだに書かれて投稿されたその作品は、想像の遥か上を行くものだった。
それぞれのキーワードのポテンシャルをドラマチックに引き上げたうえ、作者みずから「散●(※ネタバレ防止)」という新たなキーワードを加え、統一性を持たせることで見事に調和させている。
その手腕は見事としか言いようがない。
またひとつ、伝説が生まれる瞬間に立ち会ってしまった。