おまけ By any means…….


 これは、日々を異形狩りに費やすあまりにプライベートがあまりない彼らの、限りある休日の一コマを切り取ったものである。


「……で? コカトリスの肉は諦めたんじゃなかったのかよ」

「誰が、何時、諦めたと言った」


 コルヴォは言って、カラスのような髪をぶんぶんと振るう。目元にはパンダの如く真黒な隈が入り、まるで死霊のような様相である。


 カラベルはその様子に短くなった赤毛を掻く。黒ぶちの眼鏡が照明の暖色に反射した。眼鏡キラーンとはならないが。


「私にとってコカトリスは宿敵と言っても過言ではない。あのコイン騒ぎの時だって、お前の首が落ちたりしていなければ真っ先に首を狩りに行ったのだがな」

「おうおう、俺のせいにするのかよ。あんなに感動的な再会だったっていうのにさ」

「何が感動的な再会だ。生首がいきなり息を吹き返すとかはっきり言って笑えなかったぞ?」

「宇宙家族のチカっぽい頭の割れ方して悪かったな」

「具体的な例えは辞めてくれ思い出してしまうだろう」

「……いや、良く知ってるな。東の島国の漫画だぞあれ」


 青年が意味も分からない復活を遂げたこと自体は喜ばしいが、その様子を少年と少女が説明することはなかった。故に、カラベルはエドアルドヴィチから事の真相を聞いたのだが、それにしても反応として酷いと思う。


「……で?」

「なんだ。同じ質問を繰り返すのは辞めてくれよ」

「なら、聞き方を変えさせてもらうぜ。調?」

「…………」

「うぉい。そっぽ向くんじゃねーよ」


 無言のまま顔を逸らすコルヴォの首を「ぐりん」とこちらに向け直した青年は、少年の口が必死に一文字に結ばれている事を確認して、やれやれと手を離す。


「一応、さぁ」

「おう」

「あんたも百年近く? 生きてるんだろう。俺なんかよりよっぽど人生経験を積んでいるわけだ。見た目はそうでも、中身がそうじゃないことを俺は知っているつもりだぜ。けどさ――だからってさ、って事にはならねぇんだよ」


 笑顔を崩さない少年の目の前には、可愛らしい黄色をしたセラミック製ミルクパン。事務所のIHコンロを占領して、その鍋でゆでられているのは――ダチョウ卵サイズの卵である。


 当たり前の話だが、一般的なミルクパンにダチョウ卵サイズのものが過不足なく沈められるスペースがある訳がない。普通は寸胴の底が深い鍋を使うのが普通の筈なのだが、この事務所には深い鍋がなかった。


 スパイスも中華鍋も電動ミキサーも常備しているのに、まさか寸胴鍋が無いというのも不思議な話だが。


「……ふふふふふ」

「……カラス頭、今俺たちが置かれている状況を認識して尚笑っていられるって言うなら相当脳内お花畑だぞこら」

「何、後輩の成長を感じられると嬉しくてな。まさかお前にその台詞を奪われる日が来ようとは……!」

「俺だって、あんたにこんな台詞言わなきゃならん日が来るとは思ってなかったんだけどな!?」

「心があったかくなったもんなぁ!」

「だから人の名前を弄って遊ぶな!」


 話す間にも、少年は卵をころころと回転させる。こうしなければ全体に熱が入らないらしい。コルヴォはこれを茹で卵にするつもりらしい。


「いや、茹で卵にならなくても構わない。親鳥と卵の組み合わせでオヤコドンなのだろう?」

「各方面からお怒りの言葉が飛んで来そうな発言だな……!?」


 事務所の中は静かだが、何やら街は騒がしい。それもその筈、少年はこの街に「コカトリスの卵」らしいものを盗んできたのである。化け物の巣から卵を盗んで持ってくるなど結末は目に見えていた。


 そう。結果は目に見えている。


 事務所の出入り口が開け放たれ、吸血鬼の使用人が飛び込んできたのはその時だった!


「――お、お二人でしたか!! 今、コカトリスのような怪鳥が街の入り口に!! お嬢様が食い止めていますが――心当たりは!?」

「超絶ある!!」

「ほらぁ!! やっぱりなぁ!!」


 カラベルは叫びながら死霊滅殺銃グールガンショットガン仕様を肩に背負い、部屋の照明を消してガス栓を止める――!!


「心当たりがあるってなんですか――た、卵!? こんなものどこから拾って来たんですかコルヴォ殿!」

「聞いて驚け! その辺の茂みからだ!」

「ぜぇーったい背の高い木の上とか人が入らない茂みの中に決まってんだろ分かってんだよー!」

「くっ……私とお嬢様で避暑地に行ったのが裏目にでましたね……!」

「……んっとにこのカラス頭……!!」

「うん? 何故私が責められるのだ?」

「やらかしてるからだぞ!?」


 コルヴォは卵を煮沸しながら、義眼の左目を青年らに向ける。


「――まあまあ、この世の全てに勝るのは食欲だぞ?」

「狩る側が率先して欲に染まろうとするなぁ!!」


 最早百年近く前にした誓いなど知らんとでも言わんばかりに卵を茹で続けるコルヴォだが、カラベルは嫌な予感がしてその場から離れた。


 ――事務所の天井を突き破って、人が降って来た。


 三階建ての屋根から落ちて来て、一階にある事務所の床に巨大なクレーターができる。着地した少女は、金の髪に黒いワンピース。普段見る戦闘服ではないものの、日焼けの水ぶくれ以外には目立った怪我は無い様だった。


「……っ! なんでアタシの街にニワトリなんか――!!」


 言いかけて、IHコンロ前にたむろする男性陣を見つける。慌てる使用人と青年はともかく、嬉々として卵に火が通るのを待っている少年の背姿に、少女は青筋を浮かせた。


「ねぇ。カラス君何してるの――!?」


 その言葉にコルヴォがようやく、身の危険を感じ。

 一階の壁が鶏の嘴でぶち壊されたのもその時だった。


 ――巨大な鶏である。だが、雄鶏ではなく雌鶏。つまるところ――


「ばっ……馬鹿な!! 怪鳥は怪鳥でもコカトリスではなく――じゃないか!!」


 間。


「――知らねーよ!! んなオチは!!」

「さっさと卵を返してよー! 街直すの面倒なんだからさぁ!」

「あい分かった!!」

「ああ……修繕費用はどれだけかかるんでしょう……」


 結局、煮沸していた卵を返却することでバジリスクはその場を立ち去り、街には平和が訪れた。コルヴォは各方面からお叱りを受ける事になるのだが。聞くところによれば数年に一度こういう事があるらしい。


「おかしいな……確かに雄鶏の後を追ったというのに、追いかけてきたのが雌鶏とは……」


 その言葉に「いや、それ雄雌で卵温めてたんじゃなかろうか」という節のツッコミを入れられる者は誰もおらず。真相は闇の中に葬られた。


 街の外れ、霧が深くなる時期に「あちら」と繋がるその向こう側では、義眼の少年が温めた卵から孵った新世代の鶏が、産声を上げたとか、上げてないとか……。


「仕方がない。卵と鶏肉でオヤコドンでも作るか。カーベル」

「いやいやいや、まず屋根を直そうぜコルヴォ!!」


 少年の呪いが解けるには、もうしばらく時間が必要になりそうだった。





(おしまい)



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