第12話 101から市政府駅まで信義の新都心エリアをぶらぶら 三日目その2 2009年7月初台湾

 この後の予定、二二八和平紀念館に行ってみようかと思っていたのだが、あおやんが101(イーリンイー)に行ってみたいとのこと。

 けっこう距離がある&展望台が何時までかわからないなどなどの理由から、よし、タクシーで行こうとなり、重慶北路でタクシーゲット。

 と、この時初めて、割と車体が傷だらけなヤバい感じのタクシーを停めてしまう。ついでに運転手がこれまた、「ラブゴーゴー」のチューインガム男みたいなヤバげな感じの兄ちゃん。

 かといってチェンジという訳にも行かない。ええい。

 乗り込み、大きな声で「イーリンイー」とだけ告げる。一発で通じてスタート。

 いつもなら地図見せて「我想去這裡(私ここ行きたい)」とやるのだが、なんかそれやると舐められそうな気がしたので、ぶっきらぼうに「イーリンイー」。

 タクシーは重慶南路を南下、総統府前からケタガラン大道を通って東門圓環から信義路を凄まじい勢いで走り抜けていく。

 この運転手さんは運賃をぼったくるとかそういう人ではなく、リュック・ベッソンな世界の住人だった。

 空いているバスレーンを利用してガンガン飛ばすタクシー。それにムカつくらしく売られた喧嘩を買ってくるバス運転手。

 いったい私たちはなんの映画に出てるんだという状態で101に到着。運転手さんは実にいい笑顔だった。


 信義路はこの時MRT信義線の工事が始まっていて、101周辺は柵で囲って通路ができている。

 ビルに入った後、あおやんは上の展望台へ。高所恐怖症な私は一階で彼女を待ちながらインフォメーションへ行き、二二八和平紀念館の閉館時間を確認。

 残念ながら二二八和平紀念館は5時まで。今は既に3時半過ぎだし、ここから行くならまたタクシーでほぼさっきの場所まで引き返すことになるので今回は諦める。

 そう、今回は。既にまた来る気になっている初台湾三日目の午後。


 そして、あおやんを待っている時に、ちょっとしたピンチが。

 たぶんさっきの店の冷房のせいプラス持ち歩いていたアイスティーの氷が解けて硬水を摂取したせいだと思うのだが、お腹が下ってくる。

 幸い、101なのでトイレの数は多い。おかげですんなり入れた。しかし、トイレを後にした途端にまたもやリターン。更にも一度リターン……。

 上階のあおやんに「すまん今トイレ」というのをメールしながらひたすらトイレと廊下を行ったり来たりし、あおやんが下りてくる頃にようやく落ち着いた。


 台湾の水道水は硬水(日本は軟水)。このため、日本人はうっかり水道水を飲むとお腹を下しやすいというのは聞いていた。

 だからホテルで歯磨きする時とかでも部屋に備え付けのミネラルウォーターを使い、朝食ビュッフェでもなるべく生野菜とフルーツは控えめに取っていたのだが。

 ティースタンドのお兄さんはあっつあつのお茶にどぼんどぼんと大きな氷を入れてくれていたし、しかもそれを二時間くらい持ち歩いて完全に氷が解けてた残りを、さっきのお店で飲み干してきた。で、冷房と扇風機。

 まあ三日目で、しかも市内だからさほど問題はない。

 なお、長期滞在するんであれば歯磨きうがいくらいは水道水で全然平気だし、サラダもフルーツも普通に食べてOK。あくまでも三日か四日の滞在で、トイレに籠もっている暇などない、という人だけが気を付ければいい話。


 せっかく近くまで来ているので、誠品書店信義店にちょっとだけでも寄りたい、と主張。

 101を出て、空中回廊(この辺のビルは二階部分がこの空中回廊で繋がっている。しかし、幅がそれほど広くない上に、手すり部分が割とスカスカなので高所恐怖症にはあまり嬉しくない)を歩いていると傍に映画館を発見。台湾ではどんな映画やってるんだろうと覗いてみる。

 トランスフォーマー、ハリポタ、BLOOD。

 ここは「台北信義威秀影城」。ハリウッド映画メインに邦画や台湾映画など色々上映しているシネコンだ。


 台湾は、ハリウッド映画に関しては日本より上映が先行することが多い。大体アメリカと同時公開になるので、日本より三ヶ月ほど早く見られる場合がある。

 そして邦画の上映も多い。この初台湾旅行の時は、台北駅に壁一面使って「グーグーだって猫である」のポスターが貼ってあったし、MRT駅の液晶モニターでは「名探偵コナン劇場版」が7月下旬に封切られるので予告編が流れていた。

 コナンは字幕上映なので予告編の台詞も日本語。MRTのホームで電車を待っていると、いきなり聞きなれた日本語が馴染みの声で聞こえてくる。初めて遭遇するとかなりびっくりする。


 台北市政府の前を通り、誠品信義店へと歩く。

 実はここの市政府(市役所)の中にも博物館があるというので、この時もちょっと気になっていたが、今回は前を通るだけ(そしていまだに行けてない……。今年こそ行くつもりだったのに、おのれ、コロナ)。

 初めて訪れる誠品信義店は、ビルが一棟まるごと書店。日本だと八重洲ブックセンターとか紀伊國屋新宿本店とか有隣堂伊勢佐木町本店とか一棟まるごと書店がちょいちょいあるが、台湾では割と珍しい模様。

 そしてここは本だけでなく、本のある生活のための家具やら服やら雑貨やらも売っている、本がメインの百貨店的な存在。

 残念ながら今回はあまりゆっくりしている時間がなかったので、カウンターに直行。

 探しているBL本の有無を確認するが、やはりない。

 次に訊ねたのは、地図の売り場。昨日行った金瓜石辺りの載っている道路地図が欲しかった。

 瑞芳、金瓜石、萬里、と昨日通った場所の覚えている地名を片っ端からメモに書いてみせ、「台北縣道路地圖」を出してもらう。テレサ・テンのお墓もランドマークの一つとして載っている。これならばっちりだ。更に、台北市の全域地図も一枚購入。


 そして漫画売り場で「愛がなくても喰ってゆけます」の台湾版を発見し、これも購入。

 この時に驚いたのが、日本語版と変わらない装丁で、中国語に翻訳されている(つまり日本語版では不要な翻訳代というコストが掛かっている)にもかかわらず、台湾価格を三倍した日本円換算価格は日本版よりちょい安だったこと。

 台湾の様々な物価の中では、本の値段は実は日本ほどには安くない。

 レートではなく生活に密着する様々なものの価格から考えると、台湾の書籍の価格150元くらいから、というのは、日本円の900~1500円くらいからな感じになる。日本だと400円台のコミックス一冊が900~1500円。500円台のコミックスが1100~1800円。文庫版なラノベも1100~1800円、と考えると、全ての本がハードカバーな値段で、大手書店ではだいたい二割引きになるとは言ってもこれはかなりしんどい。

 ラノベ・BL・漫画に関しては2009年頃はレンタルショップも多かった。価格帯から考えると、書籍は(中高生が個人で購入するには)高額な品だと考えられる。DVDなどと同様にレンタルという形態が登場するのは納得できる。


 台湾では日本の本が漫画・ラノベ・文芸・専門書まで相当幅広く出ている。しかも出版スピードもかなり速かった。この辺り、日本で出る台湾書との温度差が凄まじ過ぎて、片想いでも見ているようで切ない。

 ただし出版スピードの速さ、は往々にして翻訳精度の低さにも結び付き、日本語が理解できる層から見れば不満が生まれることもあるそうだ。特に、アニメ化が決まったなどの理由でラノベが一気に翻訳された時などは、こんな訳で読むくらいなら日本語で読むと言いたくなるレベルに、初期の巻に比べて品質が落ちることがあるらしい。


 なお、2009年の書店のオタク棚は恋愛系ラノベ(BL含む)以外がほぼ日本作品だったが、この10年でラノベに関しては台湾オリジナル及び中国発が作品が恐ろしく増えた。

 ネットで作品を直接発表できる環境が整ったことがやはり大きいようだ(中国発作品に関しては、実は以前から捨てメアドを使って「投稿」という形で台湾出版社に作品を渡し、印税を手にした後はそのメアドでは連絡がつかなくなる、という安全策を取りつつ作品を発表する著者が一定数いた)。

 漫画はまだ作者が少ないが、こちらもデジタル環境が整ったことにより従来のネックが解消され、一人で短時間で低コストで描けるようになったことで、作品が徐々に増えつつある。

 

 それに伴い、このジャンルにおける日本作品の地位は、少しずつ下がっているようだ。

 2000年代を一種の依存的なバブルだったと位置づけるなら、2010年代に於いてその熱狂は既に過去のものになりつつある。

 日本同様に台湾の出版界も長らく不況の中にあり、このため日本作品を翻訳出版するにあたっても、以前のように幅広く青田刈りしてどれか一つが当たればいい、というギャンブラーなやり方ではなく、相当シビアに作品を選ぼうとするようになった。

 また、小規模な出版社はそもそもこのジャンルに於いて日本作品に頼らず、翻訳というコストが不要な台湾オリジナル作品に舵を切っている。

 その流れから、以前はステイタスだった日本での翻訳出版に、台湾の出版社側がそれほど価値を見出さないことも増えてきた。

 台湾の一方的な片想いに支えられた蜜月は終わりつつある。台湾に無関心な日本と、熱烈な片想いを捧げている台湾という関係をもどかしい思いで見守ってきた立場としては、実に歓迎すべき破局だ。

 だが同時に、「都合のいい国」を止めた台湾と、今度こそ対等に互いを尊重し合えるカップルとして新たな蜜月を迎えてほしいという思いも、翻訳者としては持っている。

 台湾のガイドブックをタイの横に置くレベルからようやく脱却した日本。これまでの無関心ぶりからは少しはましになったが、それでもまだまだ上から目線のモラハラ男のような振る舞いが見受けられることは多い。いずれ振られたところで無理はないとも思うのだが、そうすると私のお仕事がなくなってしまいそうで、それは寂しい。台湾のBL、ラノベ、漫画、日本に紹介したい台湾オリジナル作品は山ほどあるし、それらを読んで台湾で聖地巡礼旅する人とか出てきてくれたらすごく嬉しいのだ。

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