第10話 光華商場と誠品書店敦南店で 二日目その5 2009年7月初台湾

 荷物を部屋に置いた後、フロントに下りて、「光華商場(こうかしょうじょう)」(商場=マーケット)への行き方を訊く。松山路をそのまま南下したところだった。しかし割と距離があるのでタクシーの方がいいらしい。

 他に、地図を買いたかったのと、昨日の威向文化直営店で品切れだった本を探したかったので、大きめな書店を訊いてみると、誠品書店敦南店を勧められる。

 2009年、まだ日本では誠品書店はそれほど知られていなかったと思う。この度から帰国した少し後に、誠品書店敦南店が登場する台湾映画「台北の朝、僕は恋をする」が日本でも封切られて、それで知名度が上がったんじゃないかな?

 私もこの時は、なんか台湾には「誠」ってつく本屋さんがあって24時間やってると聞いたな、程度な状態だった(誠の字に反応する新選組ファン)。


 いや、そもそも2009年の日本では、台湾の知名度自体が低かった。なにせ書店でガイドブック探すと、中国、香港、韓国と来て、なぜかタイのガイドブックと一緒に並べてあったくらいで。台湾の首都はバンコクじゃねーよと毎回思ってた頃だよ……。


 光華商場と、本屋さんを回ってから夕飯に行こう、と5時くらいにタクシーに乗って出発する。

 松江路を南下。距離的にはホテルから雙連駅と同じくらいなので、歩いても歩けない距離ではないが、時は金なりだ。

 光華商場手前の市民大道を右に曲がろうとして、運転手さん、バイクに道を阻まれる。時刻はちょうど帰宅ラッシュ。30台くらいのバイクが次々に道を駆け抜けていくため、タクシーがなかなか曲がれない。

 運転手さんは焦っているが、私とあおやんはぽかーんとしてバイク軍団を見守っている状態。暴走族でもなんでもない普通のバイクが車の行く手を阻んでる(しかもわざとですらない)なんて、まず見られない光景だ。


 光華商場は、メインの光華數位新天地ビルがまだこの時は出来上がって一年足らず。ビルと、ビルに入居していない店が並んでいる辺り、どちらにも行ける場所で運転手さんが降ろしてくれる。

 路面店は大半がパソコンショップで秋葉原の裏通りっぽい小さめの専門店が多い。そして、この頃はまだ海賊版なDVDを売っている露店も多かった。

 海賊版は、特に実写ものだとものすごく、海賊版だとわかりやすい。なにせジャニーズタレントが一人でも出ていると、ゲストキャラだろうが端役だろうが、「どう見ても第二の主役」なサイズにその姿が拡大されている。

 日本で本物のポスターとか見ていればすぐに違和感に気付く、間違い探しみたいな状態だ。

 そして、タイトルの日本語が怪しい。「ガリレオ」が「カリレオ」だったのには笑った。中身がたとえ「ガリレオ」じゃなくても文句言えないんじゃないだろうか。


 光華數位新天地ビルは、一階はビックカメラやヨドバシに来たような気分になるパソコン売り場。

 二階以上が小さな店になっていて、雰囲気はとても秋葉原。

 光華商場は元々古書店街で、そこから徐々に漫画など若い人向けの本を売るようになり、更にビデオやカセットも売るようになって電気街になりました、というある意味日本の秋葉原と逆の流れを辿っている。

 だからこの時期は、まだ中にはオタク書店も多かった。


 はとこのYちゃんは台湾女優ブリジット・林の大ファン。そして中国語の勉強では数年単位の先輩でもある。

 今回の台湾行きにあたって中国語をおさらいする過程で、わからない文法などを教えてもらった代わりに、ブリジット・林の昔の映画のDVDをありったけ買ってきてほしいと頼まれていた。

 さて、三階に上がったところで、フロア案内図を見ながら、何番と何番(店にブース番号がついている)がDVD店っぽい、と物色していると、エスカレーター横の聚文光碟という店のお兄さんが、そういう映画ならここ、と奥の店に連れていってくれる。

 笙鼎光碟という、今はもうなくなってしまった店にはブリジット・林のDVDがどっさりあって、Yちゃんから渡されていたリストと首っ引きでピックアップしていく。

 とにかく大量に買ったので、店のオーナーさんがバンバン割引してくれた。レトロ映画が相当に揃っている店だった。


 笙鼎光碟がなくなった後、今度は聚文光碟がレトロ映画を充実させまくるようになり、日本韓国台湾香港大陸のドラマとプラスハリウッドな映画、更にアニメに特撮まで、ここに行けばだいたいのものが揃うようになっている。

 毎回お世話になっている店の一つ。


 さて、DVDの購入が終わった後は、昨日の威向文化で買い逃したBLを探して、オタク書店に飛び込む。

 日本の漫画やラノベやBLの台湾版がとにかく多い。2009年の売れ筋はハルヒだった。勉強になりそうなので、好きな漫画やBLの台湾版を、お土産も兼ねて買い込む。そしてついでに調べてもらい、探している本のタイトルは判明(シリーズ名と、第一巻ということしかわかっていなかった)。しかし、在庫はここにもない。


 フロア中のオタク書店に飛び込み「這本書有没有?(この本ありませんか?)」とタイトル見せて訊ねまくるが見つからない。

 BL専門書店もあって、「不好意思(すみません)」という声が二重本棚を動かしたい時にだけひっそりと発せられる、というものすごく馴染みのある空気が漂うその店内でも探してもらうが、やはりなかった。


 これらのオタク書店は、2012年に行った時にはほとんどが消えてしまっていた。2014年に残っていた店も今はない。おかげで光華商場にはひたすら聚文光碟だけを目当てに行くようになっている。

 オタク書店はどうやら今は、台北駅周辺がメインなようだ。台北駅の北側地下街がオタクショップ集合エリアになっていて、小規模な同人誌即売会も開催されるし、メイドカフェ(というかコスプレカフェ。「学園」だし)もあるのと、アニメイトやとらのあなが徒歩圏内の西門町界隈にあるというのも理由の一つだろうか(西門町自体は日本統治時代からの映画館街――当時は芝居小屋で時々映画を上映している状態――で、渋谷センター街とか六本木風な若者向けエリア)。独自に仕入れた同人誌を、日本のものも含めて売っている店もちらほらと雑居ビルに入居していたりする。

 ただし、オタク書店でもリアル店舗は減りつつあるらしい。ネットの台頭により、かつてのリアル店舗での立ち読みがネット上に移行しているのも大きいだろう。

 日本漫画の翻訳でないオリジナルの漫画雑誌の歴史が浅い台湾では、2010年前後に雑誌の創刊がある程度あったものの、ネット連載の誕生を受けてほとんどが速やかに廃刊し、プラットフォームに移行した。今ではラノベやBL、漫画に到るまで、ネット上で連載した後に書籍化という流れが定着しつつある。

 日本と少し違うのは、紙書籍が読者にとってのコレクターズアイテムだという点だろう。そもそも発行部数が少なく価格が高額になるのを逆手に取り、こだわりの装丁と書き下ろしなどの特典が付いた少部数販売で採算を取るという方法が生まれている。

 その分、書店の店頭に並ぶ率は減るのだが、全てのジャンルの本を網羅した大型総合書店自体が台湾からは減りつつあり、特にオタク系書籍はオタク系店舗で買えればそれでいいので、大型総合書店で取り扱われるオタク系書籍自体が、メディアミックスされて需要が高まった日本作品程度に抑えられている状態だ。

 立ち読みがネット上でできるなら、本は通販で買えばいい。だからリアル書店は必要ない。……合理的ではあるのだが、本というのは、オタクというのは、そもそも合理的な存在だっただろうか?


 買い物を終え、下へ下りると一階にフードコートがある。フードコートというか屋台村? 馴染みのおじさんが飲んでたりするっぽいんだが。

 ちょっと小腹が空いていたのでおやつを食べることにし、私はクロワッサンのようなプレッツェルのようなパンをカップ代わりにしたアイスクリーム、あおやんは大判焼きを購入。

 クロワッサンのようなパンは、台北郊外新北市の、もう隣の桃園市に近い三峡という街の、名物パンだった。残念ながら、アイスクリーム乗せると湿気で食感が相当に損なわれるので、別々の方が美味しいと思う。

 大判焼きは中身が色々あって、奶油がバタークリーム、韓国泡菜がキムチ、義太利肉醤がミートソース。所変われば大判焼きも変わる。


 おやつを済ませ、いざ誠品へ旅立とうというところで、地図を持ってきていないのに気付いた。やっば。

 そして、書店名もうろ覚え。

 インフォメーションで「請問。我想去書店。店名我忘了(すみません、本屋さん行きたい。でも店名忘れた)」と告げ「営業到24:00的店。誠○書店」と書いたメモを見せたところ、○のところに「品」と書いてくれた。

 更に「敦南店。24HR。坐MRT捷運,忠孝敦化站」と書いてくれる。

 ついでに101の傍にあるのは信義店で、そっちは23時までだというのも教えてくれた。「謝謝!」


 ビルを出ると、また雨。バイクの人々はカラフルな雨合羽を着込み、もはや珍走団にしか見えない。

 駅へ向かって歩くが、地図がないので若干迷子。すると、親切なおばさんと親子が教えてくれる。「謝謝」

 お母さんは日本語がしゃべれ、お子さんも勉強中なんだそうだ。背中のリュックには語学学校の名前らしい文字が入っていた。

 忠孝新生の駅に着き、トークンを買う。

 しかし、改札を入ろうとすると、なぜかトークンが引っ掛かって中へ入れない。困惑。

 すると、一人のおばあさんが駅員さんに「この旅行者、トークンが引っ掛かって改札入れない」というようなことを言ってくれ、駅員さんが裏口のようなところから改札内に入れてくれた。「真謝謝!」

 忠孝敦化駅までは二駅。改札を出る時には何事もなく外へ出られた。


 駅を出ると、鯛焼きの香りが漂ってくる。と思ったら、大きなベビーカステラの屋台だった。さっきの大判焼きといい、なんだか日本の屋台なおやつが台湾には浸透している感じがする。


 駅の壁にあった地図の通りに歩くと、ライトアップされたビルがあって、大きな看板が入り口傍に立っていた。歩道には露店が出ていて、アクセサリーや服を売っている。

 中へ入ると、八重洲ブックセンターとか丸善とかのようなとにかく広い書店だった。

 専門書が色々、新刊とベストセラー、雑誌が広々とコーナー取って並べられている。文学書が多い。

 漫画のコーナーには日本の漫画の翻訳版が、日本で出てからまだ一、二ヶ月、しかも割とマイナーな題材の少女漫画とかまで並んでいて驚く。

 そして、床に座って本を読む人々。本棚に背を預け、床にぺたんと座って読んでいる。中学高校時代の図書館のようだ。

 お土産用に、台湾の景色のポストカードが欲しかったので、ポストカードのコーナーを教えてもらい、物色。気に入ったハガキを何枚か選び、ついでにその写真を撮った人の写真集がないかどうか聞いてみるが、発売されていないようだった。探しているBLもない。そもそもBLやラノベの扱いは少ないようだ。

 日本の本は取扱率が高く、翻訳版の他に原書も入っている。日本語の学習用のテキストも人気が高いようで色々並んでいる。

 面白かったのは料理の本、それも飲食店の経営に関する本が並んでいるコーナーに「注文の多い料理店」の原書が並んでいたこと。うん、気持ちはわかる。


 お腹が空いたので、ここからはタクシーに乗ってホテルへ帰った。

 ホテルに着くと、もう9時だ。

 昨日目をつけていた、民生東路の台湾バーガー屋さん「源石石家割包」へ行く。

 大きな角煮と、ピーナツの粉、香菜などを、肉まんの皮風なパンで挟んでくれる角煮バーガーだ。これを二人で一つずつ平らげるが、まだお腹がいっぱいにならない。

 壁に「小肉包」の文字があったので、「『小肉包』って小籠包だよね? だったらほとんどスープと肉だし」とこれを16個追加オーダー(一蒸籠8個入り)。

 大失敗だった。

 つるんとした小籠包が出てくると思っていた二人の前に、一口サイズのふわふわ肉まんが山積みのお皿が運ばれてきた時の衝撃と言ったら……。

 だがしかし、注文したものを残すという選択肢は、私にもあおやんにもない。二人とも無言になりながら肉まんを一つ一つ口に運び、そしてついにこの戦いに勝利を収めた。

 「打包(ダーバオ)」という素晴らしい言葉を私が知るのはこの三年後、二度目の台湾旅行の時になる。

 そして「肉包」は、皮でお腹が膨らむ肉まんだよ。台湾初心者の方はご用心!

 「小肉包」と「小籠包」は全然別もの。

 これがわかるまで「小籠包」は、あれだけ人気で台湾フードの代表格みたいな認識をされている小籠包は(その認識には言いたいことが色々とあるが)、私の中では台湾でうっかりオーダーしてはいけない食べ物という位置づけになっていた。

 写真付きメニューだとか、蒸籠の中が見えるとか、誰かが頼んだのが今まさにテーブルに乗っていて見えるとかでない限り、いつまたふわふわ肉まんの襲来を受けるかわからないじゃないか、というトラウマで。

 

 なんとか食べきった後も、しばらくテーブルから動けなかった。ぼけらーっと二人で、店のテレビで流れるニュースを眺め(字幕ってありがたい)、どうにか満腹感が落ちついたところで外に出る。

 時刻は10時過ぎ。黄色いトラックがやってきて、商店街の人々が次々にゴミを放り込んでいくゴミ出しを初めて目撃した。

 そろそろ閉店時間な店舗から、一日分のゴミが入った大きな袋がどんどん収集車の中へ消えていく。

 ゴミが夜中に回収されていくのは、暑い台湾の知恵だろうか? 団地地帯など歩いていて、このリアルタイム回収のために住民がぞろぞろとゴミ袋を手にして出てくるのを見ると、毎回これというのは大変そうだなと思うが、ゴミが腐敗する前に回収できるので、台湾で生ゴミ臭さを感じたことはない。

 日本と違って集積所がないので、住民は音楽を聞いて外に出、車が来るのを待ち構えて放り込む。そして収集車は基本停まらず、ゆっくりとだが走り続けている(大型マンションとかなら集積所があって24時間出せる)。


 腹ごなしに辺りをのんびりと歩き回り、昨日通った松江路170巷から更に南へ。

 フルーツ販売のトラックが来ている。桃もライチも安くておいしそうなのだが、桃は10個くらい、ライチもブーケのように束になっての販売だ。さすがにこれは買えない。

 吉林路の、たぶん164巷との交差部分だったと思うのだが、ここに当時、台湾お汁粉店があった。

 甘いものは別腹。

 ここでしゃぶっとしたお汁粉を食べる。

 メニューがいまいちわからなかったのでしゃぶしゃぶなお汁粉の方を食べたが、とろっとした胡麻餡汁粉もあった(隣の席の人が食べてた)。次はそっちも食べてみたいなと思っていたのだが、2012年に行ったら店がもうなかった。

 台湾、店を始める時にもあまり構えることなくさらっと始めるが、その分、撤退する時にもあっさりと畳んでしまう。日本だと、万全の用意を整えて始める分、先行投資額を回収するまではと頑張り続けて赤字が膨らんだりするが、台湾は即断即決。その分やり直しも利く。

 新しいお店に台湾人がわーっと並ぶのは、今食べておかないと店がなくなるかも知れない、という感覚からだったりするだろうか?

 お汁粉屋さんは、かなり遅い時間まで開けているらしい。もう11時近いが、まだまだお客さんはいっぱいだ。お酒を出すわけでない、しかもデザートのお店がこんなに遅い時間に開いていて、お茶する人々で賑わっているのはとても面白く感じられた。


 店の壁には日本語が書いてある。誠品書店でもポスターのキャッチフレーズがわざわざ日本語で書いてあったりする。

 日本人向け、という訳ではなく、日本語がおしゃれ、という感覚なようだ。日本での英語やフランス語感覚で、日本語が書かれている。

 しかし、この壁に書いてあるのは、どうもグーグル翻訳辺りを使ったんでないかなと思える「残念な日本語」。

 一番上に中国語、次に日本語、次に英語で、同じ文章が書いてあるのだが、日本語だけ露骨に内容が怪しい。

 「胡麻餡の人を惹きつけるいい香りがあたりに漂っている」はずが、胡麻餡のいい香りに惹きつけられた『人』が辺りを彷徨ってしまっている。

 ゾンビか?

 インテリアに使ってしまっている分、残念さが際立つ日本語だった。

 でもお汁粉は美味しい。だから再訪したかったのだが……。


 12時前にホテルへ戻って就寝。




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