第3話 初両替、初コンビニ、そして初トークン 初日その2 2009年7月初台湾

 時刻はこの時点で1時50分。

 あおやんが車酔いでちょっと休みたいというので、私は両替に行くことに。

 財布と電子辞書。それからメモを持って、まずはフロントへ。

「我要去銀行,外貨両替」と書いたメモを見せ、両替について訊いてみる。

 必要なものはパスポート。そして、日本語のできる人が銀行にいる可能性はやはり低いということで、銀行で見せる用のメモをフロントのお姉さんが書いてくれた。『日幣』が日本円。紙幣や貨幣の幣だ。そして『両替』は『兌幣』だ。「外貨両替」って書いて通用したのは、フロントのお姉さんがある程度日本語できるからなのでご用心。

 営業時間はやはり日本とそれほど変わらず9時から3時半まで。そして土日はお休み。だから明日は遠出してしまう以上、私が両替できるのは今日だけ。

 銀行は、ここから少し南へ歩いたところが銀行街らしい。そしてフロントのお勧めは手数料なしの台湾銀行。


 両替する時、手数料掛かる代わりにレートがいい銀行、と、手数料掛からないけどレートはそこそこな銀行、がある。

 何人かで一緒にチェンジ、みたいな多めの金額の両替なら前者が、四日程度の旅行なら二万円も換えれば充分なので後者がお勧め。

 あと、台北市内ならキャッシュカードが使えるお店はどんどん増えている。高額の買い物するお店なら大抵使える(個人経営の本屋さんはたまに例外があるが)。だからそんなに両替の必要はない。

 ついでにいざとなったらセブンイレブンとかでカードキャッシングすると、めっちゃレートがいいので、月曜朝イチで日本に大きな段ボールに詰めた本を3000元かけて発送しなくては、なんて時には断然そちらが便利。

 この初旅行以来、両替するなら私は台湾銀行を利用している。割とあちこちにあるし。あと名前に台湾とつくのでなんとなく贔屓にしたくなる。朝一番のLCCで着いた直後だと桃園空港のカウンターがそんなに混んでいないのもポイント高い。


 さて、初の台湾銀行での両替のため、松江路を南下する。2009年7月当時、この道は下にMRTが通る予定で工事中。舞い上がる土埃を押さえるため水が撒かれ、辺りは水溜まりだらけ。これを避けながら歩く。

 大きな通り(南京東路)を渡ったところで、向かいに台湾銀行(松江分行=日本でいう松江路支店)が見えた。

 しかしバイクのマナーは聞きしに勝る恐ろしさ。既に車道側の信号も赤になっているのに、まだバイクが渡ってくるって何事だよ!?

 だからこっちの信号が青になっていても、まだ歩行者が歩きださない……。

 そして右折希望の車とバイクも大人しく待ってはいない。日本だと人間が渡り終えるまで一応は待ってくれている車とバイクが、遠慮なく横断歩道ににじり寄ってくるのだ。

 道は渡りたいが、台湾旅行初日に交通事故死したくはない。

 今だと台湾の交通マナーは相当ましになっているが、2009年はそんなもんだった(2014年でもけっこう怖かった)。

 幸いというか、横に恰幅のいいおじさんがいた。このおじさんの陰に隠れるようにして――要するにそのおじさんを楯にして――横断歩道を渡り、ようやく台湾銀行に辿り着いた。


 入口の警備員さんにフロントで書いてもらったメモを見せると、2階を指差してくれる。階段を上がったところで再度メモを見せると、「なんとかかんとか、そこに座っていて」と言われる。

 座っていると「なんとかかんとか」の部分は「番号札を取ってから」だったらしく、窓口からお姉さんが出てきて、札を取って渡してくれた。「不好意思。謝謝」。

 数分後、順番が来て(私の前には一人しか待っていなかった)、私の分の二万円、あおやんの分の二万円、まとめての両替が終わる。


 両替を終えて外へ出、また横断歩道を渡って松江路をホテルまで北上。そして更にもうちょっと進んで、セブンイレブンへ。

 七月の台北は、けっこう雨が降ると聞いていた。更に、明日行くのは山の方。ぱっと差せる大きな傘があった方が良さそうだ。

 しかし、今回、荷物は手荷物サイズ。よって、大きな傘は持ってこらられない。なので、傘は台北で買おうと決めていた。

 セブンイレブンなら傘もあるだろうと覗いてみた店内には、確かに傘があった。

 ついでに店内を見てみると、なんだか雑貨店ぽいというか、日本でいうと酒屋さんがコンビニっぽい店を経営しているのに近い感じの商品ラインナップだ。箒とかあるし。

 どうも、この2009年あたりというのは台湾のコンビニが日本でいうコンビニっぽくなる前の過渡期だったらしい。棚に並ぶドリンク類も、プライベートブランドっぽい統一感はなく、利用者層やターゲット層もまだ定まっていない感じがした。

 その分、日本人から見るとコンビニぽくなくて面白かった、それが2009年の台北のコンビニ。

 傘二本をレジに持っていき、購入。199元。

 と、レジのお兄さんがペラペラぺらっと何か言う。「什麼?」と訊き返してみると、どうやら傘を包んでいるビニール外す? ということだったらしく、ぱぱっと取り外してくれた。「謝謝」。


 ホテルに戻る(つもりが、つい前を通り過ぎてしまって、気付いて慌ててリターン)と、あおやんももう起き出している。

 携帯電話を台湾で使用するためのセットも終わったので、1階に下り、正面玄関前からタクシーに乗った。

 雙連駅まで、というのはドアマンのおじさんが運転手さんに伝えてくれる(これがあるので、初心者が知らない街でタクシー乗る時は、特に海外だとホテルのドアマン経由で乗るのが最初はお勧め)。

 ガイドブックの地図と座席で首っ引きになりながら辿り着いた雙連駅。ルートは、松江路をちょっと南下し、次の角の長春路を西へ。で、吉林路に入ると北上して民生東路に入り、西へ進んで雙連駅。

 台北市内の道路は一方通行が多いので、車だとちょっとルートがややこしい。


 雙連駅前に聳えているビル(民生西路80號のビル)の窓には、金網のような格子がついていたり、窓のデザイン自体、フロアによってばらばらだったり。それだけでも面白くて、しげしげと見物し、写真も撮ってしまって、しばらくここから動けない。

 鳥籠窓は、今でも私が台湾で大好きなものの一つだ。

 ビルの外に窓をはみ出させてしまうエネルギッシュさや、フロアごとに持ち主が自分の趣味で窓を変えてしまうという自由さ。鳥籠窓の色々なデザインや、そこで元気いっぱいに育っている植木鉢の緑。それらがミックスされた地に足のついた生活感と、個の主張。

 台湾の『美』の一つだと私は思っている。

 そして、この光景が徐々に消えていってしまうのが寂しくて仕方がない。


 つまるところ、こういったカスタマイズができるのは台湾に日本のようなマンション管理法がなかったからで、それができた後のマンションでは、共有部である外観に関わる窓とかはカスタマイズできなくなっている。サッシの交換も鳥籠窓設置も、ベランダのサンルーム化もアウトだ。

 マンション管理法以前のマンションたちは徐々に老朽化していくし、こういったカスタマイズ例が溢れている宝石箱のような団地たちは、エレベーターなしの4、5階建てが主流だ。

 だからそれらはいつかは再開発の対象になってしまうし、そうすればその後に建つのはマンション管理法にきっちりと管理された、おしゃれで綺麗でお行儀のいい無個性なタワーマンションたちだ。

 もちろん居住性は向上し、安全性も高まる。

 団地の1階をトタンで囲っていたり、鳥籠窓を付けていたり、屋上に建て増ししていたりするのは、実はけっこう危険なことで、ひとたび火事が起こってしまうと避難も消火も救助も困難になる。

 私だって別にその中で住民に蒸し焼きになってほしい訳でも、消防士に殉職してほしい訳でもない。だから、それらが消えていくのは時の流れの必然なのだとは思う。

 それでも、それらがかつて台湾に存在していてとても魅力的な景色を作り出していたんだよというのはどこかに残しておきたい。

 なぜそれらが生まれ、なぜそれらが消えていくのかも含めて、記録しておきたい。

 生活の一部で、あまりにも当たり前にそこにあるものは、意外とあっけなく跡形もなく消えてしまう。そして、そのあとでは思い出すことすら手探りの作業になってしまう。


 MRT雙連駅で、トークンを買った時には、もう3時50分になっていた。

 2014年に1ヶ月ほどホームステイした時に台湾の交通系ICカード『悠遊卡(ヨウヨウカー)』を作り、それ以来すっかり悠遊卡ヨウヨウカー使用者になっているが(ただし買い物にはほとんど使ってない)、この時と二回目はトークン。

 券売機にお金を入れると、紺色のコイン型をしたプラスチックのトークンが出てくる。

 改札を入る時にはトークンをタッチすべき場所が表示されているので、そこにトークンをタッチ(改札機に入れることはしない)。出る時にはトークンを入れる穴があるので、そこに入れれば回収される。

 使い捨てな切符でないのでエコなのだが、券売機は紙幣が使えなかったりする時があるので、悠遊卡ヨウヨウカー(のチャージ)に慣れてしまうと、その方が便利。

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