雪を溶く熱!

美冬ラジオ

 軽快な音楽が流れてくる。


「ヘイ! ジャムジャーム! 今晩もクールな時をみんなにお届け! お耳の恋人、冬の妖精ことDJ美冬がお届けする『雪を溶く熱レイディオ』の時間がきた! たくさんのメールありがとう! 日本のみんなは朝までずっと一緒だよ! 他の国のみんなは仕事中でも聞いててね! いくぜ、世界に届けアタシの声! ちぇけらー!」


 イントロ音楽が流れた。

 ……とても懐かしい曲だ。


 美冬と別れて、もう数年になる。疎遠になっている間に、いつのまにか彼女が深夜にネットラジオをはじめているのを発見した時には驚いた。ボクは密かにリスナーとなり、メールを送る事にした。――そして、ラジオの時間に彼女と繋がった。


「ヨー! ヨー! 寒さに震えてるかいみんな! しんしん降る雪がやってきた! アタシの季節だね! まぁアタシはずっと部屋にいるから関係ないヨ! って思ってたんだけど……ちょっと外が騒がしいね、もしかして吹雪になっちゃったのかナ? でも雪なんて怖くない! 寒さを吹き飛ばす熱をお届けしちゃうヨ! さーて今日の一発目は? なんとアタシの地元に住んでるってオータムマンさんからの投稿だ! いやー嬉しいね! こんな田舎に住んでるって人、そうそういないからねー。どんな内容かな? なーんて、実はいま繋がってるんですョ。ねぇ、聞こえてる?」


「あ……聞こえるよ。こんばんは、美冬。感激だよ」


「アタシも嬉しいヨ! こんな部屋の中に居ても地元の人と話せるなんてね! ン? 何かざわめきが聞こえるね? 外から繋げてくれてるのかナ? なんてね! ここに住んでるなら人の声が聞こえる訳ないよね! 映画と一緒に聞いてくれるのもモチロン歓迎だヨ! それで、今日はどんなお話を聞かせてくれるんだったかナ?」


「ボクは地元から離れようと思ってるんだ」


「オーマイガー! 地元の過疎化がまた進んじゃう! オータムマンさんは、どうして離れちゃうの? ここはいいトコだヨー? 隣の家が見えないぐらい広々してて、夜中に大声を出しても怒られない快適な土地なのに、どうして!? とか言ってみちゃったりして。当然だよね! オータムマンさんはどこに羽ばたいて行くのかナ?」


「ボクには夢があるんだ。上京して、音楽で世界を獲って地元を賑わせたいんだ」


「ワーオ! ゴキゲンな夢だネ! 世界的なヒットを飛ばして、ゼヒともこの番組で紹介させて欲しいナ! 覚悟をキメて世界へ飛び出ちゃいナ! ラブあんどピースなバイブスでポジティブに世界と踊っちゃいなヨー!」


「あの時も、そんな風にボクの事を応援してくれたよね、美冬。そんなにテンション高くはなかったけどね。フフッ……泣かせちゃって、悪かったね」


「ン? ン? オータムマンさん、どうしたの? 投稿内容と違うヨ? あっ、実は昔同じような投稿してくれてたのかナ? ごめんね! アタシ忘れっぽくってさ!」


「ゴメン、ちょっとだけ嘘を書いたんだ……美冬は忘れてないさ。ボクの曲を番組に使ってくれたのを知った時は、本当に嬉しかった。今もまだ夢の途中経過なんだけど、またボクの作った曲を美冬に聞いて欲しい。今日はそのためにここに来たんだ」


「なになに? どういう事? あ、作曲してくれたのかナ? マイクから音楽を鳴らしてもらっても、しっかり流せないから、またメールに添付して送って欲しいナ? オータムマンさんの曲、お待ちしてるヨー! ん? オータムマンって……?」


「悪いけど、マイクから歌わせてもらうよ……メールはまた送る。イントロの曲も、新しいのに変えてくれると嬉しいかな。リミックスした新曲を聞いて欲しいんだ……こっちは切るね。朝まで地元のみんなも一緒だよ! 美冬宅前からお届けだ!」


「えっ、ちょっと待って! あなたは……どういうことなの!? 秋人っ……!」


 ラジオと繋がっていたマイクを切り、ステージの上に立って軽快な音楽を鳴らす。


 降り積もる雪が、音の振動で震えて散り広がっていく。ライトが上がり、夜の闇と雪化粧に覆われてしまっていたステージを照らし出した。こっそりと設営する手伝いをしてくれた地元のみんなと、観客たちが湧き上がる。広い空き地に作った会場の端に見える、雪に覆われた家の窓が開かれていった。……美冬は驚いてくれたかな?


 一曲目を軽く終わらせ、トークに移る。今日はもちろん、ラジオ調でスタートだ。


「Hey! JAM! JAM! 今晩はCoolな時をキミに届ける! 雪を溶く熱をアゲるゼ! 秋人が贈る『Autumn Man Live』の時間だッ! 今日は地元のみんなも一緒だよ! 今夜はみんなを寝かせないから、覚悟をキメてくれ! ――Check it out!!」


 イントロ音楽を鳴らす。

 懐かしい、最初に美冬のために作った曲を歌い上げていく。

 ……ラジオ用に作曲し直すことになるとは思わなかったな。


 ライトが降りしきる雪を輝かせ、会場の熱気と振動で七色に踊り狂う。田舎の即席ライブ会場に来てくれたボクのファンたちと一緒に、地元の爺さま婆さまたちも笑顔でサイリュームを振ってくれる。サプライズに付き合わせて、雪の夜に震えて待たせちゃったのは悪かったけど、一気に温めてみせるから勘弁してほしい。


 世界ツアーに行く前に、もう一度だけ地元で歌いたかった。思えば遠くに来たものだ。この広い空き地が埋まるほどのファンが詰めかけてくれるなんて、ここで練習していた頃には想像もしなかった。――あの頃のファンは、今もあそこにいてくれる。


 熱く、心の震えるままに、ボクがこの数年で作った曲を全て鳴らしていく。

 遠く、家の屋根に降り積もっていた雪が溶け、流れるように地面へ落ちて行く。

 家の窓からは、美冬がボクを見届けてくれていた。


 朝日が昇り、ステージを中心にして溶け落ちていった雪の名残が、ライトに負けないほどに乱反射して光り輝く。――ついに最後の曲だ。もう一度だけ、思いの全てを乗せて、トークと共に美冬に別れを告げる。


「これがラストソングだ! これが終われば、また地元とはお別れだ! 今度はデカいホールをここに造って演奏してやるゼ! 必ずまた会おう! また少し待たせる事になるかもしれないけど……ボクは必ず! 約束を果たして歌いに来る! ボクの命が尽きるまで、飛ばして行くゼ! 世界の果てまで! ――OK! Here We Go!」


 あの日の約束を終えるまで、まだ直接会う事はできない。 

 全ての演奏を終え、ボクは地元から世界へ飛び立つ。

 夜空の下で陽気に語る美冬の声を、別の空の下で聴くのを楽しみにしながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪を溶く熱! @suiside

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ