第2話 発覚への応援コメント
捨て石ですか……。
羊太郎は、戦時中の若者が植え付けられた国のための礎となれ、という思想を貫いていて、まだ若い弟妹たちは、新しい柔軟な考えを持っている、その対比が巧いですねぇ。
泥の中でも清らかに凛と咲く蓮、私もいつか小説の題材にしたいと考えていたので、感じ入るものがありました。
いい……とてもいい。
そして、羊太郎の無茶振りが、いい感じに不穏さを煽ってきますね。
弟妹達の身体が心配です。。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
当時の若者たちにも様々な考え方があったことは、当時の日記などで分かるのですが、戦争に協力するのが模範的な国民とされてましたからね。その生き方を変えるのは大変だったと思います。
あとがきへの応援コメント
死に場所と死に方を求めたために、家族を不幸にしてしまうという、なんとも言えないお話ですが、当時としては少ないながらもありふれた話だったのかもしれませんね。
死に損ねた帰還兵が、毎日日本刀を振り回していたり、機械音がすると「空襲だ!」と言って大騒ぎする人もいたそうです。
命を賭す事を決断してしまうと、そこに善悪や命の軽重という概念が抜け落ちてしまうというのはよくあることなのかもしれません。
リタイアした老夫婦が、棒を持って乱暴に振り回し物を壊して回っている小さな孫を喜んで褒めそやす光景を見たことがあります。
自分の信じる大切なものが、社会通念から外れているのを感じ取れなくなるとき、正義は暴走するのではないでしょうか。
戦争が、理性を奪ったと言えばそれまでですが、同じ状況でも必死に人間たらんと生きていた人もいるのです。
兄を、せめるわけにはいかないのかもしれませんが、やはり方法としては間違っていたのでしょう。
以前ノートに引用した特攻兵の詞があるのですが、
特攻隊と言っても
大したことはなく
誉れでもなんでもないですが
お母さんだけは誉めて下さい
惜しんで下さい
市造は一足先に
天国に参ります
天国に入れてもらえるかなぁ
詞の彼は、これが正義でも誉れでもないことを理解していたのだと思います。
一方の羊太郎のそれは、死んでいったものを羨み、死ねなかった自分を呪い、生というものに価値を見出だせなくなった者の末路なのでしょうか。
心に刺さる物語、しかと心に刻みました✨
作者からの返信
感想ありがとうございます。
当時、羊太郎のように戦争によって自らの生きる意味を見失った人々は大勢いたのだと思います。死ぬことができずに生き延びて、苦しんだ末に亡くなった方もいれば、新たな目標を見つけられた方もいらっしゃったでしょう。天川さまの引用された詩の作者様のように、自らの気持ちを殺してでも、周りに望まれた役割を演じて亡くなられたされた方もいらっしゃるでしょう。
こういった選択が起きるような世界にしないようにするために、私もできるかぎりがんばりたいです。
第3話 破綻への応援コメント
私の母は戦後の生まれですが、貧しい家でその上子沢山だったために、満足に食べるものもない幼少期だったそうです。
小学校に上がったばかりの頃、病気でもう助からないだろう、ということがあったそうですが、その時母の母(私の母方の祖母ですね)が母に言った言葉が、まさにこれだったそうです。
「なんでも買ってやる、何が食べたい?」
「……たまご」
母はその時、良い医者に恵まれたそうで今も生きております。
その時の事を今でも時々話します。
たまごなんか、死ぬ間際じゃないと食えなかった、と。
作者からの返信
大変貴重な話を聞かせていただき、ありがとうございます。
本当にお母様が助かって良かったです。
冷蔵技術が発達してなかった時代、新鮮な生卵を手に入れるというのは本当に大変なことだったのでしょうね。
編集済
あとがきへの応援コメント
幼い頃ですがまだ「戦後」が身近にあった世代なので、作中の言い回しの端々から厳しい時勢の空気が生々しく感じられました。あえて長々と語らない結末の余韻がまだ尾を引いています。
理想と現実であるとか、余裕を持って語れるのも平和ゆえかもしれません。いずれの生き方にしても、当人たちは皆必死なのだと思います。それでも、まずは生き延びることを最優先に、と願って止みません。
追記
コメント直後に、朝吹様のレビューを読んで己の浅はかさを悔いました。何故に大田様が本作に「泥中の蓮」と名付けられたのか、その想いを失念しておりました。
我々創作者が作品に込めて残そうとしているのも、きっと朝吹様がレビューでおっしゃるところの「精神の花」の種なのですね。
追記2
紛らわしい書き方をしてすみません! 自分が小さい頃に親世代から戦後の話を直接聞いたという意味です。
作者からの返信
感想ありがとうございます。「しらみつぶし」が比喩ではなく、実際の体験として身にしみている世代というのは切ないものだと思いますし、私の世代でもかろうじてそういった生々しい体験談を見聞きする機会がありました。
私が受け取って感じたものをこれからも小説の形で伝えていければと思っています。
追記確認しました。丁寧にすみません。
第4話 現実への応援コメント
ようやく最後まで読むことができました。
祖母から「戦中より戦後すぐのほうが物がなくてたいへんだった」という話を聞いたことがありますが、まさにそういった混乱期をよく現した話だと思いました。
『泥中の蓮』という言葉から漂うロマン主義と、父兄長の枠のなかで虐げられる弱者(やや過激な受け取り方ですが)の構図が非常に哀しかったです。
作者からの返信
レビューありがとうございます。私の場合、戦中戦後の話を肉親から直接聞くことはなかったのですが、テレビや本、マンガで盛んに語られていた時代だったので、身近に感じていたようです。羊太郎の元ネタはバードマンなので、アニメパーマン本編でパーマンたちに次第になめられていく彼の悲哀が込められたキャラクターになっています。戦後の価値観の逆転に付いていけない家長というのも本作のテーマの1つですね。
編集済
あとがきへの応援コメント
全話拝読しました。ありがとうございました。
「サザエさん」の実写ドラマは恐らく同じものを私も見た覚えがあります(結局波平さんとカツオくんが買い出しに行って戻ってくるんですけど、子沢山の家族の父親に大半を持ち逃げさてしまったものの、最後はその家族を見逃してあげるといった話でしたか)。
愛する人を守るために時には清濁併せ呑むことも必要、と言うのは易しですが、守らなければならない「ポリシー」もある。しかし、それを貫こうとして大切な人を失う結果になったとすれば、そこまでして守らなければならない「ポリシー」とは何なのか。私からすれば「どのような事をしてでも大切な人を守る」ことが至上と思ってしまいますが、そんな簡単な問題ではないのでしょうね。
これからも新しい(お蔵出しの)作品を楽しみにしています。
作者からの返信
ドラマの内容は今全く覚えていないのですが、当時視聴した自分の心に残るものがあったからこそ、あとがきに書いたのではないかと思います。確かに正解がない問題で、この話も読む人の解釈でハッピーエンドにもバッドエンドにも見えると思います。
お蔵だし、今後は未発表作品になるのでしばらくかかるかと思いますが、よろしくお願いします。
第4話 現実への応援コメント
悲しい結末です……。
羊太郎は、たしかに康史郎が言うように、この後の時代を生き抜くことができなかったかもしれませんね。
これも全て戦争が元凶であると私は思います。
『泥中の蓮』は、果たして夢のまた夢なのか……。
それにしても、隣の山本さんが、なかなかのクセ者に見えるのは私だけでしょうか(笑)。
本編のほうも、そのうち拝読させていただきたいと思います。
素敵なお話をありがとうございました。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
山本さんは本作ではトリックスター的使われ方をしていますね。「一蓮托生」では隣人として横澤家を助ける役割となっています。