第3話 思い出のかけら
——来週駅に見送りに来てくれないか。
秋人がそう言った週の日曜日、私は秋人の家の前にいた。来週まで待てるわけない。
インターフォンを押して「美冬です」と言うと、それはそれは派手な音が中からして玄関のドアが開いた。そして秋人のお母さんは何も言わずに高校の制服を着た私をギュッと抱きしめた。
小学生のあの頃、上から包むように私を抱きしめていたおばちゃんの背を私が飛び越えていて。
——こんなに長く会ってなかったんだ。
そう思うとホロホロと涙が出てきた。
「おじいちゃんたちは元気?」
私の両肩に手を乗せたまま、おばちゃんが言う。目尻に少しできた皴。相変わらず優しい笑顔。
「はい、とっても」
私はそう答えるのがやっとで、おばちゃんに「さ、上がって」と引っ張られるまま家に上がった。
「秋人、こっちにいるの最後だから今日は友達と出かけるって。ひょっとして美冬とデートとかって思ったんだけど違ったね」
おばちゃんはベロっと舌を出して笑う。小さい頃のように「美冬」と呼び捨てで呼んでくれた。おばちゃんが変わらず私を思ってくれている気がしてうれしかった。
生まれて間もなく交通事故から生き残った私は、同居していた祖父母に育てられた。母の友達だったおばちゃんは、私を実の娘のように接してくれていたと、少し大人になった今ならよくわかる。
その日は長い時間をおばちゃんと過ごした。お昼ごはんも一緒に作り、一緒に食べた。
おばちゃんがアルバムを出してきた。
「美冬は本当にお母さんに似てきたね」
若い頃、亡くなった母とおばちゃんが一緒に写った写真を見せてもらう。自分でもまるでそこに自分が写ってるような錯覚を起こしそうになるほど似ている。
アルバムをめくると、なぜか中学生の私がいる。学校の公式行事の体育祭や修学旅行のときの写真だった。学校で斡旋した写真だから、同じものを私も持っている。だけどなぜか、私しか写ってない写真までこの家のアルバムにあった。
「美冬からもらったって、秋人が持ってきたんだよね。ありがとね」
私は曖昧に笑う。
——嘘だ。秋人、ストーカーかよ。
でも、アルバムの中で笑う私のこの写真が、まだこの家に私の居場所を作ってくれていたんだと思う。秋人はおばちゃんのために、なけなしのお小遣いをはたいてくれたのかもしれない。
それから新しい写真をおばちゃんが欲しがるので、2人でたくさん写真を撮った。SNSのアドレスをおばちゃんと交換して、撮った写真を共有する。
久しぶりに楽しい1日だった。来てよかった。
帰り際に、出発の日は泣きそうだから駅には行かないと伝えた。
「いいよ、今日会えたから」
溶け出した雪がまだ積もる道を帰る私を、おばちゃんはいつまでも見送ってくれて、私も何度も振り返って手を振った。
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