第2話 足跡
繰り返し誤解のないよう言っておくが、私と秋人が恋愛関係になったことなど一度もない。
「どこの大学?」
高校が別だったから秋人の進路を聞いたことはない。ただ、秋人は中学でも成績がよかったから、大学に行くのは既定路線だと思っていた。
「いや、行かない」
だからそんな答え、想像の斜め上だった。
「大学じゃないならどこに行くの?」
「お袋と九州の爺ちゃんちに帰って、それから就職探す」
「あんたんとこのおじちゃんは?」
「出てったよ。だから、俺らもあの家にはもういられない」
秋人の母親は、私が遊びに行くととても可愛がってくれる優しい人だった。
「うちも女の子が欲しかったなあ」
そう言いながら、両親のいない私を本当の娘のようにいつも抱きしめてくれた。
「お袋がさ、中学生になってから美冬が遊びに来なくなって寂しがってた。卒業式の日、午後から列車で出ていくから、最後に顔を見せに来てくれないか」
そう話す秋人の白い息が、吐き出されるたびに闇夜に溶けていく。
——おばちゃんにもう会えなくなる。
なんとも言えない重苦しい感情に包まれた。
行きたい。おばちゃんに会いに行きたい。でも、行ったら別れなきゃならない。
「考えとく」
私がそれだけ言うと、秋人はうなずきながら少しだけ笑った。
「無理にとは言わない」
そう言うと秋人は木から飛び降りた。
「秋人! 待って」
私は壁にかけたバッグに走り寄り、100円を取り出すとまた窓に駆け寄ったが、もうそこには秋人の姿は見えなかった。
秋人が立ち去った後に、降り続いている雪の上に足跡がくっきりと向こう向きに続いている。きっともう二度と秋人の足跡がこちらに向いてつくことはないのだろう。
私はその足跡に再び雪が積もるのをぼんやりと眺めていた。
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